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遊郭で高人さんを見つけました。番外編4

今日は綾木さんからお休みをもらった。
そんなわけで東谷邸にやってきている。一連の報告をするためだ。
朝早く裏木戸からコッソリ入る。結構早く来てしまったけど、准太さん起きてるかな…。そーっと戸を閉めていると背後から声がした。
「成宮くん、おはよう?」
「わひゃあ!?」
びくうっと身体が跳ねる。変な声が出てしまった。
「准太さんっ!?気配消して近付くのやめて下さいっ」
「ん?別に消してないけど?」
きょとんと可愛らしく言ってもダメだから!

准太さんが牙抜かれた狼みたいになってて目を疑う。あの身の毛が逆立つような威圧感が無い。夜霧さんが近くに居るから?こんな…犬みたいになってるのか…?この静かさが逆に怖い。

「ゆ…遊郭の誘拐事件が片付いたので、報告に来ました。こちらが報告書です。」
「へぇ、君1人じゃないよね…」
パラっと報告書を読み始める。
「はい。綾木の呉服屋の諜報員とです。どうやら、俺の事はもう…バレているようで…」
敵の諜報員と仲良く捜索してました。なんて、俺の正体がバレてないならまだしも、バレた状態で仲良くしてるのは准太さんへの裏切り行為だ。

「夜霧様と千早さんを探すよう仰せつかったため、綾木側の諜報員と協力して首謀者を探しました。途中准太さんからの伝書も受け取ったので、そのまま潜入して被害者の生存確認を…」
目が泳ぐ。どこまで言っていいのか分からない。この瞬間俺は、准太さんも、綾木さんも裏切っている。苦しくて仕方ない。

こんなんじゃ駄目だ。ちゃんと筋を通さないと。

「准太さん!」
「うん?」

「俺、東屋を辞めたいです。」
「成宮くん。」
「は、はいっ」
准太さんは俺の緊張しきった返事に驚いたように目を丸くして、そして優しく笑うと俺の頭をポンポンと撫でる。
「いいよ。大丈夫。綾木くんの所に行きたいでしょ?」
「…っえ」
「知ってるよ。綾木くんのために動いてた事。俺にバレないように最小限に動いてたみたいだけど。」
やっぱり全部バレてた。

「えっと…綾木さんと、准太さんは協力すればとても良い関係になるのではないかと…思ったんです…。だから、貴方に綾木さんを潰されたくなくて、勝手な真似を…」
准太さんは何も言わずに聞いてくれている。
「でも今は、純粋にあの人の側に居たいと思っています。」
「へぇ。成宮くん、千広くんが好きなの?」
目を丸くして准太さんが聞いてくる。
「へ?いや、そういうわけじゃないっス!ただ凄い人だなって…准太さんとはまた違った凄さがあると言うか。付いて行きたいなって思いました。」
准太さんはにこにこと笑う。
「好きって思ったんなら付いていってみたら?」
「す、すきなんて、そんなんじゃ!」
そりゃ、撫でられた手が気持ちよかったとか、この人は絶対護りたいとか色々思う事はある。あるけどそれは忠誠心からだ…から…だよな?

「そう?成宮くんの頑張り次第で俺は敵が減るからね。俺は応援するよ?。それに、成宮くんが俺と千広くんを繋げるパイプ役になってくれたらいいじゃない。」
ふふっとイタズラっぽい笑みを浮かべる准太さん。
あはは…またこの人は…。でもパイプ役か。それは願ってもない事だ。

「まぁ、そういう訳だから、キミはクビ。あ、でも臨時で仕事は頼むかもしれないから、鳥笛は持っててね。キミのご主人に隠し事はしなくていいからね。」
綾木に知られてまずい事は俺には回って来ないという事だ。それでいい。コクリと頷く。
「准太さん、今までお世話になりました。」
深々と一礼する。
「こちらこそありがとう。成宮くんの仕事ぶりは素晴らしかったよ。捨てられたら戻っておいで。」

