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夜空に輝く一等星 #リライト金曜トワイライト

自分の可能性を信じること。俺は彼女を見ていて、そう思わない日がなかった。同時に、”いつの日か添い遂げるであろう”未来をスコープすることさえ容易だった。そう、すべては、彼女がいたから。

「聞いて。企画が通ったの!」

人の裂け目にならぶ屋台をかいくぐりながら、彼女は興奮気味にそう言った。
赤く色づいた頬は、まるでふんわり焼きあがったマシュマロのように丸く膨らんでいた。そんな表情豊かな彼女の姿を見てほっこりしたのも束の間、俺のテンションがみるみるうちに死んでしまった。さすがにこのタイミングで彼女の功績を乏しめるのはいかがなものかと思い、きわめて明るい表情をつくりながら話を続けた。

「良かったですね。夜遅くまでがんばってましたもんね」
「ありがとう!嬉しくって、野原をかけまわりたい気分だよ」

これあげる、と手渡されたのは、彼女が初めて担当した新譜のノベルティの飴だった。彼女は俺の2つ上の先輩で、やり手の女性音楽プロデューサーだ。担当したCDは瞬く間にミリオンセラーへと駆け上がり、当時は期待の大型新人とはやし立てられていた。たしかに彼女が生み出す曲譜はどれも耳ざわりがよく、誰もが口をそろえて「いい曲だ」とトリコになる。彼女の活躍をずっと隣で見てきた俺は、誇りに思う反面、自信をなくしていた。立場とか、将来性とか、そんなちっぽけな見栄のために、彼女を縛りたくはない。ましてや、仕事と俺、どっちが大事?なんて口が裂けてもいえない。

あなたに、いちばんに伝えられてよかった。
彼女が俺にとびきりの笑顔をむけるたび、針が心臓に刺さった気分になる。それはすでに飲み込んだあとかもしれないし、毒バチに侵入されたあとかもしれない。後者ならば、解毒剤がない限り俺はあと数時間後にポックリ逝くだろう。

今日は年に一度の夏祭り。いつもだったら匂いにつられて買いに走った焼きそばも、いま食べたら盛大に戻してしまうのではないか。そんなドロドロした想いがあふれてとまらない。四十のオッサンみたいに、胃袋から腸へ通過する脂がつっかえて、最終的に内臓脂肪へ……なんて考えは杞憂に終わるとわかっていても、やめられないし、とまらない。ぜんぶ歳のせいだと紐づけたほうがよっぽど精神的に楽だ。

俺の乱れまくっている情緒とは裏腹に、今日の彼女はとびきり可愛いかった。仕事のときはいつも髪をおろしているからか、いつもと印象が違う。指を絡ませながら、「可愛いですね」と言ったら、「まあね」と得意げに歯をみせた。あぁ、可愛い。

企画が通ったお祝いに、ラムネを買って乾杯した。しゅわしゅわと飛び散る炭酸が、まるで今の彼女を体現しているかのようだった。爆竹みたいにはじけては火花を散らし、まるで”これ以上近づかせない”と言わんばかりに大きな音を立ててけん制する。遠くに打ちあがった花火よりも、俺は隣にいる彼女が気になって仕方がない。

一通り屋台を眺めたあと、ずっとやりたがってた金魚すくいを終えた彼女がぽそりとつぶやいた。

「お腹すいちゃったね」
「焼きそばでも食べます?」
「んー、久しぶりにあなたの料理が食べたいな」
「はいはい」

口ではそう言ったものの、なんとなく嫌な予感がして、彼女の手をきつく握りながら帰路についた。

一人暮らし用の冷蔵庫には、キンキンに冷えた日本酒、れんこん、冷凍してあったひき肉があった。残り少ない油をフライパンに入れて、じゅわじゅわと揚げていく。味付けはシンプルに塩と、カレー粉を少し混ぜたものを。こじゃれた皿に料理を盛り付け、彼女がいるテーブルへと運んだ。夜風にあたる彼女の横顔をみて、「やっぱり好きだな」と思った。

