見出し画像

遊郭で高人さんを見つけました。番外編5

日が暮れて辺りが暗くなると、遊郭の明かりが華やかに辺りを照らし始める。

俺は若い衆の半被を着て、厨房で貰った笹餅を食べながら夜霧さんから見えない場所で彼を見守った。
たまに見つける不届者を座敷に追い返し、また夜霧さんを追いかける。それの繰り返し。

「夜霧さんて、ほんと綺麗な人だなぁ。さすが准太さんを虜にしてるだけあるっスねぇ」
人間に無頓着で無機質な笑顔でつまらなそうに毎日を過ごしていた准太さんが、あんな優しく笑うようになったり、何かに怒ったり。この人のお陰なんだろうな。

「ん、なんだ…」
金髪の要人。なんか位が高そうな…。いちいち品がある動きだなぁ。2個目の笹餅の笹をぺりぺり剥く。夕食を食べ損ねているので、この笹餅は非常に嬉しい報酬だ。
ずっと眺めていて思ったのだが、夜霧さんの言葉の壁を物ともしない対話能力は凄い。外国人すら虜にするのかぁ。

あー。まんざらでも無さそうな金髪要人。

…その人、相手居ますからね。金持ってそうな男と話してるの見てるとハラハラするなぁ…。

ぱくっと笹餅を口に入れ、俺は気付かれないように先回りして厨房に入る。ここからだと、夜霧さん達が向かっている中庭がよく見えるのだ。

「あらぁ、成宮くん。まだ笹餅あるわよぉ!」
座敷は宴もたけなわ。厨房は料理も出し切り休憩中のようだった。夜霧さんは中庭で金髪と風に当たっている。

「あはは!ありがとうございます。頂くっス!」
また一つ笹餅を手に入れた。

「 don't talk to me !」
怒鳴り声がして、慌てて現状を確認する。でかい男に臆する事なく立ち向かっている。…のは凄い。だがちょっと無謀っスね。
「食ってる場合じゃ…、ん?」
飛び出して行こうとするとさっきの金髪が助けに入った。やっぱかなり地位のあるやつっぽい。
とりあえずなんとも無さそうだ。
「ん?何見てんだい?」
厨房で料理を運ぶおばちゃんが俺の隣から顔を出す。
「あの金髪の人どこのお座敷か分かる?」
俺はおばちゃんに聞いてみる。
「あ、あの人ねぇ、たしか人数が少ない座敷だよ。白菊だったかしら、」
白菊ね。
「ありがとう!俺もう少し見回りしてくるッス!」
「仕事熱心ねぇ。いってらっしゃい」
おばちゃんはニコニコ笑いながら見送ってくれた。

夜霧さんは放っておく事になるけど、あの金髪めちゃめちゃ気になる。

一階が宴会場で良かった。俺は人に見られないように外に出て、床下に入る。

白菊の下に行くと、じっと聴き耳を立てる。

『いやぁ…ははは。―…そういえば…』
聞こえにくいなぁ…。

『おお。そうですか。ではその花魁を身請けしては…』
ん?身請け?誰を?要人の座敷、政治的な話だよな。
…遊女を政治の取引に使うのか…?
綾木さんに聞いてみる?帰ったら報告しなきゃな。



「と、いう感じでした。」
真夜中に店に戻ると欠伸を噛み締めながら報告する。
「そうか。ご苦労さん。」
綾木さんは難しい顔をしている。
「旦那さま…。お客様が…。」
執務室に、ちらりとトキさんが覗き込む。
「こんな時間に?」
俺はきょとんとしてトキさんの方を見て、また綾木さんを見る。
「……」
綾木さんは何も言わずに表玄関へ行き少し開ける。そこで何やら話しているが俺は眠くて仕方がない。

