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散歩の途中 16

空蝉

 カラスの賢さを見せつけられたことがある。県北のT村があまりのカラス被害に業を煮やし、駆除許可を得て役場と猟友会が捕獲作戦に出た。捕獲といっても猟銃で撃つのであるが、猟友会員の赤い帽子を見るとカラスは一斉に隣の谷に移動するのである。
 無線連絡で「あっちの谷に回ったど」と入る。猟友会が移動すると、上空からあざ笑うように元の集落に戻りごみ漁りや畑に舞いおりる。一日中、それを繰り返して結局は駆除をあきらめた。
 司令塔のカラスが一羽いて、号令ひとつで群れはほどほどの距離をとりながら逃げ回る。
 撃たれない、捕獲されない距離を知り尽くすセンサーを内蔵しているのか、そこのところが人間にしてみればはらわたが煮えくりかえるのである。
 カラスにはハシブトとハシボソと大きく分けて2種がいるらしい。ハシは嘴(くちばし)。ハシブトは嘴が太め。おでこから嘴へのラインに段がある。どちらかというと都会のゴミ箱を漁るのはこちらだ。一方、ハシボソはややスマートで農村田園をエリアとしているらしい。
 通勤途中で不思議な光景をみた。
 アパートから城山公園の中を抜け、蝉時雨の園内路を歩いているとハシブトガラスが2、3羽、杉や栂の大樹の根元あたりに下りては何かをチョンチョンと啄み、さっと太い枝に舞い上がる。遠くからしばらく見つめていると、何度も繰り返してやがて一段落した。
 近づくと「ガアッ、ガッ」と一羽が号令のような鳴き声を出すと飛び去った。
 大樹の下に椿の木立が4、5本あり、足下から背丈ほどの枝に蝉の抜け殻が二つ、三つ張り付いていた。地面には親指の突き立てたほどの穴が無数にある。
 そうか。カラスはこれを狙っていたのだ。
 城山の森の中はつんざくような蝉時雨である。これだけの蝉が地中から這いだして、木立で羽化しているが、蝉の抜け殻は意外なほど目に付かない。
 早朝、カラスがせっせと抜け殻をバリバリと喰らっているのだ、と思うと合点がいった。
 椿の葉裏で見つけた抜け殻をそっとつまんでみた。前脚が葉脈をしっかりと掴んでいた。ほんの数時間前に羽化したばかりのようにまだ脂っ気が抜け切れていない。
 二つ、三つ、四つと葉裏から外して手のひらにのせた。そうか、これはカルシウムだ。乾きった一つをちょっと囓ってみた。脚の棘が唇を刺した。
 ガアーッ。いつの間にか頭上の栂の木の枝に来ていたハシブトガラスが叫んで、じっとこちらを見下ろしていた。

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