「できましたよ。あったかいうちに食べましょう」
「ありがとう、乾杯しよっか」
「そうですね、今日も一日お疲れさまでした」

この一杯のために、生きてる。なんてお決まりの言葉をかけ合い、さんざん使い古した思考とからだを放棄する。
仕事漬けの、ささやかなご褒美タイム。社外プレゼンが終わり、珍しく早上がりだからと彼女に誘われて行った夏祭りは、人混みが苦手な俺にとっては地獄そのものだった。しかし、こうして彼女と楽しいひと時を過ごせるのなら、それもまた一興というもの。今夜のアルコールは格別だ。

ほろよい気味で話す彼女の頬は、またもやふんわり焼きあがったマシュマロみたいで、ひどく美味しそうにみえた。彼女の頬にそっと手を添え、ゆっくりと顔を近づける。はやく食べてしまわないと、小さくしぼんで、溶けてしまいそうで。

「あ、終わったみたいだよ」

見てもいない映画のエンドロールを告げられ、わかりやすく肩を落とした。

「ほんと、あんたって空気読めないですよね」
「アハハ」

無邪気に笑う彼女が可愛くて、もう一度頬を優しくなでた。

「やっぱ、仕事ばっかしてちゃダメですね。すぐそばに、こんな幸福が落ちているのに、気づけないなんてもったいないっていうか」

さっきまで笑っていた彼女の表情に、少し陰りがでたのを俺は見逃さなかった。私は仕事が好きだから、いまも幸せだけどな。そう言いながら、彼女は俺の首に手を回し、ちゅ、と頬に口づけた。強く抱きしめると、なにか青くてキラキラしたものが、彼女から発せられていた。

カーテンを開けると、そこには綺麗な星空が広がっていた。無数の星々が、キラキラと、いまにも爆発しそうな勢いで光り輝いている。きっと彼女は、ああなりたいんだろう。誰かの特別になんてならない、大きな輝きを放つ、一等星に。

「紙飛行機、つくってよ。とびきり大きいやつ」

彼女はふわふわと、いつもの調子で笑っていた。律儀に紙飛行機なんか作ったから、俺の元から離れていったのだろうか。チケットなら、あんたにふさわしい特等席を用意したのに。いまどき、「俺のところに永久就職しませんか」なんて時代遅れなプロポーズは、ナンセンスだったのかもしれないと空を仰ぐ。

ふたりでよく一緒に登った丘に向かった。てっぺんからは、夕陽に照らされた海がキラキラと揺らめいている。彼女から届いた手紙には、「お元気ですか?私は元気です。」と定型文のような文章が綴られていた。

大事な話があるの、と切り出されたときには抵抗する気も起きなかった。彼女はさみしそうなお面をかぶりながら、それでいて希望に満ちあふれた瞳をしていた。

「N.Yに行くことになった」

甲斐性のない俺は、背中を押すことしかできなくて、一言「わかりました」とだけ伝えた。それが彼女と交わした最後の言葉だった。

茜色に染まった夕陽は、あの頃と変わらない美しさで、どうしようもない。
ぼろぼろ零れる塩水を腕で拭きとり、くしゃくしゃにした紙飛行機を海へ放った。それは、どこまでも続く平行線のように、まっすぐ飛んでいった。

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#リライト金曜トワイライト
こちらの企画に参加させていただきました。

あとがき

人様の小説をリライトする、という恐れ多くもあり新しい企画に惹かれ、滑り込みで参加させていただきました。(本当にギリギリ)
リライトというより、ほぼオマージュに近い作品になってしまったので、私の趣味をつめこんだ内容になっています。申し訳ないです…!

今回のポイントは、ずばり”出世欲の強い彼女と結婚するには?”です。
「大好きな彼と結婚したいけど、仕事の邪魔はしたくない…」そんな女性の悩みを男性に置き換えた作品になります。私が単に女性にラブコールしている男性をみるのが好きなだけです。(ネタバレ)

素敵な企画に参加できて幸せでした。
ありがとうございました!

読んでいただき、いつもありがとうございます。とても嬉しいです!