しばらくして綾木さんが戻ってくる。
「成宮、悪い、仕事いいか?」
「もちろんスよ!」
俺はにっこりと笑う。お仕事と聞いて眠気を振り切る。
「ここに行ってこい。これを渡せばいい。あとはあっちの指示に従ってくれ。詳しい事は言えないが、多分お前の考えで合ってる。」
小さな地図と、封筒を貰う。詳しい話は聞かない方がいいのか。
「了解っス。行ってきます。」
スタスタと歩きながら、地図を広げると、少し離れた街の中だ。よく遊びにいく場所の裏路地。馬の方が良さそうだ。着物だと乗りにくいので着付けの部屋から馬乗り袴拝借して履くと、黒の外套を羽織ながらタタっと走って馬小屋に向かう。すると既に備鞍を掛けてくれていた。近くには康太さんがニコリと笑ってる。
「いってらっしゃい。」
「ありがとうっす!行ってきます。」
身長などものともせず、ヒラリと馬の背に乗る。
他にも三頭外に出ていた。
「誰か他に外へ?」
「俺と太助が旦那様のお付きで行ってきます。」
よくわかんないけど、まぁやれと言われた事をするまでだ。
「わかりました。そちらもお気をつけてっス」
そのまま地図の示していた場所へ向かった。

誰もいない真夜中の大通りを風のように駆け抜ける。
春花もめちゃめちゃ速かったけど、この子も速い。
少し背を丸くして風の抵抗を少なくする。

しばらくすると街の入り口の大きな門が見えた。
地図はもう少し先の裏路地だ。速度を落とさせて入り口を探す。

「みっけ。」
裏路地に入ると馬を降り、手綱を引いて歩く。
するとそこには、白い外套に顔まで隠した明らかに普通では無い人が立っている。この人か。
「綾木の使いです。」
言われた通り手紙を渡すと、中を見て頷いた。
「馬はそこに繋いで。ここからは喋らず付いてきて。到着したら10分間だ。それ以上は保証できない。」
スタスタと早歩きで連れて行かれたのは地下道だ。入り組んだ地下を歩くと梯子が見える。上に登ると合図される。
言われるままに登ると出た先は大きな資料庫だ。白い外套は登っては来ない。

資料の背表紙を見ると、国のお偉いさんの名前が書いてある。訪問の記録や法案、戦争、色々な記録がある。
ここは国の資料保管庫だ。国家機密の中枢。
なるほど何も言えないわけだ。

1番新しい場所を見ると、今日、来日したイングリス軍の詳細と、宴会の詳細資料があった。それを本棚から抜き取り中身を見た。

これかな。

宴会に出席した要人を調べて、出席者の資料を名簿から抜き取っていく。あの宴会場にいたのは総勢で50名前後だった。その中でもあの白菊に居た上位10名の資料があれば。あとは宴会の詳細とイングリス軍についての詳細資料かな…。

夜霧さんと話していた金髪を思い出す。あの身請けの話って…まさか…。…いやそうなると大事だ。

出席した軍人の他に、将軍や政治家も居た。それも他の資料から詳細を抜き取る。

これくらいか。見終わった資料は全て棚に元通りに戻した。

10分じゃ書き写せない。悪いけど持ち出しますね。

地下へ通じる梯子にきっちり扉を閉める。
戻ると案内役が待っていた。懐から、チラリと資料を見せると、案内役はコクリと頷き、また馬のいる場所まで送ってくれた。

「資料は後日返却しに来て下さい。日時はこちらで指定します。」
馬の手綱を外していると、案内役がそう言った。
「分かりました」
俺はまた馬を走らせて呉服屋へと急いだ。

「ただいまっス。綾木さん帰ってますか?」
ヒョコっと執務室を覗くと、何やら紙の束に囲まれている綾木の姿があった。
「帰ったか。」
頭をガシガシと掻きながら1枚1枚目を通していた。
俺はそんな綾木さんの前に書類をバサッと差し出す。

