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1リットルのインスタントラーメン。

500ml必要な水を、1000ml注いでしまった。鍋でインスタントラーメンを作ろうとした矢先だった。

どんぶりに入ったスープはダム決壊のごとくあふれ、みるみるうちに流し台を汚していった。


「キャベツ入れすぎたんかな」

『馬鹿やな、コンロちゃんは』

話の本質をうまく見抜けない私に、夫の捨てゼリフが頭のなかで反芻する。失礼極まりない。

しかし今回の話は、馬鹿やな、とかで済む話ではない。

丹精込めて茹でたインスタントラーメン(野菜入り)が、目の前で台無しになろうとしている。焦らないほうが、馬鹿のやることだ。


どんぶりからこぼれるスープを眺めながら、菜箸で麺をすくった。スープの量はさほど変わらない。なぜなら、1000mlの水とキャベツの水分が含まれているからだ。

まな板の上で鎮座しているどんぶりを、テーブルまで運ぶ勇気はなかった。熱いし、スープでべとべとだし、なにより重い。重いんだよ。一食で飲み干す水分量ではないんだ、1000mlってやつは。

麺のこぼれ具合からして、テーブルに運ぶのは無理だと判断した。いちばんの最適解はおそらく、どんぶりを動かさずに、すすって食べることだ。朝にルックバックを読み、すごいすごいと唸りながらチェンソーマン1巻(無料分)を読んだからか、味の薄さはそこまで気にならなかった。光景だけが惨状なのもあって、味覚が視覚に負けていた。お腹が空いていたのもさいわいだった。しかし、いま食べてはいけない料理だったのは、自白せざるを得ないだろう。



先週の金曜夜から土日にかけて、義父母の家にお世話になっていた。義母はものすごく働き者で、私に仕事を与えなかった。代わりにごはんをたんまり与えてくれた。せっかくだし、義母の厚意に甘えようと身をゆだねた。

土曜日は特に幸せで、本当になにもしなかった。かろうじて風呂掃除はした。食べたぶんはすぐ吸収する体質だったせいで、地獄だった。

日曜日は義母と買いものに行き、夜ごはんを食べ、帰路についた。起きたらお腹は空いていなかった。

2.5日も怠惰を貪ったツケは、さすがに見逃せなかった。朝ごはんは、リッツ3枚とホットコーヒーにした。糖分を摂るなよバカ野郎。お昼ごはんまでに消化してほしいと懇願した声はきちんと胃に届いており、正午にはお腹が空いていた。なんならジャンクなものが食べたくなっていた。

だからこそ、油断した。

「胃が空っぽです。なにか食べものを」と脳が命令しない限り、500mlの水を1000mlに計り間違えることなんてある。実際あったから、途方に暮れた。

お腹を空かせすぎちゃいけない。
教訓ともいえるべき体験をした。

チャーシューの代わりに盛りつけようと思ったハムは、とてもじゃないけど口に放る気にならなかった。しぶしぶ冷蔵庫に戻し、食後のアイスコーヒーを作った。

インスタントコーヒー、水、牛乳、氷、ぽちゃん。
コーヒーを食後に飲む文化に、私はまんまと染まっていた。友人があまりにもおいしそうに飲むものだから、マネをしてみたのである。コーヒーを飲むと、からだがデザートを欲しがらなくなるのもよかった。調べたらすぐにカフェインの効果だと判明しそうだけれど、ここに書くのはやめておく。

白状すると、流し台に立ってごはんを食べる文化にも憧れがあった。しかし長年躾けられた「ごはんは座って食べるもの」というクセは、生半可な気持ちでは抜けなかった。テーブルの椅子をわざわざ流し台に寄せ、律儀に足をたたんで食べるごはんは、なんだか食べにくくて仕方がなかった。家にだれもいないのだから、自由でいいのに、とは思うのだけれど。

もういちど流し台でごはんを食べたいかと問われたら、今度の首はどちらに振れるだろう。おそらくもう、インスタントラーメンの水分量は計り間違えないと思うから、私にはすでに関係のない話かもしれない。


読んでいただき、いつもありがとうございます。とても嬉しいです!