今日(さっき)特別な経験をしてしまった

 僕の今後の人生を左右するかもしれない、特別な出来事があった。この興奮が冷めないうちに、記録として残しておこうと帰り道に強く決意し、家でこれを打っている。

 26年も生きているので、これまでも何度か「ああ、これは、一生忘れられない出来事だな」と思うような場面に出くわしてきた。
 それは高校サッカー部の引退試合の失点シーンだったり、念願の人生初のELLEGARDENのライブで「金星」が流れ出す瞬間にそれまで降っていた雨が止み、それはそれは綺麗な夕焼けを拝むことができた瞬間であったり、元カノから別れを切り出された瞬間の部屋の風景であったり、病棟看護師新人時代に先輩から「10時の抗生剤行った?」と11時に聞かれた瞬間であったりする。
 どれも、僕という人間を作り上げる上では欠かせないものだと感じている。
 そういう経験を積み重ねて、時々思い出して、そのたびに感情が揺れて、自分という存在を再確認していって、人間性を深めていくものなのではないかと感じる。人生のうちにどれだけ「そういう瞬間」を作れるかが、人間性の深さを決めるんだ。きっと。多分。

 今回は、「におい」にまつわる経験をした。
 具体的な内容が書けなくて申し訳ないけれど、ざっくり言うと、「本当にめっちゃヤバいほどくさいものを密室で嗅ぎ続けなければならない状況」に陥った。

 最初にそのにおいを嗅いだ瞬間に「ヤバい終わった」と思った

 何が「終わった」なのかその時は自分でもよくわかっていなかったけど、実際おわった。そのあとから食事が喉を通らず、腹も減らず、うっすらとした吐き気が続いた。しかも、二日酔いのそれとは違って、吐きたくても吐けない、寝ようにも寝られる状況ではない、など最悪な状況であった。

 人間、くさいものに出会うと、知的好奇心なのか、生存本能としての、外界の危険物の分析のためなのか知らないが、意外と深く吸い込んでしまう。それで本当にくさかったらその場から離れればいいのだが、今日はそうはいかなかった。
 自分の本能が「ここから離れろ。すぐにだ。」と何度も警報を出しているのを感じた。「なにしてるんだ。早く離れろ。死ぬぞ。」ってことなのか、途中からめまいがしてきて、視界の四方がチカチカと白くはじけた。

 理性と本能が壮絶なバトルを繰り広げていた。湘北VS山王くらい壮絶だった。花山薫VS愚地克己にも引けを取らなかった。那須川天心VS武尊は、これらに並ぶ激戦になると思っている。フジテレビには、今からでも遅くないから、この世紀の一戦を地上波で放映する決心をしてほしい。大人の事情とかそんなんどうでもいいので。


 鼻での呼吸を極力減らして口呼吸に切り替えたが、それでもにおいを感じ取ってしまい、混乱して過呼吸になりかけた。嗚咽が何度も出かけたが、我慢した。
 そこには時計がなかった。
 なにをどうすれば助かるのか、いつまで耐えればいいいのか、何かを待っていればそれでいいのか、自分で動くべきなのか、このまま死ぬのか、または、死ねないまま、これが永遠に続くのか、俺はあの時どうするべきだったのか、俺が彼女を変えてしまったのか、彼女が俺を変えたのか、それとも最初からそうだったのか、分からなかった。思考が正常ではなかった。自分の嗅覚を呪った。こんな思いをするくらいなら、要らない、と強く思った。助けてほしかった。外へ連れ出してほしかった。

 この世にはこんな香りがあるのかと、感動すらした。
 「1年間洗ってない水槽」「廃棄物」「膿」「腐った牛乳を拭いて生乾きにしたボロ雑巾」「腐乱死体」「水死体」「浜辺に打ち上げられて腐った魚の腸」「マンホールの裏」「下水道のコウモリの巣にたまった糞」
 どう例えたらいいか分からないが、とにかく、“淀んで”いた。何かがそこに停滞していた。

 大きな声を出して渾身の力で逃げたかった。
 その場から離れたあともずっとそのにおいが鮮明に思い出された。鼻から脳を鷲掴みにされたような心地だった。身体中にその匂いが染み付いている気がした。恐ろしかった。


 途中で、ふと偏った思考に陥った。
 においは、生きている人間だって発してる。
 臭い人だってたくさんいる。
 生物が放てるにおいであれば、人間だって自力で出せるのではないか。
 だとしたら。

 「風俗嬢は、このようなにおいがある客に抱かれなければならない瞬間がある…??」

 最悪の気分だった。
 涙が出そうだった。
 やめさせてあげてくれ…頼むから…


 ここまで来て「このままでは心が危ない。壊れてしまう。」と感じた。
 「こんな経験ができてうれしい」「みんなに話して笑ってもらおう」「クサイもの嗅いだだけで、こんな頭おかしくなってる自分面白い」
など前向きな言葉を声に出してみた。
 そうするとなぜか少し笑顔が出てきた。ちょっと元気がでた。
 でもこういうショック療法みたいなことをしていると、リバウンドが来る。自分の場合は。(一応、認知的不協和を利用したポジティブシンキングのコツだから、みんな試してみるといい。嫌なことあったら逆に「いいね」「面白い」「楽しくなってきた」って言ってみて。)

 家に帰る前にでかい風呂に入って体洗ってサウナして歯磨いて舌も磨いていい匂いする化粧水とかトリートメントとかつけたら気分はだいぶマシになったけど、お腹は全く減らない。ガスがたまっているのか、お腹は張っている。

眠気もないけど、起きていたってしょうがないから、睡眠薬を多めに飲んで拗ねたように眠ることにした。

 おやすみなさい。
 朝になったらお腹が減っているといいな。
 食べ物をおいしく食べられないことは、さみしい。


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