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ラスボスが高人さんで困ってます!17

陸に上がり、2人分の汚れた衣類を洗うと、次は高人さんが風の精霊と一緒に洗濯物を乾かしてくれる。

裸のまま岩の上に座り、右回り左回りとクルクルと指を回して、精霊はその動きに合わせて風を吹かせている。楽しそうな所を見ると、遊び感覚でやっているのだろうか。
2人とも裸だが最初と違って気にする様子もない。

少しでも体の触れ合いをした後は落ち込んだ気分も落ち着く。まるであの時の自分を見ているようだ。

俺は、アイテムボックスから、ズルズルと浴衣を取り出し羽織ると、高人さんにも浴衣を羽織らせる。
「高人さんこれ着て?」
「これどうしたんだ?見た事ないやつだ。」
彼は真新しい浴衣の生地に触れて驚いたように言う。

「前に反物屋で見つけた生地を仕立て屋さんに持って行って頼んでいたんです。高人さんは黒も似合ってますけど、明るい色も見てみたくて。」

白鼠色に、藍色の細い縦線が無数に入る。それが雨のようで、俺が気に入って購入したものだった。
俺のは藍色に白鼠の縦線。逆の色合いで同じ柄の物にした。

「ほら、お揃いです。どうですか?」
俺は手際良く自分の浴衣を着ると、くるりと回って見せ、にこりと笑った。
高人さんは俺の姿を見て、ふふっと笑う。
「いいんじゃないか?」
高人さんも浴衣を着て帯を巻くと、ぱっと立ち上がる。
風の精霊が乾いた洗濯物をふわりと俺の方に運び、上からバタバタと落としてくれる。

「おっと!うわっ」
高人さんの着物はとにかく、俺の洋服は少し重いので着物の感覚で受け取って重さにびっくりしてしまう。

「お前のその服、やけに重いな。何でで来てるんだ?」

高人さんは俺の隣に座り、衣類を畳む俺を見ている。
「ジャイアントスパイダーっていう、大きな蜘蛛がいるんですけど、そいつミスリルばっかり食べるんで、吐く糸がミスリル並みに丈夫なんですよ。その糸で作った服なんです。しなやかですごく硬くて、多分、高人さんにひっ掻かれても傷すら入りません。」

「ほぅ。じゃあ試してみるか。」
高人さんは自分より服の方が優れていると言われてプライドに火が付いたのか、爪をジャキっと立てる。
「わ――!すっごく高価なんです。本気出されて破れたら俺泣いちゃいます――!」
俺は慌て衣類を畳むと、ぱぱぱっとアイテムボックスに放り投げる。
「ちなみに、幾らしたんだ?」
「ん――上下セットとマントもですから、白金貨3000枚……でしたね。流石に高い買い物でしたぁ。」
ミスリル自体が貴重な鉱物でそれを食べる魔物となればそれもかなり珍しい魔物だ。そいつの糸で作る服、加工にも高度な技術がいる。しかも伸縮自在で使用者の体型に服自体が調整してくれるのだ。値段も天井知らずで高くなってしまうのは当然だ。

ちなみに、白金貨は金貨の100枚分、金貨は銀貨の100枚分、銀貨は銅貨の100枚分だ。
庶民の4人家族の家庭で、1ヶ月に必要な生活費は多く見積もっても銀貨2枚あれば楽に暮らせてお釣りがくる。金貨20枚あれば、贅沢しなければ一生働かずに食べて行ける額だ。

高人さんは、西大陸で暮らしていたと言っていたので、通貨の価値はわかるのだろう。途方も無い金額と理解して頭を押さえている。

「おまえ、それは国家予算並みの額だぞ……。」
「欲しい物無くて、コツコツ貯めてましたからね。なんせSランク冒険者なんで引っ張り凧でしたし。一回の討伐で白金貨1枚とかでしたから。この服見つけた時は、それこそ国宝にされる前に急いで買わなきゃって、かなり慌てました!買えて良かったです。これがあるだけでかなり楽なんですよ?」

俺が自慢げに話すと、高人さんは呆れたように笑っている。
「まぁ国宝になって、倉庫で燻ってるよりは服も喜ぶか。」
高人さんはクスクスと笑った。

ぐぅぅ……。

急に腹の虫が鳴く。
高人さんは顔を赤らめてお腹を抑えていた。
俺はクスリと笑う。
「お腹減りましたか?」
「……減った。」
恥ずかしそうに視線を逸らしてポツリと言う。

良かった。空腹が分かるようになって。

俺はホッとして、開きっぱなしの虚空に手を入れてお弁当を取り出す。
「今朝作ったんです。ボックスの中は時間の流れが止まるので、出来たてのままですよ。」
「お!ありがとう。しかし、ほんとチート機能だな。そのアイテムボックスってやつ。変なやつに利用されちまうからあんま人前で使うなよ?」

