妊娠生活ラストスパート

35週に入ったある日…
36週と6日で点滴を抜くつもりで
少しずつ濃度を下げると言われた。
その頃にはやっとお腹の張りを感じて
徐々に夜眠れない時期が続いていた。

「もぅすぐ会えるんだって。
夜寝なくても大丈夫な様に寝れないんだって。だから、ホントにあと少しなんだね」

お腹を擦りながら話しかけ、この入院生活すら愛しく思えた。
ここまで入院を支えてくれた夫や、心配させまくった友達に感謝しかなった。

「あなたが変な事するから(体外受精)こんな入院をしなくてはいけなくなったんじゃない❔」と平気な顔して言ってきた義母にすら
「差し入れありがとう」と感謝できた。

中期に2週間、後期で3ケ月の入院は確実に私を成長させてくれた。

ひとりじゃない

心や体が辛いと「ひとり」を感じてしまう。
そんな時こそ、塞ぎ込むより
「いやぁ~実はしんどいのよ」って言ってみると
案外「分かる~~」と言ってくれる経験者は居るものだと思った。

不妊治療の時も、入院中も
SNSに記してみたら同じ気持ちの人がいて
「一緒にがんばろっ」ってお互いを応援し合える友人に発展したりもした。

時には「不幸自慢」をしていたり、「悲劇のヒロイン」だと思ってる人も居るけど、私はその人達ですら愛しく思えた。

 不妊治療から15年程経過したが今もなお時折当時できた同志達と連絡を取り合えたりしている。
入院中に知り合ったAさんも時々子供たちと一緒に遊びに行ったり田舎暮らしを初めても会いに来てくれる。

親は親で悩みを打ち明けつつ、子供は子供で悩みを打ち明けつつ良い関係でいてくれて感謝しかない。

性別を越えた生まれる前からの繋がり。
穏やかにいつも良い時間を過ごしている。

35週と4日頃…
新生児の服をネットで買った。
着々と迎える準備と、私の帰る準備を進めて
気がつけば張り止め(ウテメリン)の点滴を外してみることになった。

思ったより張りも落ち着き、36週間と4日の日に陣痛まで退院と許可がおりた。

 退院の日

朝NSTも異常なく退院の許可が出た。窓の外には驚くほど綺麗なさくらが咲いていた。
「ウソやん」
 雪の降りそうな時期に入院した私は大きな大きなお腹をかかえ、
「靴下はけない、靴がはけない。」
「えっ‼️ムートンブーツしかない!」
笑いながらある服をとりあえず着て退院をした。

「速いっ‼️もっとゆっくり走って‼️」

私は久しぶりに助手席に乗り込み、シートベルトを締め、駐車場から出る為に走行を始めた夫に一喝した。

「いや。20キロも出てないから。」

そぅ。妊娠中殆どの時間を寝たきりで過ごした私の体はすっかりとスピード感覚を失っていた。
怖がりつつ数ヶ月ぶりの我が家…

ゆっくりする訳もなく、急いで向かった先は妊婦でも受け入れてくれる美容室。
腰まで伸びた髪の毛を肩まで切った。
お昼ごはんは久しぶりのマクドナルド、桜餅を買ってお花見。夜は夜中しかやっていないうどん屋。入院中に夢にまで見た食事を取り、若干のお腹の張りを感じつつ久しぶりの我が家でゆっくりと過ごした。
敷いた布団では起き上がるのが大変だったのでソファーで眠る事にしたし、様式便座の位置が低いと用を足し辛いことが分かった。
久しぶりの湯船なんて立ち上がるのがしんどくて夫を呼んだ。

翌日、早めの昼ごはんで焼き肉に行き、その後NSTをつけに産婦人科へ行った。
 「昨日退院した人とは思えないわねっ‼️」と髪の毛を短く切って焼き肉の香りをほんのりさせた私に医師は笑いながら言った。

「でも、それ正解かもね。もぅすぐよ。ココでシャワーしたら良いからね。ご主人、入院セット持ってきてあげて。」

4月6日の午後、出産に向けて入院

シャワーを終えた私はNSTをつけたり、骨盤と赤ちゃんの頭の大きさが合うかなど検査を受けた。
 身長差35cm程の私たちは難産になる事がら多いため帝王切開の覚悟も必要だと説明をされた。

長らく入院していたので体力面等を考慮して無痛分娩を選択した。
ドキドキの陣痛。
「間隔が均等に⚪分になったら打ちますね。」
ジワジワ強くなる痛みに何分なのか聞き取れずその時を待っていた。

「ん~~お昼間の強さと間隔遠退いたね。」
そんなことあるの❔と聞きたい言葉を言われ
「他にも陣痛来てる人いるからお部屋もどってもらおぅかね。」と病室に車椅子で運ばれた。

「あっ。正期産になると階違うんだ。」
呑気にそんな事も言えた。

4月7日 深夜

私はナースコールを鳴らした。
痛くて痛くて耐えられなくなったのだ。
NSTをつけ、ふぅ~~と深呼吸をした。
「来たね来たね‼️よし。分娩室行こっ」

4つ程ある分娩室はベビーラッシュだったのか全て埋まっていて、私みたいなあと少しの妊婦さんは空くのを待っていたそうだ。

偶然空いた分娩室で
「大丈夫よ。大丈夫。出てきて良いからね」
話しかけつつク~~ッ‼️と言っていた。

数時間後…
驚くことが起こったのだ。

陣痛どこいった❔❔

そぅ。またもやお腹の息子は出てくるのをやめたのだ。(表現違うかもしれませんが。)
陣痛の間隔は開き、緩くなり、様子を見たが他の妊婦さんへ分娩室を譲ることにした。

気がつけば日をまたいでいた。
「あの痛みなんだったんだろ。」
そぅ何度も独り言を言いながらやんわり来る痛みに耐えていた。

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