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ラスボスが高人さんで困ってます!6

食事と後片付けを終わらせて土間から上がってくると、高人さんがお風呂から髪を拭きながら出てくる。
「お話、しますか?」
湯上がりの高人さんはツノがキラキラしててとても綺麗だ。竜は光り物が好きだと言うが、俺もそうなのかもしれない。

「ああそうだな。」
高人さんは、食卓の前に座ると俺に座るように促した。俺は言われるままに対面で正座して座る。

なんの話だろか。大人の話だと言っていたけど。昨日の夜の事、ひょっとしてやっぱり怒っていたのかな。だとしたら謝らないと。

「チュン太、お前、俺の事好きなのか?」
「え、はい。大好きです。」
いきなり聞かれてアッサリ答えてしまう。けれど高人さんは表情が変わらない。
脈なしなのか…まぁそれでもこれから少しずつ知ってもらえれば…。
「チュン太のその、好きって気持ちは龍の発情期からくる一時的な気の迷いだ。」
「え?」
 目を丸くする。えっと…何を言われてるのかよく分からない。
「龍は、半年に一回くらいの周期で発情期があるんだ、その時期になると、番を作り愛を語り合う。本当に仲睦まじく永遠の仲なんじゃないかってくらいだ。」

高人さんが何か説明しているのが聞こえるが、俺はあまり聞こえない。

「…でもな、どれだけ仲がよくても、ひと月の発情期が終わると、その愛が無かったかのようにスッと引くんだ。お前も発情期からだろう?その好きって気持ちが増長したのは。」

「身体がおかしくなった日に好きになったわけじゃ…」
「あの夜からじゃないのか?俺を抱きたいなんて思ったの」
「え…っと…信じてもらえませんか…?俺が嫌いなら気に入って貰えるように、俺…っ」
「そういう問題じゃない。その気持ち自体が発情期の一時的な感情なんだよ。」
口を噤む。
これは何を言ってもきっと聞いて貰えない。

「貴方は俺の想いは一時的な作り物だと…」
「そうだ。」
ズクズクと胸が痛む。
見向きもしてもらえない方がまだマシだ。

でも大好きなのだ…厳しい事を言いながらも実は優しいところも、子供達を見つめる優しい瞳も、俺の作った料理を美味しそうに食べている姿も…。ずっと隠れて盗み見ていた。貴方が読んでいる書物を読みたくて文字も必死に勉強した。今だってこんなに貴方を求めている。

高人さんからすれば、全て発情期の気の迷いか。

はっ?なんだよそれ。
俺は項垂れて自重気味に笑う。

諦めきれる?このままこの人の言葉を鵜呑みにして、俺は想いを諦めきれるのか?
答えは、否だ。

俺は顔をあげて、真剣に、真っ直ぐに、高人さんを見据える。

「…分かりました。じゃあ、発情期が終わるまで、俺は高人さんに触れません。終わった後にこの気持ちが残っていたら、信じてくれすか?」

「発情期中に触らないなんて無理だろ。辛さは身に染みているはずだ。お前は必ず俺を抱きに来る。」
高人さんは俺を見据え無理だと言い切る。
俺はすっと目を細める。腹が立って仕方がない。
俺の想いを否定される事が悔しくて堪らない。

「やらなきゃ分からないでしょう。ひと月後、俺が貴方を好きでいれたら信じてくれるんですよね?」
答えが貰えてない。また同じ質問をもう一度聞く。
高人さんは少し考えてから、こくりと頷く。
「…わかった。」
少しの沈黙がとても長く感じる。
「他に何か話す事は…?」
「今日はない。」

今日は…か。こんなのを小出しにされたら堪らないな。ふっと笑う。

この想いは発情期だからじゃない。ひと月耐えれば信じてもらえるなら、そうするまでだ。

「俺、もう寝ますね。おやすみなさい。」
高人さんに触れたくて手を伸ばすが、ぐっと堪。えて立ち上がる

「…我慢できなくなったら来い。どのみち俺とお前しか龍は居ないんだ。」
感情が読み取れない真剣な表情で俺を見つめる。

「……ひどい人だな。行きませんよ。」
哀しくて堪らない。俺はそのまま自室へと移動した。

「はぁ…はぁ…」
1人になり布団に横になると、また押し寄せてくる。理性を飲み込もうとする本能の波だ。

あぁ、まただ…またこの、胸に穴が空いた感覚。
「う…ふっぅ……」
痛い…胸が… 。涙が止まらない。下半身もズクズクと痛む。身体が熱くて喉が渇く。
身体の痛みよりも、心の痛みが堪らなく辛い。

