見出し画像

ラスボスが高人さんで困ってます!2


その瞳は、ブルーサファイアのように美しく、声はしっとりと落ち着きのある安心する声、この世界では珍しい黒髪がとても綺麗な人。
自由奔放なのかと思えばそんなわけでもなく、実直に自分のやるべき事をこなしていく。前向きで子供が大好きで、博識で知識に貪欲。
一週間、共に過ごして得た高人さんの印象だ。

彼から貰ったピアスと魔法のおかげで俺は外の世界から逃げ帰った亜人として迎え入れてもらえた。
驚いたのは亜人族という種族が俺が知っている知識とは全く違うという事だった。

亜人種は魔族と呼ばれ、魔王を筆頭に世界を滅ぼそうとしている野蛮族で意思を持つ野獣と教えられてきた。
しかし、彼らはただそこで暮らしているだけで人間となんら変わりない。
子供達の学びの場があったり、農業が盛んで、稲や野菜や果物を育てていたり、少ないながらやってくる貿易船の品が市場に並んでいたりもする。港町なので主なタンパク源は魚なのだが、狩猟祭の後は獣や魔獣の肉も並ぶらしい。皆とても優しいく親切だ。

俺の暮らしていた西大陸では、遭遇した亜人種の殆どが人間に害を及ぼしていた。盗賊として群をなしていたり、一個体で村を滅ぼしてまわったりと、数は少ないが上位魔獣としてA級以上の冒険者が討伐に駆り出された。
だから、この穏やかさは正直驚いた。
本当に、人間と変わりないのだ。

高人さは、週に3度、村の小さな学び屋で教鞭を取っていた。子供達に囲まれて笑う笑顔は、出会ったあの日に俺に向けた笑顔そのものだ。なるほど、俺に子供たちを重ねて見ていたのだなと察した。

今は遊びに来た子供達の相手をしている。その姿を見ているのが好きで、こっそり眺めていた。
気付けば彼を目で追っている。
同時に、俺はここには居てはいけないとも思った。冒険者として数多の亜人族を狩ってきたのだ。俺の手は、優しく接してくれている亜人族の血縁者を殺しているのかもしれない。そう思うと手が震える。

「おい、どうしたんだ??」
高人さんが縁側の端の壁に寄りかかって隠れていた俺に声をかけてくる。ビクリと身体が強張る。
「あ、えっと、かき餅を揚げたので、皆さんで食べないかなと思って。楽しそうだったのでコッソリ見てました。」
にこりと取り繕うように笑い、高人さんの目線に合わせるために座る。和紙を敷いた皿の上にこんもりとサクサクのかき餅が乗ったそれを見せた。
高人さんはかき餅よりも俺の顔をじっと見つめてきた。
「…どうかしたのか?」
「い、え、なんでも…。」
少し驚く。真剣な顔に一瞬言葉に詰まってしまった。
高人さんはかき餅を敷いていた和紙で包むと、それを持って子供達の元へ戻って行った。

「先生、今日はこれから用事があるから、今日はこれでおしまいだ。これ皆んなで喧嘩しないように食べるんだぞ?」
子供たちは、わぁ!と思いがけない収穫に沸き立つ。
「あそこに居るお兄さんが作ってくれたんだぞ。お礼言ってけ。」
高人さんがそう言うと、遊びに来ていた子供達が走ってくる。
「お兄ちゃんありがとう!おいしそう!」
「「「ありがとう!」」」
「たまたね!」

「どういたしまして。いっぱい食べてね。」
眩しいなぁ。俺は笑いながら手を振る。
子供達は走って次の遊び場を目指す。
「じゃあな、怪我しないように遊べよー。」
高人さんは木戸を潜る子供達に声を掛けていた。「先生またねー!」
「またねー!」
子供達は手を振りながら庭から出て行ってしまった。
「待たせたな。」
えっと…気を使わせてしまっただろうか。

縁側から下駄を脱いで家に上がってくるとそのまま胡座をかいて座る。
俺は、1人分離れて正座して座る。

「ほれ。わんこ。」
座って、自分のポンポンと膝を叩く。
「…えっと…?」
俺はキョトンとして小首を傾げた。
「お前、気疲れしてるんじゃねーの?ほれここに寝ろ!頭ここ!」
照れ隠しか少し強めの口調でバンバンと膝を叩く。
「え、と、いいんですか?」
ドキドキと心臓がうるさい。気付かれてないだろうか。誘われるままに膝枕してもらい高人さんの胴に擦り寄り抱きつく。
抱きついた瞬間、ふわりと良い香りがする。
なんだこれ…すごく落ち着く。好きだな。

ここに来て着物で過ごしている俺は、尻尾は出さずに着物の中に仕舞っていた。
着物の中に隠れている尻尾がぱさっぱさっと揺れている。高人さんは俺の髪を梳くように撫でてくれる。

「どうしたんだ?」
「色々と、思い出してしまって。」
会話が止まる。高人さんも聞いて良いのか考えあぐねているんだろう。
「あー…その、お前さ、職業、料理人だけじゃねーんだろ?」
ビクリと身体が強張る。
「…なんでですか?」
「お前の手の剣ダコ。」
自分の手を見てみる。確かにゴツゴツしているが、触れさせたこともまじまじと見つめられた事もない。
「なんで…、」
「お前が寝てる時に、手がデカいなと思って…さわったんだ…いや。すまん。出来心で…。」
恥ずかしそうにそっぽを向く。
「全然気付きませんでした。」
驚いた。俺が人の気配で起きないなんて。
え…俺が生物の気配に気付かないなんて事…あるか?

