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自分だけではどうしようもない。
どこに向かって投げていいのかも、
誰にぶつけていいのかもわからない。
葛藤なんて呼べるほど深くもないし、
悩み事なんて言えるほど浅くもない。

どうにもならないなら全部諦めてしまおうと思ったあの夜

耳を傾けた波の向こうからどこかで聴いたような声がした。

別に自分の人生には何の関わりもない
それでも日常に変化をもたらしてくれた
その夜その時間だけは忘れさせてくれた

不器用な男二人の不器用な会話

不器用な自分にはそれで充分だった。

あの頃部屋の隅で一人で聴いていた、

永遠にも一瞬にも思える時間を一人で貪っていた。

孤独な夜を乗り越えるために必死で耳を傾けた。

若いけど輝いてない僕に桜色の春なんて縁がなかった

それでも楽しかった

何かが解決したわけでも、事態が好転したわけでもないけど楽しかった。

自分と同じようなことで悩んでいる人が居て、でも別に誰もそれを無理矢理掬いあげるわけでもない。

傷の舐め合いみたいなものだった。

でも、それでも救われた。
生きていくために必要なお守りを二人が授けてくれた。

これがあれば大丈夫とぶっきらぼうに投げてくれた。

僕はそのお守りを大事に大事に握りしめた。



10年が経った今も相変わらず僕はしょうもない事で悩んで、
どうしようもない不安に襲われている。

なのに二人は変わってしまった

共感出来ない話だらけになってしまった

心の底から笑わせてくれる話も減ってきた

貰ったお守りも色褪せ、傷だらけになっている。

握りしめても力を感じられない

直さなきゃ

これが壊れたら僕は生きられない。


そしてたどり着いた卵形のラジオブース

不思議と心臓は落ち着いていた

一息ついて周りを見渡すと驚くことにあの頃の僕が列を成している。

何だ。何なんだこれは

夢でも見ているのか?
狸にでも化かされているのか?

頬をつねってもしょうがない

歩みを止めるわけにはいかない

苦く甘い音が耳に流れ込んできた

聴き覚えがありすぎるそのメロディは否が応でも僕の心を躍らせる。

音が止む。
スポットライトが灯る。

会場をびっしりと埋め尽くした僕が一斉に視線を一点へ集中させた。

二人が現れた

あまりにも眩しい
言葉にすることも野暮だ

そこにあの頃の二人なんて居なかった

今を生きる、今を生きている二人だ。

僕は泣いていた
一人で泣いていた

もうお守りを直せないことが悲しくて泣いているんじゃない

変わってしまったことが何より悲しいんだ

もうそこには僕の知っている二人は居なくて

僕じゃない誰かに救いの手を差し伸べる知らない男たちが居るだけだ。



唾でも吐き捨てて帰ろうとした時に気づいた

違う、変わったのは二人じゃない、僕だ。

自分の弱さを、醜さを誰かのせいにして

変わってしまった事実から目を背けて

真実なんてクソ喰らえと蹴りを入れることが格好いいなんて思っていて

本当にダセぇ奴だ救いようが無い
せめてお守りは二人に返そう
僕じゃない誰かを救うお守りへと代えてくれるはずだ。



二人を照らし続けた光が徐々に少なくなり始め、僕はふと周りを見渡した

会場を埋め尽くしていた僕はもう僕一人になってしまっていた。

ハッと気付く

お守りを返さなきゃ

そう、僕にはもう必要の無いものなんだ

しかし返そうと思ったお守りが失くなっている
どこへ行ってしまったんだ

その刹那、聞き慣れた声が耳に入る

「俺らがお守りを渡すつもりだったんだけどな」「さらにでっかいお守りもらっちゃったね」

僕が持ってきたお守りと似たようなお守りがとんでもない数で一つのお守りの形を成している。
まるでスイミーの世界だ。

「ありがとね」



最後の灯りが消えた。



目を覚ますと見慣れた自分の部屋の天井が見えた
当然二人はどこにもいないし、お守りは消えていた。

心は不思議と軽い

不意に電源を入れたテレビから曲が流れる
初めて聴くのに心地良く、スッと胸に入る

「おともだち」

タイトルを確認して検索をする
僕は無意識にその曲を保存していた


そうだ。僕は変わってしまったんじゃない、
変われたんだ。
 
遅くても歩みを止めたわけじゃない。
確実に進んでるんだ。


ありがとう。気づかせてくれて。


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