なでなでと頭を撫でられる。この手も温かいのにドキドキはしない。何が違うのかさっぱり分からない。
「では、俺行きます!」
「うん。報告書ありがとうね。」
准太さんはにこりと笑って見送ってくれた。

呉服屋に戻ると、綾木さんが何故か表の掃き掃除をしている。
「あ!何やってんですか!俺の仕事っすよ!」
「お、帰ってきたか。」
走って近寄ると、どこかホッとしたように頭を撫でられる。心地いい。この手は特別だなと思う。
「あ!掃き掃除は俺がするんで、綾木さんは自分の仕事してください?」
道具を奪い取り掃除を始めると、綾木が話しかけてきた。
「大丈夫だったか?」
「何がっスか?」
きょとん。としていると、安心したような、呆れたような顔で笑う。
「いや、朝っぱらからどっか出かけてったから、どーしたのかと思っただけだよ。朝飯まだだろ?片付かねーから早く行けよ〜?」
カラカラと下駄を鳴らしながら店に入っていく。
「はーい。」
いつ、話そうかな。ちゃんと話さないといけない。もう知ってるだろうけど。俺が綾木さんの本当の意味での駒になるために。


次の日、朝礼中に綾木から知らせがあった。
「明日、花房で政治家と海外の軍人の宴会がある。ウチ自体は関係ないんだが、裏番は花房の若い衆と連携して遊郭地区の警備に行ってくれ。」
裏番の人達が、おのおの返事をする。

「成宮、お前も行け。花房の内側の警備だ。いいか?」
内側ってことは、花房ではなく、夜霧さんの警護って事でしょ?承りました。
「了解っス」
俺はにこりと笑って返事をした。

明日は大変だろうな。朝礼が終わると、綾木は執務室に入っていく。
綾木は今日も元気が無い。もうずっとだ。むしろ悪くなってる気さえする。この人はずっと1人で考えているのだろうか。こんなに沢山の仲間が居るのに。
俺は意を決して、執務室に入る。そしてコッソリと鍵を掛けた。

「あーやーぎーさん!何してんスか?」
いつもの調子で近づく。
「ん?ああ、いや、考え事。」
また考え事?何をそんなに考えてんの?。ここ数日忙しく動き回って身体だって疲れているはずなのに。暗い顔をして悩みが絶えない。

「夜霧さんの事っスか?」
「あ?」
イラっとした顔で睨まれる。あたりだった?

綾木さんは、あれだけ夜霧さんのために奔走したのに、無事な姿をまだ見れていない。
「夜霧さんの安否、気になるんでしょ?見てくればいいじゃねっスか。お見舞いなんて普通でしょ?」
何で行かないの?と首を傾げる。

「ったく。ガキが要らん気を回すんじゃねーよ。ガキらしくしとけよ。」
苛立たしげに舌打ちされる。またガキって言葉で本音から逃げていく。この人はいつもだ。

「俺の事、ガキガキって言うっスけど、大人なら堂々と会いに行けばいいじゃねっスか。准太さんに取られて、夜霧さんに拒否られんのが怖いの?好きなもん取られてイジケてる方がよっぽどガキみたいっスよ?」
わざと焚き付けてやると、面白いくらい乗ってくる。
「てめぇに何が分かんだよ。」
机を乗り越えて胸ぐらを掴まれて、ドンッ!と壁に押し付けられる。
背中を打ち付けて肺の空気が一気に抜ける。
「はっ…なん…スか?図星突かれて怒っちゃいましたか?ガキっすか…?」
小馬鹿にしたように意地悪く笑ってやると、綾木の目の色が変わる。
「この…っ」
背中が痛い…ぐっと襟が絞められる。負けるか。
「大切なんでしょ?だったら奪い返せばいいじゃないっすか!誰にも渡したくないから今まで守って来たんじゃねぇのかよ!好きなもん、一つ守れないで、取り返せないで…なにが大人だよ!!!」
怒鳴るなんて今までした事なかった。いつも笑ってやり過ごしてたから。でも、この人の本音が聴きたい。だから、正面からアンタの心を覗いてやる。
「なんとか言えよ!綾木さん!!」
綾木さんの腕が緩んでいく。俺を睨んでいた視線は下を向く。

