トム・ウェイツを禁止します。

“トム・ウェイツを禁止します
このフレーズは、映画ファンの間で合言葉のようになっています。
理由は明白です。トム・ウェイツの楽曲は「強すぎる」からです。
人は、トム・ウェイツの楽曲を聴くと、正気ではいられません。

トム・ウェイツ プロフィール

ひとたびトム・ウェイツの楽曲が始まれば、あなたの魂は目の前の映画を逸脱し、此処ではないどこか、今ではないいつか、に連れ去られてしまうでしょう。その曲が鳴り止むまで、あなたは目の前の映画に戻ってくることはできません。

映画のシーンでかかるトム・ウェイツの楽曲に身を任せてはいけません。トム・ウェイツの楽曲が流 れるエンドロールを信じてはいけません。
例えば、『ベアスキン』という取るに足らない映画があります(’89制作、’92日本公開)。この退屈な映画をしんぼう強く最後まで見届けると、エンディングでトム・ウェイツの“Singapore”を聴くことになります。ただでさえ、映画館のスクリーンが大音量で発するトム・ウェイツの楽曲は、ヘッド ホンや居間のオーディオセットで聴くものとは比べ物にならないほど魅力的です。それまでどんなに 退屈していたとしても、あなたは、魂を震わせて映画館を出る羽目になります。しかしそれは『ベアスキン』という作品ではなく、大音量で浴びた“Singapore”による震えであることを知っておく必要があります。トム・ウェイツの楽曲は、映画のいち場面を彩ったり、登場人物の感情を補強するたぐいのものではなく、曲そのものが映画のシーンと同等・あるいはそれ以上の物語性を持っていま す。トム・ウェイツの楽曲を聴いているあなたの脳裏には、目の前の映画とは別の、あなただけの情景が投映されているはずです。それ故、トム・ウェイツの楽曲は映画ファンのアンテナに干渉し、判断を狂わせるのかもしれません。もちろん、トム・ウェイツの楽曲を使った素晴らしい映画はたくさんあります。しかし、そんな作品 も、トム・ウェイツの楽曲が流れている間は観客をスクリーンにとどめておくことができません。

すべての映画はトム・ウェイツを禁止すべきなのです。しかしそれでもなお、映画はトム・ウェイツの魅力に抗えません。強い磁力を放つトム・ウェイツの楽曲 を、映画はこれからも愛し、求め続けるでしょう。*現時点でトム・ウェイツがサウンドトラックに 提供した曲の数は実に233(2023年1月25日 IMDb調べ)
それならいっそ、と、トム・ウェイツの楽曲を映画から引き剥がしてみました。映画からいっとき離れて、トム・ウェイツの楽曲を心ゆくまでお楽しみください。ここでなら、あなたは思う存分トム・ウェイツの楽曲に身を任せることができます。

2023年1月28日 調布市西部公民館
【映画音楽講座】“トム・ウェイツ禁止”ライナーノーツより。

サンプル・プレイリスト
01.Singapore /ベアスキン 都会の夜の一幕寓話(フェアリーテイル)(89)
02.All The Green World/水服は蝶の夢を見る(07)
03.Blow Wind Blow/トゥー・ダスト 土に還る(18)
04.Broken Bicycle /ワン・フロム・ザ・ハート(82)
05.Jockey Full Of Bourbon/ダウン・バイ・ロー(86)
06.Soldier’s Thing/ジャーヘッド(05)
07.Little Drop Of Poison /シュレック2(04)
08.Underground/ロボッツ(05)
09.New Court Of Paint/BLUES HARP(98)
10.Just The Right Bullets/ザ・ブラック・ライダー(93)


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