ひと月か…。この苦しみを、高人さんは1人で耐えてきたのか。周期がズレてるのは良かった。この問題を有耶無耶にはしたくないし、この苦しみを埋めてやるのは俺でありたい。

耐えてやる。

月が西に傾いた頃…何度欲望を吐き出しても収まらない昂りを持て余し、眠れずにいる俺の元に人影が入ってくる。
「チュン太…無理するな。」
その声に本能が呼応する。縋るように着物を引く。
「高人さん…高人さん……」
「うん、抱いていいぞ。辛いだろ。」
「はぁ…っ」
頭を撫でられて、高人さんの腕を掴み乱暴に押し倒し、彼の身体を舐めようと顔を寄せた瞬間、ピタリと止まる。

自嘲する。所詮は獣なのか…。

「…ッ…くそっ…」
身体を起こして布団から立ち上がる。
「お、おい、」
後ろから高人さんの声がするがもう振り向けない。

「ちょっと外の風に当たってきます。」
俺は高人さんを残して足早に外に出た。

海に…いこう。少しでもこの熱を冷ましたい。

砂浜に着くと、何のためらいもなく夜の海に身体を浸ける。
「冷たくて気持ちいいな。」
身体が冷えてくると思考もはっきりしてくる。
するとまた、涙がボロボロと流れてきた。

「ほんと大変だなこれ。」

そうして月を眺めて過ごしていると、空を黒い影が横切り、また戻ってきて真上でバサバサと羽ばたいている。

『すまん、俺が悪かった。』
頭に直接響く声は高人さんだ。

じゃああれは…
「高人さん、龍ってより狼ですね。」
翼は闇に溶ける漆黒、胸から腹にかけて柔らかそうな銀の毛皮に包まれ、首から背中、爬虫類を思わせる長い尻尾の先まで銀色の立髪が靡いてる。高人さんの角は色はそのままに大きく伸びていた。顔付きと手足は狼のようだ。

見惚れていると、涙が止まっている。
ああそうか、高人さんが居るからだ。

『海から上がれ、風邪ひくぞ』
「…でも…」
顔を逸らして俯く。すると盛大なため息が聞こえた。
『お前、こんなデカい俺を抱けるのか??』
呆れたような言い方にムッとする。
「俺、高人さんに触らないって言いましたし。」
ふいっとそっぽを向く。俺は自分が思っているよりもさっきの事を根に持っているらしい。
『…ったく…』
苛立たしげな声がしたかと思うと、竜がせまってきて、バクンと頭から肩まで咥えられる。
「ふぐっ!?」
甘噛みされ、何度かハムハムと持ち方を変えるとひょいっと背中に乗せられた。
あ、舌が当たってちょっと気持ちいいかも。なんて思ってる自分がこわい。
口から解放された俺はビショビショのベチョベチョだ。
『しょっぱい。』
「あはは。俺今、塩漬けですし。」
高人さんは空を駆けるように、大陸の方へと飛ぶと、村を飛び越えて山へ向かう。山の麓には夜なのに青く輝く小さな泉があった。

『降りる。』
捕まっていろという事かな。
ふわふわの立髪に捕まると、ぐんッと降下する。

「…た、高人さん!?」
泉にぶつかる!と思い目を閉じるが、高人さんの足が少し水に浸るくらいで翼を広げてホバリングしている。
『ほれ、身体洗ってこい。』
「っ!?」
またガブっと咥えられ泉にドボンッと落とされる。
しかし言うほど深くはなく、少し温かくて気持ちいい。
「ぷはっ!俺の扱い雑じゃないですか…?」
高人さんは岸に降りると狼が伏せるように寝て、俺の様子を眺めている。
思ったより小柄な気がする。全長にして5.6m、背丈が3mくらい?
『ここの泉は邪気を祓うんだ。少しは後ろ向きな考えも治るだろ。』
めんどくさげに寝ながら言う高人さん。
確かに海に浸かっているよりはマシかな。1番効いているのは高人さんの存在だ。性欲も隠せないほどの強さではない。スイッチさえ入らなければ大丈夫だ。

