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2000年の、山崎まさよし、ギター、インターネット。 #人生を変えた一曲byLINEMUSIC

「『人生を変えた一曲』について、エッセイを1本お願いできないでしょうか? 」

Messengerの通知音とともに編集者をやっている友人からそんな依頼が届いて、少し驚いた。理由はシンプルで、僕はライターではないからだ。参考にと添えられていた他の執筆者は本職の書き手ばかりで、片やこちらは何度か試みたブログの更新も満足に続かない人間だ。本職は何かと問われれば、インターネット・サービスを企画して、運営する仕事と答えるだろう。依頼されて文章を書いたことなんて、ほとんどない。

しかし、この企画のもう一方の要素である「人生を変えた一曲」——音楽については多少の心当たりがある。僕は音楽大学を卒業して、24歳まではバンド活動をしていた。離れて10年が経つとは言え、多少の専門的な知識もあるし、最近の音楽も人並み以上には漁っている。過去に大学で音楽を学ぶという選択をしたのだから、頭の中を方々探せば「人生を変えた一曲」のネタくらいは出てくるだろう。自分なりの興味もあり、了承の返事をした。

さて、結論を先に言ってしまおう。僕の「人生を変えた一曲」は山崎まさよしの『ステレオ』という楽曲だった。より厳密に言えば、この曲を含んだ1枚のライブアルバムが、僕の人生を大きく変化させた。

『ステレオ』は1996年にリリースされた山崎まさよし初のプライベートアルバム『ステレオ』の表題曲だ。原曲はスライドギターが印象的なアップテンポなファンク・ブルースだが、この文章においては2000年リリースのライブアルバム『ONE KNIGHT STANDS』のバージョンについて語りたい。このライブでは、スライドギターを排しテンポを落とすことで、よりファンク色が強いアレンジとなっている。

『ONE KNIGHT STANDS』に収録されている楽曲で言うと、キーボードで弾き語られる『One more time, One more chance』は言わずもがなの名曲だし、SMAPのカバーで知られる『セロリ』、ギタープレイのキレであれば随一の『Fat Mama』。伝説のブルースマンRobert Johnsonの楽曲を、これまた伝説のバンドであるCream(Eric Claptonが所属していたバンドだ)がカバーしたものを、アコースティックギター1本で再構築し、弾き語る『Crossroads』など、名演は枚挙にいとまがない。

そんな中で、この曲を選んだ理由はいくつかある。まずは山崎まさよしという、僕の最も影響を受けたミュージシャンと出会ったアルバムの、まさに1曲目だということ。次に、聴いた直後はまったく太刀打ちができず、ギターの練習を特に頑張った曲だということ。そして、その体験がブルースやファンクなど、彼のルーツとなった音楽への興味を持たせ、僕を音楽大学への進学、そしてバンド活動に至らせたということだ。

この曲を聴いたとき、僕は15歳だった。

ギターとの出会いは小学6年生のときに聴いた、The Ventures。アニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の初代オープニング曲の原曲である『Diamond Head』で知られており、日本においてはエレキギターの黎明期に多大な影響力を持ったバンドだ。もちろん、数十歳は上の世代で流行ったミュージシャン(結成は1959年!)で、自分は父親のカセットテープで知った。

The Venturesに憧れたので、中学入学とともにエレキギターを始めようと思ったが、なぜか親の勧めでクラシックギターを始めた。このあたりの詳細は記憶が薄い。ちなみにそのギターは懐かしき地域振興券で買ったもので、あれがなければどうなっていたか分からない。ばら撒き政策に変えられた人生というのも面白い。

おそらく多少の不満を抱えながらクラシックギターを弾いていた自分は、ある程度弾けるようになったらエレキギターを買おうと考えていたに違いない。しかし、時代はちょうどフォークデュオ全盛期。ゆず、コブクロ、19が売れ始め、続いて唄人羽やサスケ、平川地一丁目、ブリーフ&トランクスあたりも一定の認知を得ていった頃だ。特にゆずのファンは「ゆずっこ」と呼ばれていて、自分もそのひとりだった。軌道修正。お年玉を使ってアコースティックギターを購入した。今も空で覚えている。YAMAHA CPX-5だ。

当時はインターネットが常時接続になり、好きなだけアクセスできるようになった頃でもある。学校から帰ってきたら「ゆず@ギター」というゆずっこが集まる個人サイトの、BBSと呼ばれていた掲示板、そしてチャットに入り浸り、MSN Messengerで5つのウインドウを開きながらギターを練習するという中学生活を送っていた。当時のインターネットユーザーは都市部、特に東京都市圏の人の割合が多かったように思う。対して自分はその頃山形に住んでいた。まだ東京の情報のほとんどはマスメディアを経由して届けられる時代に、インターネットを通じて、東京の、年代もかけ離れた人たちと直接会話できるという経験は、とても刺激的だった。

山崎まさよしに出会った2000年は、ギターを弾き始めて2年ほどが経ち、ゆずの曲はだいたい弾けるようになって、もう少し難易度の高い曲を弾きたくなっていた頃だ。ゆず@ギターには当時の自分より年長者が多く、中にはギターもかなりの腕前の人たちがいた。