「綾木さん、これで合ってるッスか?」
「ああ、これでいい。助かるわ。偉いぞ。」
何も言わないで送り出したのが少し心配だったのか、珍しく褒めてくれる。
「当然っスよ。それより、これってなんスか。えらい紙の量っスね。」
「ここ最近の政治家の噂話と、花房の台帳の写し。」 
「すごい量ッスね。俺、主要人物10人の人相と経歴しか持ってこなかったッスよ。」
「それでいい。」
綾木さんが見せてくれた名前は俺の調べてきた人物と同じようだった。
「もしかして、身請け話って夜霧さんっスか?」
「…らしい…な。正式には明日発表らしい。さっき来てた使いから情報を貰った。」
「なんでまた…」
「分かんねーなぁ、お前が見た金髪となんか関係があるんだろうな。こいつだろう?」
綾木さんがイングリス要人の資料を一枚見せてくれる。
「この人ッスね。夜霧さんと話してたの。」
「イングリス国第一王子様だとさ。ったく…。また妙なのに気に入られやがって…。だから自覚持てって言ってんのに。聞きゃしねぇ。はぁ――。」
ため息が深い。准太さんに身請けされるのとは訳が違う。このまま話が進めば夜霧さんが行く先は恐らく海の向こうだ。

「今日中に何とかしねーと手遅れだ。成宮お前もう寝ろ、つっても3時間くらいしか寝れねーけど。」
「え、いいんスか?」
「あとはこれ纏めるだけだからな。朝イチに東屋商会に行く。俺だけじゃどうにもなんねー。成宮、パイプ役頼んだぞ。」
俺は嬉しくなってニコリと笑う。
「はいっス!んじゃお先に!おやすみなさーい。」
欠伸をしながら、俺は寮の自室に帰り、布団に入るとぐっすりと眠ってしまった。

――――――


朝起きて店を覗くと、綾木さんが執務室の机で寝ている。寝かしてあげたいけど、もう起こさないとな。
「綾木さん、起きて!准太さんとこ行くんでしょ?」

「う…わり、寝てたわ。行くか…」

「資料出来たんスか?」
「できた。ねみー。今日も寝れる気しねぇなぁ…」
いつにも増して、綾木さんがヨボヨボしてるんで、俺は苦笑する。
「シャキッとして下さい?夜霧さん助けるんでしょ!」

2人で並んで東屋商会まで歩く。
商会まで行くとすぐに准太さんの所に通してくれた。

大丈夫かなぁ。喧嘩しないでくださいね?
ハラハラしながら顔はにこにこ。とても忙しい。

部屋に入ると、准太さんは思い詰めたような顔をしている。もう話は伝わっているようだった。

「聞いたか?」
「今しがた…。」
綾木が聞くと、准太さんが答える。
「「……」」
話が進まない。あー!ハラハラする!
「2人とも!顔が暗いっスよ!ここは情報共有ですよ!助け合いっす!」
黙ってられずに綾木の後ろから顔を出す。

「成宮くん。おはよう。」
「はい!准太さん!おはようございます!」
俺はにっこりと笑顔で挨拶を返す。
「最近はどう?」
ふふ。と顔が綻んでしまう。
「お陰様で!綾木さんとこで楽しく働かせてもらってますっ」
綾木がため息を漏らしていたが、まぁ聞かなかった事にする。
准太さんは、そう。良かったね。と柔らかく言てくれた。

「そんな事より、情報共有っス!」
俺が急かすように言うと、綾木さんが資料を取り出す。
「そうだな、その為に来たんだ。ほれ。ウチで集められる限り集めてきた。」
准太さんの机に置バサリと置く。
「これは?」
「花房の台帳写しと今分かる分だけの人物情報。」
「千広くん政界に顔効くんだっけ。それにしても早くない?」

「俺の夜霧贔屓は裏じゃ結構有名なんだよ。俺を可愛がってくれてる政治家の奥様が夜に連絡寄越してくれたんで、集められるだけ集めたんだ。お陰で徹夜だ。」
ぼろぼろの綾木さんを見て、准太さんが苦笑する。
「…それはそれは…」
准太さんはパラパラと参加者の名前や経歴を見て行く。
「外国人…。」
准太さんが呟く。准太さんの所には身請けされるという事しか入ってないのか…。情報が遅いのは俺が東屋を抜けたからだ。

