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#51 【結婚式】 いつからだろう。涙もろくなったのは。


私は、泣かない。
正確には、泣けない人生を送ってきた。
これからも、ずっとそうなんだと思っていた。

しかし、ある日を境に、私は涙もろくなった。
たぶん、大人になってしまったんだと、強く、思う。



とある友人の結婚式のため、私は帰省していた。

小学校時代からの、友人の挙式。
「俺たちも歳を取ったなあ」 待合室に集まった旧友とぼやく。
25歳の私たちは、結婚式という日常から離れた環境で、少しだけ背伸びをしてみたかったんだと思う。

新婦の趣味だろうか。
思い出の写真やパーティーグッズなどで、綺麗に彩られた待合室。
写真の先にいる新郎は、私が見た事もないような、穏やかでどこか苦しそうな表情をしていた。

私くらいの年齢だと、結婚の決断を出来る人はそう多くない。
今回の結婚も、例には及ばない。いわゆる ”授かり婚” だ。
「本当はまだ、遊んでいたかったんじゃないかあいつ」などと、皮肉めいた感情が浮かんだ。



挙式が始まった。キリスト教式の、至ってシンプルな内容だ。

新郎新婦が入場してくる。
純白のドレスに身を包んだ新婦。緊張した面持ちの新郎。
女性はやはり、純白のドレスに憧れるのであろう。キリスト教式なのも、新婦の趣味だろうか。

列席者の女性が泣いている。素敵な”風景”だ。

「こんな形式的な行事に数百万もかけて、なんの意味があるんだ。子供の教育にでも回せば良いのに。」
列席者全てを敵に回しかねない、現実主義的な自分の感情を胸に秘め、賛美歌を歌った。

牧師が、式の進行を行う。
愛の誓い、誓約、誓いのキス、退場。列席者からの、われんばかりの拍手。
皆の、幸せそうな表情。

そんな中、浮かぶ一言。
「出来ない約束をするな」 彼は、呟く。

幸せで溢れているはずの、天使の住う空間に、歪んだ悪魔が潜んでいた。



披露宴が始まった。

綺麗に盛り付けられた食事。
黄金色のシャンパン。
これ見よがしと置かれた、ウェディングケーキ。

皆の、笑顔。

「苦しい。息が詰まる。やめてくれ。」

笑顔の裏にある、嫉妬、見栄、虚勢。
禍々しく、黒くドロっとした感情を、否が応でも感じてしまう。
しかし、そんなひねくれた一人の感情など露知らず、宴は進行していく。

新郎、媒酌人、主賓からの祝辞が行われた。
賑わいの中に、どこかしんみりとした空間が出来上がる。

場が落ち着いたところで、乾杯の挨拶。
ケーキ入刀、友人からの祝辞や余興、次々と場は進んでいく。

表面上は、冷静さを取り繕いながら、
場の空気を壊さないようにと、愛想を振りまく時間が続いた。



「・・・まもなく、披露宴が終了となります。
最後に、新郎新婦のご両親へ花束贈呈。そして、謝辞となります。」

新郎新婦が涙を流しながら、両親に感謝の言葉を伝えている。両親も、つられて泣く。
余興で暖まっていた空間が、一気に平静さを取り戻す。

少し、私の心に変化が生まれた。
新郎新婦に対してではない。両親の涙が、何故か美しく見えた。



気づけば、自分の子供時代を思い返していた。

産んでもらい、夜泣きをし、睡眠時間を奪った。
物心つき、たくさん遊んでもらった。
突如訪れる反抗期。散々ぶつかり、迷惑をかけた。
学生時代。時には良き相談相手となり、過去を笑あえるようになった。
社会人。愚痴を漏らしながら働いている息子を、厳しくも暖かい目で見守ってくれた。

無償の愛を、与えてくれた。

回想していると、胸が苦しくなった。
忘れかけていた、体の奥からこみ上げてくる感情を憶えた。



両家の親からの、謝辞が始まった。
友人の父の、謝辞を聞く。

内容としては、ありきたりの内容であった。


新郎の父、□□でございます。 本日はお忙しいなか、息子の結婚披露宴にご出席いただきまして誠にありがとうございました。 両家を代表し、心より感謝申し上げます。 また、多くの方々からの温かい励ましのお言葉や・・・・


・・・気づいたら、私は泣いていた。
周りは全く泣いていない中、一人ボロボロと泣いていた。
あれほど流さなかった涙が、とめどなく溢れてきた。


自分の身を顧みず、必死に息子を守りづつけ、戦ってきた父。
無償の愛を、与えつづけてきた父。
きっと、普段大勢の前で言葉を述べる経験なんてしていないのであろう。
メモを持つ手が震えている。


ただ、それで良い。それが良いと思った。


結婚式は、新郎新婦を祝う場ではない。
両親が、無償の愛を受け取れる、最初で最後の場なのだから。




ニコラス


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