「自由に出来るもんなんて、1つもねぇよ。…夜霧は…もう東谷を見てる。あんな幸せそうな顔見たら何にも言えねぇだろ。泣かせたい訳じゃない。俺が幸せになりたい訳じゃない。夜霧を幸せにしたいんだよ。その役目が俺じゃなく東谷だったってだけだ。欲望をそのまま押し付けるのは…それこそガキのやる事だろうが。分かってるんだよ。…分かってる!!分かってるんだ!!くそ…っなんでこんな事…っ…お前に言ってんだよ。」

「なんだ、言えるじゃないっスか。本音。」
綾木が、ばっと顔を上げると、イタズラっぽくニシシと笑う俺の目と合って、ハッとしている。
「…てめぇ…っ今の芝居かっ」
涙目で恨めしそうに綾木さんが睨んでくる。
「だぁって綾木さんすーぐ逃げるんですもん。」

頼りなくうるうるしてる瞳が可愛いとか、あー、こういう時に、抱き締めたりするのかな?とか、色々思う所はあったけど、今はひとまず心に秘めておこう。

「綾木さんが何を思ってるのか知りたくて。綾木さん優しいっすね。自分より他人ばっかり。んで自分の事は遠慮して隠しちゃうんだもん。そんなんじゃ身が持たないっスよ?」
「知ったような口聞いてんなよ。ガキのくせに。」
「ほらまたガキって言って逃げるでしょ。」

ボスっと長椅子に座る綾木さんは疲れたよう背もたれに寄りかかり、大きくため息を吐く。そんな綾木さんの後ろに回ってわしゃわしゃと髪を撫でてやった。
「そんな、他人ばっかり優先してる綾木さんの事は、誰が幸せにするんでしょーね。」
「…知るかよ」
寂しそうな声。俺がずっと側に居るのになぁ。

「綾木さん、俺、東屋の諜報員辞めてきました。」

「は?!なんで!」
がばっと起き上がると驚いたようにこちらを向いて声を上げる。あ、やっぱ俺が東屋の密偵だって知ってた。

「綾木さんに本当の意味で仕えたかったんス。だから俺はもう綾木さんのものっスよ。あるじゃないですか。ここに!自由にできるもの!綾木さんに全部あげます。俺のこと!」
自分の胸をポンポンと叩いて嬉しそうに笑う俺に綾木は頭を抱える。
「お前なぁ…。ほんと言い方に気を付けろよ」
「言い方?」
きょとんとする俺に、綾木はため息をついた。

「あ、准太さんに、綾木さんと仲良くしてくださいって言ったら俺がパイプ役になればいいって言ってくれたっスよ!だから俺が橋渡ししますね。」
俺がふふんと笑うと、あからさまに綾木が嫌な顔をする。
「余計なお世話だな。」
綾木さんがとても嫌そうだ。
だけど、絶対有益だと思うんだけどなぁ。

ああ、そうか、この考え方が、もう准太さんなんだな。ほんと俺は良くも悪くもあの人に似たのかもしれない。

「さっきの、誰が綾木さんを幸せにするかって話なんスけど。」
「あ?」
「決めたっス!あと3年待っててくれたら、俺が綾木さんを幸せにします。」
「はぁ?できもしねぇ約束すんじゃねぇよ。」
また背もたれに身を投げ出す。
「ひどい!本気なのに!!」
「そういうのは3年後に言えよ。そしたら聞いてやる。」
「わーい!絶対っスよ?」
嬉しくてニコニコ笑ってしまう。それを見て、困ったように笑う綾木に、俺はまた嬉しくて笑った。少し疲れた顔だけど、顔色は少し良くなったかな。
「もー大丈夫だから、仕事してこい。胸ぐらを掴んで悪かった。背中、大丈夫か?」

あー、こういう所、好きだな。

「あはは。一晩中殴る蹴るされても生きてるスよ?こんくらい何ともないっス。」
ふふっと笑いながら鍵を開けて部屋を出ると、表番と裏番の人達が執務室の前に集まってた。
「大きな声が聞こえたけど、大丈夫だった?」
トキさんが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫っスよ!綾木さん、失恋してずっと落ち込んでたんスよ。なんで話聞いてたんス」