綾木さんが長椅子に座ったので、隣に立つ。

「某国の要人。国王の息子も居たらしい。昨日遊郭は半数以上が外国人、あとは日本の将軍クラスと、政治家数名。」
准太さんの表情が険しい。状況が分かってきたのだろう。

「んで、人手が足りないって聞いたんで、成宮含めてうちのを数名を花房の若い衆の手伝いに行かせたんだが…。成宮、」
ああ、昨日の事っスね
「昨晩は、内見世の見回りをしていて、夜霧さんも座敷に入らず迷った人の案内とか問題の対応をしてました。そこで、その資料の王子の案内もしてらして…」
そこまで話すと、綾木が口を挟む。
「俺は、そこで目をつけられたんだろうと思ってる。」
「では身請け先は…」
綾木さんはため息をつき、准太さんは資料をくしゃりと握った。
「海外だろうなぁ…」
綾木さんは低く言う。
一瞬の沈黙の後、准太さんは席を立ち部屋を出て行く。
「うわっ!ちょ、東谷!お前また…っ…はぁ。」
綾木さんは追いかけようと立ち上がるが、思い留まりまた長椅子に座った。俺は綾木さんの顔を覗き込む。
「いいんスか?綾木さんだって会いたいでしょ?」
「夜霧には東谷の方がいいだろう…。あの人きっとボロボロだろうから、アイツに任せる。」

あんたもボロボロじゃないっスか。ったく。
「…お疲れ様です。」
だらしなく背もたれに寄りかかり目を閉じた不器用な主に俺は労いの言葉をかけた。

綾木が准太さんの執務室で寝てしまったので、当直室から枕と毛布を持ってきて肘置きの横に毛布を重ねてその上にふかふかのまくらをポスっと置いた。

「綾木さん、その寝方だと首痛めちゃいますから!こっちがふかふかッスよ!」
ずるずると綾木の上半身を枕に預けて寝かすと、タオル地の毛布をそっと掛けてやった。 
「はー。ほんとはちゃんと布団で寝て欲しいんだけど…。」

執務室の窓を開けて風を入れる。准太さんは夜霧さんに逢えただろうか。ちらりと眠る綾木さんを見る。准太さんが帰ってきたらまた作戦会議だな。

准太さんが帰ってきたのは、それから少ししてからだ。商会の前の道を准太さんが歩いているのが見えた。
「綾木さん!起きて!准太さん帰ってきたっスよ!」
「……ぁ…すまん、寝てたのか…。」
「よく寝てましたよ。そろそろ起きて下さいっス」
俺は寝具をかき集めて当直室に持って行く。
「ただいま」
「あー、おかえり。どーだったぁ?」
ふぁーーっと大あくびをする綾木さん。
「少し話せ…はしたけど…一緒に逃げたいとは言ってくれなかったよ。」
「まぁーそうだろなァ。夜霧は一回決めたらテコでも動かねーからなー」
「あと、これは楼主から」
准太さんが机に置いたのは、イングリスの軍服だった。
「…准太さん、潜入するんスか?!」
軍服を見て思わず口を出す。もしバレたら、最悪射殺されかねない。
「イングリスの船は今夜出発だから、もう時間が無い…。手の込んだ事をする暇も無い。船に乗って高人さんを見つける。…か、最悪そのままイングリスまで行ってそこで救出して帰り方を考える。」
「おい、大雑把すぎねーか。」
呆れたように綾木さんがわらう。
「船で逃げ出せそうならそうするよ。でも、なるべく海には飛び込みたくは無いな…。真っ暗な海じゃ人ひとり抱えて泳ぐのは…。救命ボートがあるだろうから、それを使って逃げられないかやってみる。」
思い詰めた表情で、准太さんが言う。
かなり賭けな救出作戦だ。正直いい案とは言えない。
けれど後数時間しか無いなら、これ以上は無理だろう。

