見出し画像

サラマンドラ・ブリトリエール 朝行く月の逃飛行

サラマンドラ・ブリトリエールは
朝暗いうちに、召使いの夫婦に言った。
「大きな月を見ながらドライブがしたいの。」

そして
彼らは銀色に光る月に向かって
空港まで車を走らせた。

満月のせいなのか

賑々しく
騒がしく

人々が空港に吸い込まれているようだった。

これからの目的地への
人々のイマジネーション交差が起こっており
空港はレインボーのオーラで包まれていた。

サラマンドラ・ブリトリエールは
何の気無しに
召使いの夫婦に別れを告げることにした。

彼らは慣れたものである。

鍵を受け取り、庭掃除を承諾し
寝室と書斎 いくつかの部屋と
キッチンとバスルームの掃除を
承知した。

彼らはサラマンドラに
沢山の贈り物をくれる存在だった。

彼女は贈り物の数々を大切に学び
感謝を忘れず
古い裏革のスーツケースに詰め込んでいる。

それには、
「決して触れないように」と
召使いの夫婦に目で話して別れを告げた。

真昼に向かって更に昇る銀の月と
どちらが早く空の高みに近づくのか。

サラマンドラ・ブリトリエールは
渇きの喉を持ちながら
飛行機に乗った。


機内で赤いシャツの男が
一言も話したくない素振りで
サラマンドラの隣に座った。

彼女は男にじっと見とれた。
美しい赤シャツの男だった。

離陸の時間になると

サラマンドラと赤いシャツの男は
お互い全く関係のない世界へと
飛び立っていった。

どの位時間が経ったのだろうか。

眠りにあったサラマンドラに
「ペンを貸して下さい」という声が聴こえた。
赤いシャツの男は配られた用紙に
何かを書くため
眠りのサラマンドラ・ブリトリエールを
目覚めさせた。

サラマンドラは目覚めてすぐ
手持ちの三本の万年筆のうち
一番彼に似合ったものを渡した。

彼女は男とそろって何かを書く喜びを 
かみしめたくなりペンを取る。
そのある種
身構えた意思が災いとなったのか
手に取ったペンのインクは無くなっていたようで
筆跡は掻き傷のようになり
何もろくに書けなかった。

サラマンドラ・ブリトリエールは
謂れのない恥ずかしさを平然とした顔の下に隠し
もう一本のとって置きの万年筆を
おもむろに取り出し
再び、書こうとした。
ペン先から
青いインクが涙のようにこぼれ落ちる。
サラマンドラは、
まごまごしたかもしれないが
インクの涙でいくつかの小さな水たまりをつくって
遊ぶ振りをしてみた。

すると
赤シャツの男がそっと手を伸ばし
「気圧の関係でこうなる時があるんだ。」
と、少し渇きを感じる声音で言い
万年筆をスルリと奪って
ペン先を丁寧に磨くように拭くと
拭いたハンカチを上着のポケットにしまい 
万年筆を彼女の手に納めた。

サラマンドラは
恥ずかしさのあまり、用紙に書き込む生年月日を
三百年ほど間違えて書いてしまったのである。


赤いシャツの男はどこまでも身綺麗で
雲の上に住んでいそうなしなやかさなのに
シャツの赤さは生々しかった。

サラマンドラは彼の赤いシャツを愛しく想った。
そのうち時間をかけて
シャツを纏う男を気に入っていった。

ちょうど着陸の時であった。

席を立つ時、サラマンドラは
何も言わず、心のうちで 
赤シャツの男の横顔に
沈黙の別れと
当てにならない再会を心に呟いた。

すると、その時、男がすっと向き直り
「さようなら」と
サラマンドラの瞳をじっと見つめ告げたのである。

それから
男を残し彼女は消え去っていった。

空港に降りたったサラマンドラ・ブリトリエールは
次の飛行機に乗るゲートを探しているうち
三つのコインを拾った。

であるからして

一つを放り投げ
一つを隠し
一つをバックに入れ 

次の飛行機には乗らず
その空港の街へ出て行った。

サラマンドラは、サブウェイに乗る。
切符の買い方が定かでないため
切符マシーンの前で、人々の様子を見ていた。

意外にも観察するという行為が好きな彼女がいる
ことをみながら、サラマンドラ・ブリトリエールが
立っていると、女がやってきて
「どこへ行きたいのか。」と尋ねた。

「マチルパリル」とサラマンドラが応えると
女は顔をしかめたが、すぐさま
「マチルパリル」と
第三の目から虫のような良く動く触覚を出し
切符マシーンに知らせた。

切符マシーンから切符が発券されると
女は彼女の第三の目に切符を当て
「渇きの喉」と切符に伝え
切符発光を確かめてから
サラマンドラ・ブリトリエールにそれを渡した。

サラマンドラはサブウェイの中で夢を見た。

私の目の前に現れた男たちは
私の分身なのだ。
私は、その無自覚な分身たちのエネルギーに
戦いを挑んだ。
激しく熱い戦いは胸を焦がす。
しかし、
それらの分離しているエネルギーを統合することは出来なかった。

彼ら分身の光の側面は
確かに素晴らしい。
しかし、分離の状態では
満たされず 淋しく 虚しく
つぶつぶな悔しさと
くつくつな哀しみなどが
荒波に濯われ
粉々になった美しかった貝殻のように
そのまま放置されて
私の内なる海に沈んでしまった。
私はありのままの海の底を見ずに
逃避行したのだ。
いつまで?

サラマンドラは
私の呟きが止まらすに
夢の中で幻想を創り出しているのに気づき
夢を放って目覚めた。

サラマンドラ・ブリトリエールは
マチルパリルに着いたところだった。

気に入って頂けましたら、サポートをお願い致します。頂いたサポートは、創造的な活動 仕事へと循環させ、大切に使わせて頂きます。🙏🙏