ハタ…と疑問が過った。

「まぁ、なんだ、お前のここ一週間の様子見て、お前自身に俺達をどうこうする意思は無い事は分かった。だからお前が何者だろうが俺としては関係ない。でも過去の事で何か引っかかってんなら話してみろ。」

話しても…いいのだろうか…。
俺が話すならば…貴方のこと知りたい…なんて言うと嫌がられてしまうだろうか。

お互い何かしら言っていない事があるのだ。まずは、誠意を見せないと、高人さんも喋らないだろう…。

こんなに怖いと思ったのは初めてかもしれない。
嫌われたくないな…。
けれど言わないと何も始まらない。

「俺、…冒険者をしてました。」
「ああ、それで剣ダコか。ランクはどのくらいだったんだ?」
意外とノリが軽いのでちょっと驚く。
「えと…S…ランク…です…。」
「S!?」
高人さんがびっくりした声を上げる。
Sランクは竜相手でも引けを取らない冒険者と言われている。竜とは戦った事はないけれど。

唖然と俺を見つめる高人さんに気付いてすぐに否定する。
「あの!俺、何もしないですから!丸腰です!敵意もないです!追い出さないで!」
自分でも情けないと思えるほど、犬耳がぴたぁっと畳まれて、彼の腰にしがみつく。尻尾なんて足の隙間に入って丸まっていた。
「くくくっぷ、あははは!…お前、ほんと可愛いな。」
「へ?」
いきなり笑いだす高人さんに呆気に取られてしまう。こんな情けないSランク冒険者他にいるだろうか。
「大方、沢山同族殺したとか色々考えてたんだろ?」
「うっ…はい…人を襲ったり殺めたりした者は、討伐対象で…。たくさん討伐しました。今では…話す余地があったんじゃないかと…思ってて…」
暗い顔で話していると、高人さんはヨシヨシと頭を撫でてくれる。

「基本、この大陸を出た同族は、それなりの覚悟を持って出ていくんだ。ここにいれば護ってやれるが、外に出てしまっては加護が届かなくなってしまうからな。その先で過ちを犯して殺されたとしてもそいつは本望だろうさ。人間族の怒りも理解できる。だから、お前が気にすることじゃねーよ。」
高人さんは優しい目で話す。それは子供達に向ける瞳とはまた違うように感じて、新しい彼を見た気がした。

「なぁ、お前は、魔王ってどんな存在だと思う?」

高人さんは俺を見つめてそんな事を言う。魔王については俺は興味があった。きっと、人間が語り継ぐ魔王とは違うのだろう。

「魔王は、倒さなければならない存在と、教えられてきましたが…正直、今は分かりません。この村の人達はみんな優しくて、俺の知る魔族とは違いました。なら、魔王も、俺の知る魔王ではないのかな…と…」
「…俺が魔王なんだ。」
はは。っと笑いながら言う高人さんを凝視する。
「えっと…高人さんが?魔王?」
「そう。俺が魔王。」

「そ…っか…」
「なんだ、あまり驚かないんだな。」
「只者じゃないなとは思っていましたから。」
あはは。と困ったように笑う。

高人さんが魔王というなら色々な事が腑に落ちる。1人で砂浜に来たのも、血と髪だけで魔石の装飾品を作った事も…。俺が気配を察知できなかったのも。

「なんだか疑問に思ってた事の辻褄が合いました。てことは、貴方は竜族なのですか?」
魔王は代々竜族がなるもの。これが人の世界で語り継がれている伝承だ。

「竜族だよ。最初から魔王だとか竜族だとかびっくりするだろう?」

俺を想っての嘘だったのか。なんだか嬉しくて尻尾が揺れる。

猫耳だった部分は、高人さんが触れると青水晶のように透き通るに二本の角に変わる。とても綺麗だ。

「高人さんが魔王でも俺は構いません。貴方は命の恩人です。なんな下僕になりますよ。」

「下僕なんていらねーよ。」
「残念です。」
めんどくさそうに言う高人さんに、俺はふふっと笑う。

「竜族って甘い香りがしますね…。花のようないい香り。」
擦り寄り、スンスンと匂いを嗅ぐ。
「そんな匂いするか?まったく分からん。ほんとにワンコみたいだな。」
「あはは、ひどい。でも貴方の犬なら猟犬でも番犬でも喜んでやらせていただきます。」

話せてよかった。彼のサファイアの瞳を穏やかに見つめる。綺麗だ。ずっと見てられる。
初めて感じるこの気持ちは何だろう。焦るような慌てるような…胸が高鳴りそわそわと擽ったい気持ち。貴方に触れているととても落ち着く。
高人さんが髪を撫でてくれるので、もう少し、この甘い時間を堪能する事にした。

「夕食…何にしましょうか…。」
「お前の作るものは全部美味いから任せるよ。」
「献立に困る回答ですね。」
クスクスと笑いながら俺はまた彼に抱きついた。




もう一つ、高人さんに言ってない事がある。
俺が勇者として選ばれている事だ。
だが、絶対に言わない。言ったらきっとこの関係は終わってしまう。俺は勇者になるつもりはない。絶対に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?