「千広くんは、領海ギリギリまで船を出してくれる漁師の手配をして。あと何かあった時のために医者と、漁師を数名。船は集魚灯がついた船がいいな…。海に入るなら夜だろうから…あとは、船に忍び込む隙を作って欲しい。」

「あ。俺心当たりあります。夜霧さんの足が絶対止まって一悶着あるだろうけど、発砲とかは無いだろうって人物。かなり目を引くと思います。協力お願いしてきても良いッスか?」
「頼める?」
准太さんが申し訳無さそうに言ってくる。俺はコクリと頷く。
「綾木さん、俺ちょっと行ってきます。」
「おー。行ってこい。」
綾木さんにヒラヒラと手をふられ俺は商会を出た。

まずは呉服屋に戻って馬を借りる。花魁を貸してくれるといいんだけど。
「あ!そうだ!」
俺は質屋の方に周り中を覗いた。そこに目的の人をすぐに見つける。
「康太さん!」
「ん?成宮くん。どうしました?」
俺は准太さんが綾木に準備して欲しいと言っていたものを話す。
「時間が無いので、船に乗ってくれるお医者様の手配をお願いしたいっス。綾木さんは東屋商会にいるので」
俺の言葉に、康太はニコリと笑う。
「わかりました。すぐに手配して向かいますね。」
「ありがとうっス!じゃあ、俺行ってきます!」
ぱたぱたと手を振り馬に飛び乗ると一気に駆け出す。

「成宮涼…面白い子だなぁ。綾木さんが気に入ってるの分かるなぁ。」
ふふっと笑いながら康太は店に入ると自分は今から留守にすると告げる。
「とりあえず、懇意にしてる先生にお願いしてみますかね。」ぽそりと言うと外に出かけて行った。

馬を走らせれば呉服屋から花房までは直ぐの道だ。
花房につくと、表玄関に入る。
番頭さんに駆け寄る。
「すみません、千早は居ますか?力を借りたいんですが」
「夜霧の事でかい?」
番頭さんは真剣に聞いてくる。
「はい」
「…ちょっと待っててね」
番頭さんはパタパタと奥へ姿を消す。
しばらくすると、千早と楼主がやってきた。後ろには番頭さんも居る。
楼主はすっと前に出る。
「千早に何をして貰いたいのですか?」
「夜霧さんを脱出させるために時間を稼ぐ手伝いをお願いしたいです。」
楼主は千早を見る。
「危険かもしれないわよ?どうします?」
楼主は千早に一任するようだ。千早は俺を見てこくりと頷いた。
「行く。高人のためになるなら何だってする。」
千早の意思の強い返事に楼主も頷く。
「なら早く行ってきなさい。もう時間がありません。」
「「ありがとうございます!」」

「千早、馬乗れるっすか?」
「乗った事ないわよ。」
「そっか。じゃ、を出して」
俺は馬に跨ると千早に手を差し伸べる。
「そこに足をかけて、引っ張るっすよ!せーの!」
「きゃぁあ?!」
千早は思ったよりも軽く、無事に乗る事ができた。
「行くっすよ。しっかり捕まってて下さいっス」
馬の腹を蹴り走らせると、千早はぎゅっと俺に捕まる。
「こわ!はや!」
「喋ったら舌噛むっすよ!」

もう日もだいぶ傾いてきた。早くしないと間に合わない。商会に着くと馬を降りて千早の手を引いて中に入る。
「綾木さん、准太さん、連れてこれました。」
はぁはぁと2人で息を整える。

「お帰り。千早嬢もよく来てくれました。お力お借りしますね。」
「おじょーさんこんにちは。付き合わせてごめんなさいね?」
准太さんと綾木さんが営業用の笑顔でにこりと迎えてくれる。キラキラチカチカまぶしい。
「…うわぁ…美男子の色気半端ないわね。あ、よろしくお願いします。」
千早がボソリと言う。女は見惚れるものもんだと思ってたけど。
「千早はこの2人にドキドキしないんスか?」
「高人のが美人よ。」
…なるほど、夜霧を見慣れてる千早には効かないようだ。なんか、他の2人が頷いてる気がしたけど、突っ込まない事にする。