「わぁあぁぁ!!何言ってんだクソガキがぁぁ!!」
バァンと扉が開き、顔を真っ赤にして執務室から出てくる綾木に、店の人達は安心したようにみんなで笑っていた。

その夜は綾木を囲んで慰め会などという酒盛りがあったそうだが、17歳の俺は参加できず、しっかり就寝時間に眠ったのだった。

――――――――

一晩明けて、今日は昼過ぎから花房に来ている。
裏番の人達と楼主に挨拶すると、それぞれの持ち場を見て回った。

俺は見世の内側を担当する。
一階の構造を見て回っていると、表に東屋の馬車がある。来ているのは准太さんだ。
穏やかな顔。綾木さんはちょっと可哀想だけど、俺は准太さんも幸せでいて欲しいからこのまま上手くいって欲しいなと思う。その上で、綾木さんと准太さんには仲良くして欲しいなんて、虫が良すぎるだろうか。

まぁ、それでもそれが一番の理想なら、どうやってでも実現させたい。

スタスタと歩く。宴会会場に、渡り廊下、1番奥の厠、中庭を横切って厨房に入る。

厨房は今夜の仕込みで目が回る忙しさのようだ。
「今日一日花房手伝いにきましたー!呉服屋の成宮っス!基本見回りしてますが、何でも手伝うんで言ってくださいっス!」

「おー。呉服屋の!今日は猫の手も借りてぇから嬉しいよ!たまに顔出してくれー!」
頼んだぞー!と言われて、にっこり元気に返事をした。

部屋の名前と位置も覚えたし、後は何してようかな。
厨房手伝ってる?

「あー!涼ちゃん!」
後ろから元気な女の子の声。
「あ、千早。あれから変わりない?」
「ないない!むしろあんたよ。ボコボコにされてたじゃない。」
千早は、俺達が帰ってくるまで呉服屋で待っていたらしい。俺は帰り道気を失っていて気付かないままだったけど。
「あはは。顔は守ってたし、受け身は取ってたし。ほら!ピンピンしてるっスよ!」
にかっと笑う。
「涼ちゃんさ、たまに手伝いに来なさいよ。めちゃめちゃ女装似合うじゃん。」
「へ?いやいや!無理ッスよ!?」
「えー?いいじゃん。作法は教えるよ?」
ずいずい迫ってくる千早にタジタジで目を泳がせて断る理由を探す。
「おじょーさん、コイツは忙しいんで遊女の真似事する暇はありませんよ〜。」
グイッと襟首を引かれて後ろを振り返ると、にこにこと商売用の顔した綾木さんが居た。
「綾木さん!?なんで居るんスか?」
「なんだよ。お前が言ったんだろ?見舞いくらい当たり前って。」
襟首を離されたので着物を正す。
「ったく、何もこんな忙しい時じゃなくてもいいじゃないです?」
「忙しいからいいんだろ。適当に元気なの確認できりゃいいし。」
この人はほんと、どこまでも自分の事より他人の事だな。

さっき准太さんが居た事は黙っておこうかな。

「んじゃ、俺は帰るから。後頼んだぞー。」
ヒラヒラと手を降りながら綾木は行ってしまう。

「ねぇ、綾木の旦那さんちょっと雰囲気柔らかくなった?」
千早が綾木の後ろ姿を見ながら言う。
「そっすか?」
俺はキョトンとして千早を見る。まぁ、少し前向きに考えるようにはなったみたいだ。良かったな。
綾木が歩いて行った方を見ると、もう姿は見えなかった。
「なんでもいいっスよ。あの人が元気なら。」
「ふーん。」
千早が俺の目をじ――っと見ている。
「な、なんすか?」
「いーえ?なぁんでも。あー面白い!今後に期待ね。」
千早は、あははぁ〜っと笑いながら行ってしまった。

…なんだったんだ。

まぁいい。夜まで暇だし、俺は厨房の手伝いに入る事にした。

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