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根回しのメリットとデメリット: 意思決定の舞台裏と裸の王様

みなさんは「根回し」という言葉にどんな印象を持つでしょうか。
どちらかといえば、ネガティブな印象を私は持ってしまいます。ただ、検索してみると「根回しは仕事をうまく進めるために必要だ」と書いていたりもします。

そもそも「仕事がうまく行く」あるいは「良い仕事」の定義が違うのかもしれません。首尾よく効率的にという意味で捉えるのか、それとも何か付加価値を生むために創意工夫をするのかという違いがあるでしょう。

それと、どこを見て仕事をしているかという観点もあります。社内のポジションパワーを見ているのか、それともお客さまの方を見ているのか、です。

私の場合、お客さまの方を見て、創意工夫することが大切だと考えています。その立ち位置からすると「根回し」は内向きにコソコソやっている感じがしてしまいます。とはいうものの、自分一人で完結できる仕事は、ほぼありません。創意工夫が必要になればなるほど、周囲との連携や協力が必要になります。公式・非公式の場を問わず、意見のすり合わせは必要です。

そう考えると、根回し全般が良くないというよりも、公明正大かどうかが分かれ目になりそうです。本来であれば、自分の意見を言って、公明正大にすり合わせれば良いのです。でも、会議の場では船頭が多すぎたり、声の大きな人に引っ張られたりしてしまいます。あるいは、受け取り方によっては、特定の誰かへの批判になってしまうので、それを避けたいといった配慮も働くでしょう。

良かれと思って限られた人との間で意見を交換するのなら建設的だと思います。そうした配慮は良いのですが、問題は、人が限られるためにいつの間にか、弊害が生まれることです。

ここで「根回し」をメリット、デメリットで整理します。
メリットとすれば「根回し」をして、会議の場では十分に伝わりきらないであろうことを事前に話しておくことができます。こうした根回しがあると、情報の対称性を補うことになり、偏った判断を避けることができます。

デメリットは、いつの間にか限られた人との間で物ごとが決まることです。衆知が集まらないまま、意思決定者が決めることが状態化すると組織全体で考える力が失われていきます。

ドラッカーは、「経営者の条件」のなかで以下のように述べています。

成果をあげる者は、意図的に意見の不一致をつくりあげる。そのようにして、もっともらしいが間違っている意見や、不自然な意見によってだまされることを防ぐ

普段の会議を振返ってみてください。
議論をしているようだけど、丸く収めようとしているだけのことがあります。あるいは、いわゆる声の大きい人の意見だけで進むこともあります。

そして、人の意見を聴き終わらないうちに、入ってくる人もいますね。自分の結論にしがみついていて、そのほかの可能性を考えていません。にもかかわらず、本人は良かれと思ってまとめようとしてしまう。残念ながら、これは学ぶことを放棄する姿勢です。

根回しをして、情報の対称性を埋めようとするのは良いことです。しかし、根回しの過程で、意思決定者の的を当てに行ってしまうと、不一致を覆い隠してしまいます。結果として、意思決定者は裸の王様となるのです。

誰もが自分の考えが正しいと思う。私もそうです。
ただ、それ以上に自分の結論を手放せずに、学ぶ機会を失うことの方が怖いと思います。

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