准太さんはもう軍服に着替えており、帽子を被れば軍人にしか見えない。
准太さんは作戦の最終確認をする。
「夕暮れには高人さんは船に乗ると思いますので、成宮くんと千早嬢は港に隠れて待機。船はあそこにある大きな鉄船です。できるだけ高人さんの足止めをして下さい。注目度は高いと思われますので、隙を見て船内に潜り込みます。ただ無理はしないで下さいね。」

「了解ッス。」
「分かったわ。」

「千広くんはその間に漁師と話をつけてきて下さい。あと乗船できる医者を…」
「あ、お医者様のことは呉服屋の人に頼んできたっス!じきにこちらに連れてきてくれると思います。」

「お。成宮!気がきくな!えらいえらい!」
ぐりぐりと綾木さんから頭を撫でられる。嬉しくて顔が綻ぶ。
千早がニヤニヤと見ているがこれも気にしない。
准太さんは心なしか寂しそうに見える。
「お前よくこんな優秀なやつ手放したな。お陰でこっちは助かってるけど。」
「成宮くんの意識だから仕方ない。泣かせたらぶっ潰すからそのつもりで。」
准太さんのにっこり笑顔が怖い。綾木さんの顔が引き攣っている。
「それじゃあ行きましょう。皆さんの幸運を祈ります。」
准太さんは制帽を目深に被るとそう言った。
それぞれが自分の役目に向けて動き出した。


「じゃあ、俺たちはあれ目指すっスよ。」
大きな鉄船を指差す。
「千早、なるべく引き伸ばして欲しいッスけど、いきなり動いたりとか大きな動きはしちゃダメッス。声は大きい方がいいっスけど。」
「分かった。」
警備の目を盗み、積み上げられた木箱の裏に身を潜める。
「ここに居れば夜霧さんと会えるはずッス。」

空が夕暮れに染まる。准太さんも、どこかで見ているはずだ。

すると、一台の馬車が止まった。中から夜霧さんと軍人が出てくる。
「きた…!千早、あまり動かないで、声は大きく。いいっスか?」
千早はコクリと頷くと、すっと物陰から出て数歩前に行くと、大きく息を吸い、港中に聞こえるのではないかという程のよく通る大きな声で叫ぶ。
「高人――!!いくなぁぁぁぁぁぁあ!!!」
一気に注目の的になる。

「千早!?どうしてこんな所に!」
夜霧さんが驚いてる。そうこうしてる内に兵士が鉄砲を構え始める。

千早動かないで…。
発報の指示が出そうになったら千早を連れて隠れないと。いつでも動けるように身構える。

「おやめ下さい!この子は私の妹です!」
夜霧さんが千早を守ってくれた。夜霧さんなら撃たれないだろう。ホッとした。

千早と夜霧さんは何か話していたようだが、急に千早が夜霧さん、の手を引いて走り出す。

千早!?無茶っすよ!やばい…発砲されたら助けられない!
飛び出すか迷っていると軍人の声が響く。
「夜霧!!お前が逃げるならば、国家反逆罪でこの港町ごと罰するぞ!」

「あのオッサン何言ってんだ…正気かよ…っ」

軍人は鏑矢に火をつけると空に向かって打ち上げる。
すると、町の方で悲鳴が聞こえ始める。
火事を知らせる鐘の音が鳴り響く。

そこまでして、夜霧さんを船に乗せたいのか。
夜霧さんは、千早と話した後、船の方へと戻っていった。千早は正面から港を出て行く。
俺は見張りに見つからないように港を出ると、千早と合流した。
「怪我しなくて良かった…!千早無茶しすぎっスよ!」
「ごめん…夢中で…。少しで長くって思ったら…」

