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ラスボスが高人さんで困ってます。4

「はっ…っ…ぅっくっ」
わんこの部屋から、微かに声が漏れている、
「わんこ?なんか苦しそうな声が…」
わんこの部屋を開けた瞬間、むせ返るほどの竜族の雄の匂いだ。
「…っ…」
着物の裾で鼻を抑える。誘発されそうだ。

わんこは布団で丸くなり涙を流しながら虚な瞳で自慰に勤しんでいる。

竜の発情期の症状。胸に穴でも空いたよ寂しさに涙を流しながら、身体は勝手に昂っていく。

最初は寝込むんだよな…。

「…高人さん?…夢…?」
涙に濡れた虚なエメラルドの瞳は、瞳孔が縦に伸びている。
「わんこ…お前…」
こいつ龍…なのか。発情期の雄の匂いをべっとりと塗り付けられるて、精神がザワつく。

これはヤバい。逃げようと踵を返そうとした瞬間、布団に押し倒された。
「おねがい、名前がいいです…わんこは嫌だ。」

名前、呼んだことなかったな。最初に呼びそこねて以来気、恥ずかしくて呼べずにいた。
雄の匂いに包まれて身体の力が抜けていく。

俺も雄個体なのだが、龍族最後の一頭だったので性的な交わりは経験がない。
受胎も出生率も低い龍族は、個体数が減ると雄でも孕めるようになる。そういった個体は雌の香りがするらしい。
昼間、わんこが言ってた甘い香りとは発情を誘発させる香りだったのかと愕然とする。

ショックを受けていると首筋をベロリと舐められ首筋に口付けられる。痺れるような甘い快感に身体本能を刺激した。
だめだ…今流されたら。こいつは、自分が何者かも、何に惑わされているかも分かっていない。
「ちょ!おい、目を覚ませっ…あっ」
絡まる指先の甘い痺れに身体が反応する。身体に力が入らず、されるがままとろんと意識が溶けていく。
「名前…高人さん…よんでほしい…。」
「んっぁっまて…まって…っ」
首筋を舐められるたびに、ビクビクと身体が跳ねる。理性が意識の下にゆっくりと沈んでゆく。


だめだ!気をしっかり持て!俺まで流されたら大変な事になる!

「おねがい高人さん。わんこだと寂しいんです…」
俺を見つめる切なげな瞳がウルウルと揺れている。発情期の感情の揺れに呑まれていた。
「ぁっ…んっわ、わかったから、舐めるなっ」
今度は耳を舐められ、ふうっと息がかかる。

「"准太って呼んで…"」

キィィイン…と脳が警告してくる。支配される!
はくっ…と息の仕方が分からなくなる。

……言いたい。言わないと。そんな思いが心をじわじわと支配していく。

「ぁっ…っお前…やっぱり……」

龍族だ…。とんでもない…こんな近くで魔力の籠った言葉を使ってくる。一節だけの単純な言霊は普通なら何の力も持たない。詩や歌で言霊を束にしてやっと効果が出るものだ。こんなの竜族以外の何だというのだ。必死に呼吸を整える。

こいつは相変わらず耳や首に顔を埋めて擦り寄っては舐めている。
俺がこんなヒヨッコに負けてたまるか…。
だが強過ぎて逆らえない。だから少しだけ言葉を変える。
「チュン太!ちゅんた!言ったぞ!もう舐めるなぁ!」
彼の望みを叶えて、次は自分の魔力を言葉に織り込む。
お前の中途半端な言霊とは訳が違うぞ。
すぅっと息を吸い叫んだ。