もう、着物も身体も砂だらけだし、全部脱いで洗ってしまおうと濡れて硬くなった帯を解き、全て脱いで裸体になる。湖に潜り髪に付いた塩気を洗い流してザバァッと顔を出し前髪を掻き上げ顔の水気を拭った。

ふと視線が気になり高人さんを見ると、じっと俺の姿を見つめている。
同じ男だし。裸を見られる事にさして抵抗はないが、それでも好きな人なので照れてしまう。
「そんな見られると、穴があいちゃいます。」
『…すまん。』
ふいっと顔を逸らし寝そべる。高人さんも疲れているのだろう。

洗った着物を水中で引きずり手近な石の上に絞って置く。

『もう上がるか?』
高人さんが聞いてくる。
「そうですね。着物も身体も乾かさないと。」
『乾かすのは得意だぞ。』
高人さんは尻尾をパタンと動かすと、さぁっと風が吹き始め、つむじ風のように1箇所に集まる。つむじ風と違うのは、その風が球体になって吹き荒れてるとこるひだ。
『その中に濡れたもの入れてみろ。』
言われて中に着物を入れると、球体の中で飛ばされてバタバタとはためきはじめた。
「よく吹き飛びませんね。」
『風が外に向かないようにコントロールしてる。』
「へぇ…竜って凄いですね。」
『…乾いたぞ。』
「早くないですか?」
『ふふん。』
風が消えて乾いた着物がヒラリと舞うのでパシッと受け取る。気付けば俺の身体も乾いていた。
高人さんは得意げだ。ああ、やっぱり好きだ。

着ていたものをまた元通り身につける。

『チュン太、もっかい、話をしよう。』
「はい。」
俺は柔らかい草原に座る。
『その、…お前の気持ち、なんも考えずに色々言ったりして悪かった。』
「いえ、高人さんは現実問題を俺に教えてくれたんでしょう?俺こそ、冷静に聴けなくてすみませんでした。」

少しの沈黙の後、俺が話を切り出す。
「正直、高人さんの言うような事に実際なったとしたら、俺は高人さんを傷つけてしまうでしょう?それは嫌です。だから、やっぱり待っていて欲しいです。ひと月後まで。ひと月後、正式に告白したい。」

高人さんはジッと話を聞いていたが、俺が話終わると口を開いた。

『ひと月後まで待つのは構わないんだが、1人で居る必要無いだろう?お前は俺の隣に居さえすれば落ち着いてくるんだから。だから、俺の隣に居る時…たとえば寝る時の決まり事を作らないか?』

「決まり事ですか?」
決まり事、一緒にいれる事は願ってもない事だ。そのためのルールならどんなに厳しくても守りたい。

『俺から約束して欲しい事は、キスや舐めるまでOKだがそれ以上は禁止。好きとか愛してるとかは言わない。お前は言霊を使わない。理性が崩れそうになったらすぐ言う事。』

ギョッとする。優しすぎやしませんか。
「理性が崩れそうになったら、高人さんの言霊で引き上げてくれますか?」
『そのつもり。』
なら安心だ。
「じゃあ、俺から一つだけいいですか?」
『なんだ?』

「俺の様子がいつもと違うなって思ったら、俺からの申告なんて待たなくていいので全力で止めて下さい。」

高人さんはキョトンとしている。そんな顔も可愛くて笑った。
『?…わかった。』

「このひと月が終わったら、俺の事考えて貰えますか?」
高人さんをまっすぐに見つめる。
『お前が今のまま俺に好意を持っていたらな。』
「もってますよ。」
おれは高人さんに近づくと、額を撫でてキスをする。
「俺の事、考えてくれて嬉しいです。がんばりますね。」
幸せそうに笑う。
『…お前はもう寝ろ。今なら寝れるだろ。』
高人さんは閉じた翼を少し上げて中に入れと促してくる。
「なんか俺、至れり尽くせりでこわいです。」
『そのまま怖がってた方が可愛げがあっていいぞ?』
2人で笑いながら、俺は高人さんの翼の下に潜り込みモフモフの銀の毛皮を枕に眠った。

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