ともあれ、あんな大立ち回りをしたのだ、准太さんは潜入できただろう。後は綾木さんの船だ。

「成宮くん!!」
商会の近くまで戻ると康太さんが港の方から走ってくる。
「康太さん!綾木さん行けたっスか!?」
「ああ、船に乗り込みました。医者も乗船したから、あとは動くのを待つだけです。」
「良かったぁ。」
俺がほっとしていると、康太さんが被りを振る。
「俺たちの仕事はここからですよ。」
風上のはずのここにまで木の燃える匂いがする。

「火事を食い止めないと…ここら一帯が全焼してしまう。」
あたりは暗くなり始めたというのに、火事でやけに明るい。

「千早は危ないから商会に。」
「わかった…。」
不服そうだが仕方ない。
康太さんも馬できたのか、商会には2頭が大人しく待っている。
歩きながら康太さんが言う。
「俺は消防手が到着するまでなんとが火を食い止めます。成宮くんは、風下の方に避難と消火の手伝いを呼び掛けてきて下さい。」
「了解っス!」

火の手は商会より陸側で数件見られた。海から吹く風で商会に引火する事は無さそうだが、このまま燃え広がれば、呉服屋は瞬く間に炎に飲み込まれてしまうだろう。 
「怪我しないように気をつけて下さいッスね。」
「そうですね。お互いに。では行きましょう。」
2人同時に馬の腹を蹴ると、一気に走り出した。煙の匂いが強くなる。呉服屋につくと、康太さんは馬を止め、俺だけがその先へ走り抜ける。

風下の火の手が回っていない場所で避難を呼び掛けていく。煙に巻かれる前に避難させないと!

「あちら側はまだ火の手がありません!迂回して風上に避難して下さいっス!!消火を手伝える人は大通りの呉服屋へお願いします!!」

風が炎を巻き上げている。
こんなの…どうやって…。
急に不安が押し寄せる。

火事で燃えている建物の周囲の建物がつぎつぎと壊されて行く。これ以上燃え広がらないように。
ようやく到着した消防手が手押しポンプで周囲の民家に水を吹きかける。何台もの荷車には消火に使うポンプが乗っていた。人力車で運ぶ人、馬車で運ぶ人、鳶職人もいる。大通りが消火作業と避難する人達でごった返す。

俺は避難する人に安全な道を指示し続ける。
「呉服屋の坊主!俺らも手伝うぞ!」
声を掛けられ振り返ると遊郭の若い衆達だ。
「ありがとうございます!えっと、迂回して風上に逃げるよう誘導お願いします!」

若い衆達は手分けして避難誘導に取り掛かってくれた。

「ここはもう大丈夫そうだな。俺達も火消し手伝いに行くっスかね。」
馬に語りかけるように独り言を言う。
この馬は、煙や炎、人々の喧騒にも気を取られずに俺の言う事を聞いてくれる。とても利口だ。
「もう少し頑張ろうな。」
馬の首を撫でて労うと、進行方向を呉服屋に向かせて腹を蹴る。

呉服屋につくと馬を降り辺りを見回した。店はポタポタと雨が降った後かのように濡れている。引火を防ぐための放水されたのだろう。
火事の現場に入っていくと懸命な消火活動が行われていた。
「康太さん!」
俺は康太さんを見つけて近寄る。
煤でそこかしこを黒く汚していた。
「成宮くん!避難のほうは?」
「遊郭の若い衆が来てくれたので任せて来ました。」
「そうか、避難は大丈夫そうだね。」
「俺にできる事、何かありますか?」
「あっちで隣接した宿屋を取り壊してるんだ、あれを壊せば引火は無いだろうから。それを手伝ってきてくれる?」
「了解っス!」
俺は走って取り壊す建物のそばへ駆け寄る。すると隣の火が燃え移った建物から子供の泣き声がした。