彼にお弁当を渡すと、お行儀良く正座して膝の上でお弁当の風呂敷を開く。

「貴方意外の前では使った事ありませんし、これからもそうですよ。」
ワクワクした表情が可愛らしくて俺も笑顔になる。
高人さんがパカっと蓋を開くと、フワリとお弁当らしい香りがする。

「……食べてもいいか?」
俺が飲み物を準備していると、ソワソワとしながら高人さんがだ俺を見つめていた。
「あはは。どうぞ。貴方に食べて貰うために作ったんですから。」

高人さんは嬉しそうに、頂きます。と手を合わせてから、食べ始める。
「高人さん、お茶ここ置きますね。」
お酒は出さないでおこう。空きっ腹で飲ませるのも良くない。

「ん、ありがとう。鮎か?ご飯に混ぜると美味いな!この卵焼きも好きなやつだ。美味しい。」

俺も自分の分を取り出して、頂きますと手を合わせると、鮎飯おにぎりをパクリと食べる。うん。美味しくできてる。

高人さんのお弁当箱に、俺の卵焼きを入れてあげると、嬉しそうに食べていて俺まで嬉しくなってしまう。

「あー!腹一杯だ。」
空のお弁当を片付けていた隣で、高人さんは草の上にごろんと横になる。

「高人さん、今夜はどこで寝る予定だったんですか?」
聞きながら、俺は登山中に見つけたヤマモモの木の枝を取り出す。野苺のよう赤い果実をびっしりと付けた枝を、そのまま泉につっこんで、ざっと洗う。
大きなビー玉ほどあるその実を一つ口にいれて食べてみると、甘酸っぱくてみずみずしい。

「近くの洞窟に行って寝てる。」
その言葉に俺は高人さんの方に振り向いた。
「え、じゃあ、普通に野宿で寝てたんですか?」
「龍の姿なら気にならないしな。」
俺はヤマモモを一つちぎって、高人さんの口に置く。
「お、山桃か。そう言えば旬だな。」
高人さんは実を手にすると、赤い実をじっと見つめる。
「甘酸っぱくて美味しいです。ここに来る途中沢山見つけて、ひと枝だけ貰って来ちゃいました。」

俺はチラリと高人さんを見る。

「高人さん、食べないんですか?」

高人さんはふふっと笑いながら赤い実を見ていた。
「なぁ、山桃って、雄の木と雌の木があって、両の木が出会わないと実を付けないんだ。雄の木の花粉は遠く離れた場所まで飛んで、雌の木を探して旅をするんだそうだ。」

「へぇ……高人さん物知りです。」
彼の隣に座って、サワサワとヤマモモの枝を見つめる。細長い青々と茂る葉に、沢山の赤い果実を付けたこの枝は、雌の木だったのか。

「そんで、ついた花言葉が、"一途にただ1人を愛する。"……海を超えて来たお前みたいだろ?」

ああ、高人さんは、この木と俺達を重ねているんだな。
「あはは。確かに似てますね。でも、俺はヤマモモじゃなくて良かったです。」
「なんでだ?」
高人さんはキョトンと俺を見た。
「だって、ヤマモモは遠くに居たら会えないでしょう?花粉を飛ばす事しかできない。俺自身が高人さんに会えないなんて生きてる意味ないですよ。」
その言葉に高人さんは困ったように笑う。
「一途、か。お前はやっぱり山桃だ。」
クスクスと笑って、高人さんはシャクっと果実を齧り、種から実を剥がして食べている。お行儀悪く寝転んだままだ。
「甘酸っぱくて美味いな。何個でも食べれそうだ。」
俺は寝転んだままの高人さんを挟んで両手を地面に付き、彼を見下ろした。
「な、なんだよ……急に」
彼は恥ずかしそうに俺を見上げて、そして視線を横に泳がせる。
「俺たちもヤマモモみたいに出会っちゃいましたし、あとは受粉するだけなワケですけど、俺の実、つけてもらえます?」
悪戯っぽく言うと、高人さんは顔を真っ赤にする。
「龍は子が出来難いって言っただろ?」
「ふふ。それじゃあ、受粉できるまでたくさん楽しめますね。口元、果汁で汚してますよ。」
ペロリと口元を舐める。
「んっ」
「甘酸っぱい。もっとください。」
ああ、また高人さんから良い香がする。意識が溶けそうだ。

高人さんは俺にされるがまま、口付けを受け入れてくれる。唇を重ねるたびに濡れた音がして、口の中の感じる部分を執拗に刺激してやると身体がピクリと跳ねている。
「んっふっ」
彼は甘い吐息を漏らしながら唇がほんの少し離れるたびに苦しげに呼吸する。その苦しげな姿すら可愛らしくて、悪戯したくなってしまう。

側から見たら獣人が人を喰っているようにも見えるかもしれない。

高人さんのトロリとした瞳をみつめて、舌を絡めて噛み付くように何度も唇を重ねた。

俺は、この人を喰らっているのかもしれない。
そう思うと、得体の知れないゾクリとした歓喜が身体の奥底でぼうと不気味に火を灯した。

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