「"目を覚ませ!"」

ピタリと、チュン太が止まる。俺を押さえ付けていた身体を離して、驚いたように俺を見つめる。

無理矢理犯さなかっただけ大したもんだ。
言うなれば、狼が死ぬほど空腹で目の前に肉があるのに舐めてるだけ。という状態だったのだ。
よく我慢した。

「え…っと…ごめんなさい。」
目を真っ赤に腫らし申し訳なさそうにしていたが、瞳は元に戻り光が戻っていた。
ホッとする。
俺は身体を起こして着物を整えて正座した。

「チュン太、そこに座れ。」
「……ハイ。」
チュン太も言われるでもなく正座だ。
狼の耳が垂れて怒られるのを待っているのを見ると可愛い。

「お前、龍族の血縁者が居るんじゃないか?」
俺が聞くと、チュン太はきょとんと俺を見る。
なんで?という風だ。

色々聞いていくうちに出てきたのがお祖母様の名前だった。
竜は長寿だ、まだ若い俺でさえ250歳、年長者で1000歳を超える者などザラにいた。しかしここ数百年で竜は絶滅の危機に瀕している。その理由が世界の均衡を図るための魔王と勇者の制度だ。人間から勇者を立ててそいつを中心に魔王討伐を目標とし世界の意思をまとめ上げたのだ。それから約500年、人間達は同種と争いをする事なく、世界の均衡を保っている。この制度に反対し、里から離れた者もいたという。
ヤチヨさんが竜族ならば、チュン太にもその血は受け継がれているはずだ。一度話を聞いてみたいと思った。

その前に、コイツの教育が先だが…。
魔力も、霊力も知らない。言霊すら知らないのに、無意識で使っている。おそらく本能がそうさせるのだろう。人間には大きすぎる力だ。

すでに言霊の使い方と危うさは理解している様だった。
飲み込みも早い。応用力もある。ならば基礎さえ詰めれば何とかなるだろう。

さて、どうするか…。俺は学舎の授業もあるし、あまりずっとは見てやれない。
「あ、明日から子供達の授業にお前も加われ。」
「へ?」
「その方が手っ取り早い。子供達の相手も頼むな。これで俺は教材作ったり採点する時間が取れるし、お前はこの里に馴染めるし必要な知識も手に入る。いい事尽くしだな!決まりだ!」
まぁちょっと大きなお友達が増える感じになるが、生徒兼世話係とすれば申し分ない提案だ。
素っ頓狂な声を出しているが、まぁチュン太なら卒なくこなすだろう。

そうとなれば、早く寝てしまおう。

俺が立ち上がり部屋に帰ろうとすると、チュン太がふにゃっと耳を垂らす。
「高人さん、帰っちゃうんですか?」
ああそうか…今は暗示で正気に戻しているが、1人になれば解けてしまうだろう。
いきなり強烈な喪失感に見舞われたんだ、かなり堪えたに違いない。
それにこの惨状じゃ寝れないか。
「お前の布団ぐちゃぐちゃだな。俺の部屋で一緒に寝るか」
そう言うと、チュン太は嬉しそうに俺に抱きついてくる。
「1人で寝れそうもなくて…嬉しいです!」
ふわりと落ち着く匂いがする。昨日までは気付かなかった匂いだ。擦り寄りたくなる。しかしこれに流されて良い事は無い。チュン太も同じ理由で離れがたいのだろうが、これは動物的な生理現象であり恋や愛とは異なる。時期が過ぎれば気持ちは離れるのだ。
「その辺の説明も今度してやる。とりあえず今日は寝るだけだぞ?」
「はい。高人さんの嫌がる事はしません!」ぱっと手を上に上げて誓いを立てる。

これについても話さなければならない。一次の感情に流されてはいけない。

共に布団に入るが、俺はチュン太に背を向ける。
するとチュン太は後ろから包むように抱き寄せてきた。

この安心感はなんだろう。
泣きたくなるほどに安心する。いままで1人で居たからだろうか…これも発情期の副産物なのか…。

それとも……。

いや、考えるのはよそう。
まずは、チュン太に色々教えなくては。
俺自体が発情期に引き込まれなくて本当に良かった。

「おやすみなさい。」
耳触りの良い心地よい声。乾いてひび割れた心に水が染み込んでいくような感覚。
「おやすみ。」
一言返すと、チュン太は満足したのか眠りについたようだった。
顔を見られなくて良かった。心に染み込んだ水は、溢れて涙となって流れていたから。
嬉しかった。また龍と出会えた…。ひとりぼっちじゃなかった。

例え、獣の性がそうさせているのだとしても、今だけはこの温もりを素直に受け入れる。

明日、チュン太に説明しなければ。この気持ちの正体を…。

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