「おい!子供が中にいるぞ!!」
「早く助けないと!!」

燃える建物の前で野次馬が叫ぶ。
「すみません!その桶かして!」
野次馬から水入りの桶を奪い取り頭から被ると火の海に飛び込む。

「無茶だ!出てこい!」

脳裏に蘇る幼い頃の映像。火事で取り残された俺を准太さんが助けてくれた。あの人も子供だったのに、俺を連れて逃げてくれたのだ。それが頭をよぎった。

見捨てるなんて無理だ。

袖で顔を覆い泣き声を辿ると、部屋のまだ火が回ってない場所で幼い子供が泣いている。
「大丈夫?一緒にここから出よう。」
優しく笑いかけて抱き寄せると濡れた自分の着物の羽織りを頭から被せる。
「走るからしっかり捕まって」
小さいながら言葉はわかるのか、コクリと頷いてくれた。
子供に濡れた着物を被せて入り口まで走る。
入り口から出ようとした矢先に燃えた梁がバキバキと音を立てて落ちてくる。

熱い。でもここを通らないと外に出れない。
「すみません!受け取って下さいッス!」
野次馬に子供を投げて渡しすと、慌てて掴んでくれた。
「良かった。」

煙が充満し、ゴボゴボと咳が出る。鼻と口を袖で覆い、あちこち崩れ落ちてくるのでフラフラと避ける。
酸欠で意識が朦朧とする。窓ガラスが割れて飛び散り頬を掠めた。
これはちょっと、ヤバいかも?

入り口から水がかけられ、火の勢いが弱まると、外から助けが入った。
「おい!!こっちだ!!」
手を伸ばしてくれる消防手に捕まりフラフラと外に出て足がもつれて濡れた地面に倒れ込む。家が崩れ落ちる音と叫び声とをどこか遠くで聴きながら俺は意識を失った。



目が覚めると、俺は布団の中に居た。
知ってる部屋だ。

あれ…ここ綾木さんの部屋じゃん…。
店の2階にある部屋だ。
「なんでこんなとこで寝てんスかね…」

起き上がるとあちこち包帯だらけだ。

なんだこれ…。そういえば、ズキズキヒリヒリあちこちが痛い。

「なんだっけ…たしか、火が…あ!火事は…」
ヨタヨタと2階の窓から外を見ると、火事の火は消えて焼け落ちた数件の家があるのみだ。

良かった…終わってる。

「はぁ――。」
また布団に戻って横になる。もう誰の部屋かなんてどうでもいいや。寝よう。
すると、階段がギシギシと鳴り誰かが部屋に来た。
「お、物音がすると思ったら起きてるな。」
綾木さんだ。
「お疲れ様っス。皆さん無事っスか?夜霧さんは?」
綾木さんは、布団の隣に座ると俺の髪を撫でてくれる。
「ああ、お前らのお陰で皆んな帰って来れたよ。ありがとう。」
撫でてくれる手が心地いい。
「良かったっス。」
「もう少し寝てろ。後で食事持ってくる。」
なんでこんな優しいんだろ。また何か考え込んでるんじゃないだろうな…。
「綾木さん。俺だったら、貴方を置いてどこか行っちゃったりしないっスよ?」
「馬鹿野郎が。死にかけた奴が何言ってんだ。」
ぺしっと叩かれる。
「いてっ」
「怪我すんなっていってんだろーが。他人助けて自分が犠牲になろうなんてな、残される者にとっちゃ地獄でしかないんだよ。ったく。どいつもこいつも、ほんと心配かけやがる。」

「あはは。すみませんっス。もうしません!大人になるまでにもっと力付けます!だから俺のになってくれませんか?」
准太さんの真似をして言ってみる。すると、ふいっと目を逸らされてしまった。

「そういうのは、大人になってから言え。ガキ。」
「あーまたガキって逃げる〜。」
「うっせぇよ。」
俺が茶化すと綾木さんはめんどくさそうにため息をつく。けれどそれはどこか柔らかくて、俺はすごく幸せなのだ。

―end―


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?