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あの日見た夢の名前を私はまだ知らない

いつか縁のある地で働く時があれば、何かしらの意味を持たせるべきだと入社前から思っていた。しかし予想より早く命じられた異動に、東京生活を手放す勿体無さと、逃げ出してきた街で再び暮らすことへの不安を覚えた。まだ何も成し遂げていないのにと猛省しながら、とにかく何か結果を残したいと動き続けた。成功も失敗も思い出しながら、過去の自分が出来なかったことや他の人がやっていたことも交えて。

初夏の頃、やってみたかった企画で予算以上の実績を上げることができた。他の街でも叶えられたことではあるけれど、それがひとつの自信と期待になった。


18歳の私が退屈だと飛び出した街で、27歳の私は沢山の夢を叶えられる可能性があるのだと知った。


東京でしか叶えられないと思っていた憧れは、名付けられて呼吸を始め、喜怒哀楽の様々な表情を見せてくれた。時に怒り哀しみ苦しみながらも、得た喜びと楽しさが上書きされて想い出になる。

好きなジャンルのイベントを何かやりたい。
卒業生として何かをしたい。
好きな人たちと何かお仕事をしたい。
オリジナルのクリエイティブをつくりたい。

あの日見た夢の名前を、東京に戻りたかった頃の私はまだ知らなかった。ぼんやりとしか描けなかった夢が、具体的な形になって実現していく。


去年の冬の入口あたり、好きなものの界隈に私のことを快く思わない人間が居て、見えていないと思ったのか見せたかったのかは知らないが捨て垢で呪われた。本垢で呪っていたのと同じ人間かもしれない。馬鹿じゃないから受けた仕打ちは忘れてやらないけど、馬鹿になって、疑わしきは疑わずに生きていこうと思うことにした。小石に躓いていたら山を登りきれないし、降りてくる体力も取っておかなきゃいけないから。ただ、その小石にかつて「もしかしたら宝石かも」と願った覚えがある自分にすこし呆れてしまうのだ。砂浜に混じる硝子の破片がきらめいて見えるのと同じ。指を切って出血させてくれなくても充分生きている実感を得ているし、むしろ必死なのに。


手に入れる為には捨てなければと言うなら、嫌な気持ちと引き換えに夢を見る。等価交換の法則を信じているから、辛い思いをした分だけ素晴らしい景色が見られるかもしれないといつも希望を忘れずにいる。そして苦しさがずっと続かないことも知っている。死にたかった中学の頃は高校生活を、飛び出したかった高校の頃は大学生活を、内定が貰えず焦った大学の頃も何処かしらでは働いている自分を、想像できた。

いつだって少し先の未来を描けるから、今を諦めずに呼吸を続けてくることができた。
いつだって少し先の自分で在ろうとする、背伸びをしたまま背が伸びる感覚を愛している。


叶わない夢は描けない。
即ち「想像できる夢は実現できる」。

これからも私は、夢に名前をつけ続けて生きていきたい。

あの日見た夢の名前を私はまだ知らない。



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