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何者でもない普通の自分が
何者かになりたいと願う
具体的になりたい何かがあるわけではない
目標に具体性がないから
当然、何もしていない
そんな毎日がただぼーっと続く

一日一万歩歩くことが健康に良いらしい
身体が不自由でなければできること
ただ歩くだけ
そんなこともできないようであれば
この先きっと何もできない
ふとそんなことを思い立ち、外に出てみた

雨だった
行く予定にしていても
雨を理由に行かないような僕だが
この日は何故か身体が動いた
めんどくさがりの自分に勝てたのだ
新しい自分史を今日から始める
ここから新たな一歩を踏み出すのだ

ばしゃんっびちびちっ
車道の脇に水たまりがたまっており
猛スピードで走る車から水をかけられた
はっはっはっ
我、防水に長けているアウターを着ている也
新たな一歩を踏み出している男は
やはりちがう

前から女性が歩いてくる
こんなに雨が降っているのに傘を持っていない
僕は防水に長けているアウターを着ている
その上、ビニール傘を持っている
僕は先ほどびしゃびしゃに濡れてしまったので
傘をさそうがささまいが一緒だと思い
その女性に声をかけることした
「よかったらこの傘使ってください」
「こわっなに?警察呼ぶで、誰やねんお前」

雨が滝のように降ってくる
滝であれば
マイナスイオンを感じられて癒されるだろうに
こういう豪雨には
マイナスイオンなんてないのだろうか
スマホを見ながら下を向いて
とぼとぼと歩く
上を向いて歩きたい
けれどそこには綺麗な空はなく真っ暗であった
今の自分を表しているかのようだ
近くで見た雨は暗くて見えない
街灯に照らされる雨は見える
何者でもない普通の自分は
何かきっかけがあって照らされたら
何者かになれるだろうか

僕はどこにでもいる普通のサラリーマン
いわゆる「普通」を過ごしている
簡単な業務の割にそれなりの賃金を頂けている
そのことはこの部署の人間以外みんな知らない
実態がわかれば
今の居場所が壊される可能性があるから
この部署のことは秘密なのだ
何も生まない部署なのに
そういう自分も居心地がよくなり
腐っていくのがわかる

段ボール箱のみかんみたいなものだ
本当はみんな才能があるのに
一つ腐ると連鎖して腐っていく

腐る前に食べてもらう
それはもう運だ
たまたま手の届く場所に
そのみかんがあるかどうか
そのみかんの位置は
ダンボールに詰められる時に
上の取りやすい位置にあるかどうか
その位置を変えるには
ダンボールを落とす等
位置が変わるハプニングが必…

そうか
この普通の現状をガバッと変えるには
ハプニングが起きればよいのだ
もし、僕がまだ腐っていないのなら
ハプニングがあれば輝けるかもしれない
何がしたい
どうなりたい
それはないのだが
じゃあ何もせず普通を過ごしていても腐るだけ
腐りたくないなら何かが起きる必要があるのだ

街灯に照らされて見える雨から
信号に照らされる雨へ目が推移していく
どうせ信号が点滅して渡りきれないだろうな
と思いながら横断歩道に脚を踏み入れる
案の定、チカチカと信号が動きだした
ほらね、思ったとおりだ
僕は走った

ドンッ
ダルマ落としの下に積まれている
積み木を崩した時のようなスピードで
僕の身体は右に飛んだ
ナポレオン・ヒルは言う
「思考は現実化する」と
ただね
ハプニングが起これば良いと思ってすぐ
車が突っ込んでくるのは早すぎやしませんか?

病院へ行き診察を受ける
どうやら左手と腰骨を骨折したらしい
左手については手術が必要とのこと
レントゲンを見ると親指の付け根あたりが
ぱっくりと割れている
そこに対してチタンのボルトで繋ぐ手術をする

腰骨を折ったことのない人にはわかるまいが
寝転ぶ、その状態から立ち上がる
この普通の動作をすることで
今までに感じたことのない痛みに襲われる
だから痛みがないように起き上がるためには
ベッドの上で仰向けで寝る
そのまま体を足の方へずらして
ベッドから膝下を下ろし足裏がつく状態へ
体を反転する
床に膝をついて胸をベッドにつける
近くのソファに手をかける
ソファに座る
そこからゆっくり立ち上がる
いわゆる「普通」ができないのだ
普通であることがいかに大切か
思い知らされたのだ

ここで矛盾が生じる
あれ?僕は普通でいたくなかったのでは?
何者でもない自分=普通=腐る
だから
この方程式のイコールに棒をいれることで
≠(ノットイコール)
にしたかったのでは?

普通でいたくないから僕は棒を入れたいのだ

とある日、看護師さんから
「手術は全身麻酔で行います。しばらくトイレにいけないので、管を入れて自然と排尿出来るようにします」
と説明があった。
…ちがう
僕は棒を入れたいのだ
棒に何かを入れたいのではない

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