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「諦めずに続けているといいことあるんだな」 ー 草彅剛さんの第44回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞を受けて

2021年3月19日。
第44回日本アカデミー賞授賞式で最優秀主演男優賞が発表されたその時、映し出された受賞者・草彅剛さんの顔は直前に他の優秀主演男優賞受賞者とレッドカーペットを入場してきた時の、喜びと感慨が入り混じったような豊かな表情とは対照的に、感情の起伏を感じられないものだった。
呆然とも無表情とも違う、どこか複雑な表情。

後に、配信番組『ドラマチック×シネマチックミッドナイトスワンSP第2弾!内田英治監督』で内田英治氏が「草彅さんも僕も最優秀賞を予想してなかった」と述懐しているように、それは自分の名前が呼ばれることを想定もしていなかったゆえの表情だった。
そのことは、登壇後のスピーチの第一声が「いや、あの、まじっすか」だったことにも表れている。

しかし、そんな本人の反応とは対照的に、その瞬間、佐藤浩市氏をはじめとした他の受賞者、会場にいた多くの業界関係者、テレビ中継番組コメンテーターの坂上忍氏、そして多くの視聴者が、その受賞に納得し大きな拍手を送った。
その光景はまるで、自らの力でついに日の当たる場所へと戻ってきた彼への「おかえりなさい」の声のようだった。

業界の内外を問わず多くの人たちが彼の実力を認めていて、その彼が「干されている」事情を知っていた。
それなのに「今までのように出られないのは事務所の後ろ楯がなくなったからだ、今までの評価は実力じゃなかったのだ」という烙印を看過してきた。
そもそも本当に前事務所がそのような力を持つことができたのだとしたら、その理由の一つは確実に彼らの活躍にあったということを多くの人が知っているというのに。
そのことの理不尽さを知りながら、そんな彼に手を差し伸べたい、道を開きたいと思っても、それでもそのような不当な烙印を覆すには、これまでの活躍ももちろん彼自身の実力であることを自力で証明するしかないのだと、じっとその動向を見守ってきた人たちがいったいどれほどいたことだろう。

一方で、その実力を発揮する場さえ奪われている状況でそれを実現することがどれほど難しいかも、業界に詳しければ詳しいほど嫌というほどわかっているはずだ。
今回の「最優秀」を本人たちも想像していなかったと言うけれど、それはおそらく作品自体の出来とは違うところの理由だ。
そして、本来業界の「ルール」などとは無関係な視聴者である私たちでさえ、期待することを無意識に諦めさせられていた。
それがここ数年、彼(ら)の周囲で起こっていたことだ。

しかし、そんな数少ない機会を彼は逃さなかった。
いやむしろ、彼の実力をまっすぐに忖度なしに評価する機会を、業界の方が逃さなかったのかもしれない。

前述の配信番組で内田監督は草彅剛さんが受賞会場で発した「有名人がいっぱいいて緊張する」との言葉に「こんなに才能のある人なのに」と驚き、「有名人がいっぱいいるところに戻って欲しい」と語った。
監督に限らず、そう思っている人はきっと多い。

この言葉の裏には、諦めそうになった現実があったことを想像させる。
そう考えると、やっぱりすごいことが起こったんだなと思う。
ずっと失われていた「報われるべき人が報われる」、そんな当たり前がやっと戻ってきたのだから。


ところで授賞式の翌日の各局情報番組やスポーツ各紙での取り上げ方には、媒体によってかなりの違いが見られた。
良いものが、いつも必ず「良い」と言われるわけではない現実の中で、監督自ら「後ろ盾のない映画」と評した『ミッドナイトスワン』は、主演のファンのみならず、作品に心打たれた多くの観客の後押しがあったからこそ明るい場所へと躍り出た。
だからこそ、今回の賞の行方を見守り一緒に喜んでくださった方々に、ぜひ引き続き、彼(ら)を巡る状況を注視していただきたいと願う。

※この記事のタイトルは、こちらの記事の草彅さんの談話から取りました。

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映画『ミッドナイトスワン』は第44回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀主演男優賞ほか受賞記念として、3月26日からの凱旋上映が決定しました。
今回の受賞を機に同作に興味を持たれた方、既にご覧になって「追いスワン」したいとお考えの方はぜひこちらをご覧ください。

また、3月17日より【DVD&Blu-ray】の受注販売が開始されています。
こちらではその予告編を見ることができます。


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