「ゆずの次に、練習したらいいミュージシャンはいませんか?」

おそらく常連の誰かにチャットで尋ねたのだと思う。返ってきた答えは「山崎まさよし」だった。そして、まず聴くべきアルバムとして『ONE KNIGHT STANDS』を勧められた記憶がある。後日いつもの店へ走り、CDを、そして楽器屋でギタースコアを買った。帰って早速ライナーノーツも読まずに再生した。事前知識がない状態で聴く。1曲目は『ステレオ』。歓声に続いてギターと、ハーモニカの音が鳴り響く。

モノラルの恋のイメージじゃ切ない
ステレオの君を感じたい

この曲では、電話でのコミュニケーションでは満足できない男の恋心、あるいは執着心が描かれている。専門的なことはよく分からないけど、ギターはかなり高度なことをやっているようだ。歌は山崎まさよしのあの特徴的な歌い方だが、嫌いじゃない。彼がボーカル&ギターで、あとギターがひとりかふたりと、パーカッションがひとりか? これはいいな。

ふとブックレットを手に取り、開く。そこに書いてある、「"たったひとりの"ライヴ・パフォーマンス」のフレーズ。

「たったひとりの」!!!

つまり、僕が数人いると思っていた演奏は、すべて山崎まさよしがひとりで歌い、弾き、時にはハーモニカすら吹いていたのだ。買ってきたギタースコアを開く。『ステレオ』は冒頭からB7#9が4小節続く。初めて見るコードだ。譜面には16分音符でたくさんの×印。さらに時折混ざる低音弦のみのフレーズ。見たことがないものだらけだ。ボーカル、ギター、ベース、ドラム、それぞれの役割をギター1本で表現する名人芸。これを、ひとりで?

譜面を見ながら演奏を試みたが、案の定太刀打ちができない。曲中に難しいフレーズが現れるといったレベルではなく、「弾ける箇所がない」。ギターはピアノと違い、右手と左手の役割が大きく違う。右手は弦を弾いて音を鳴らすし、左手は弦を押さえてどの音程を鳴らすかを選択する。太刀打ちできない曲が出てきたとき、それはつまり、どちらかの手を操作する技量が足りないか、もしくはその両方だ。山崎まさよしに出会ったときの僕は、もちろん後者だった。絶望感に襲われながらも、内心これが弾けたらかっこいいだろうな、という思いがあった。道のりは長そうだが、地道に練習することにした。

最初の3ヶ月は楽譜を眺めるだけだった。楽譜は読めても、どう演奏したらいいものか分からなかったのだ。CDを何度も再生して、音符と、聴こえる音を頭の中で繋ぎ合わせる。まずは右手をどうにかすることにした。左手はミュートの状態で、16分音符を正確に刻めるように。任意のタイミングで、アクセントを入れる。ダウンピッキングのときは、右手の側面を打ち付けるようにしてより強いアクセントを。左手はB7#9。このコードを鳴らすとき、押さえるのは4本の弦だ。1弦と、6弦は鳴らさない。これがくせ者で、鳴らさない弦は左手で少し触れて、ミュートしなくてはならない。そうしなければ、意図しない音程が混ざって濁った響きになってしまう。コードはスムーズに押さえられるようになった。間にベースラインを挟む。コードへの復帰が難しい。ブラッシングのミュートを、より精確に。

そればかりを練習していたわけではないけど、ようやく弾けると言えるようになったのは1年か、2年が経った頃だった。そして、その過程で僕は音楽がとても好きになっていた。ことの経緯はこうだ。山崎まさよしの多彩な音楽に触れるうちに、彼が影響を受けた音楽が気になった。インタビューなどを読むと、前述のEric ClaptonやRobert Johnsonをはじめ、多くのミュージシャンの名前が挙がっていた。彼らの音楽を聴き、また彼らと同時代に近くで活動していたミュージシャンを探っていく。ブルース、ファンク、リズム・アンド・ブルース、ジャズ、カントリー、ロック、フュージョン、AOR、アシッドジャズ——。そこには背景となる歴史があり、数々の音楽的発明があった。いつしか、山崎まさよしのあの特徴的なギタープレイは、Keziah Jonesの影響が強そうだ、なんてことも分かるようになっていた。

中学生の頃にはまったく弾けなかったフレーズが、徐々に弾けるようになる。憧れたミュージシャンのルーツを辿り音楽の理解が深まる。知識がつくと、より音楽が好きになる。そうして僕は音楽大学に進学し、バンドを組んだ。インディーズではあるけどアルバムを全国リリースすることもできたし、いくつかのタワーレコードの試聴機にも入った。憧れのバンドとも共演できた。今は音楽活動はできていないけど、定年があるわけでもない、いつか再開するつもりだ。すべてはあの多感な時期に、ギターがやけに上手い、変わった歌い方のシンガーソングライターと出会ったところから始まっている。

こちらの記事は、LINE MUSIC公式noteオムニバス連載「#人生を変えた一曲」に寄稿したものです。今回ご紹介した、山崎まさよしの『ステレオ』も、ライブアルバム『ONE KNIGHT STANDS 』もLINE MUSICで、誰でも月に1回、無料でフル再生できます。

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