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デザインの現在地とこれから


今回は、僕の所属するINFOBAHN DESIGN LAB. [以下、IDL]が掲げる4つの提供サービスとそれに付随する提供価値を通してデザインの現在地とこれからの展望を考えてみたいと思います。具体的にはデザインの対象を理解する上で通底する「文脈」の変化、そしてデザイン行為の「主体」の変化、この二つの変化を起点に考えてみます。

4つの提供サービスと提供価値

IDLでは次の4つのサービスとそれに対応した提供価値を有しています。

1. 既存事業のリニューアル(課題解決)
2. 新規事業の開発(問題発見)
3. 組織デザイン(人材育成)
4. ソーシャルデザイン(参加形成)

各サービスは説明の便宜上それぞれ独立していますが、プロジェクトの性質によっては、提供価値は相互関係を持ちながらある特定のプロジェクトの構成要素となる役割も担っています。例えば、ソーシャルデザインのプロジェクトを市民の参加形成の仕組みを取り入れながら問題発見型のアプローチで進めていくといった具合です。
普段プロジェクトデザインに邁進しているとデザイン行為自体の本質的な意味や目的を振り返る機会を逸してしまいがちです。改めて、自分たちのデザイン行為がどういった背景のもと進んでいるのか自己分析してみます。

デザインの対象と文脈

もし、あなたがデザイナーだとしたら、「何をデザインしているの?」と聞かれてどうお答えになるでしょうか? 建築、プロダクト、WEBサイトといった実体のあるもの、または接客や組織といったつかみ所のないものも、デザイナーの専門分野によってその答えには一定の広がりがあると思います。もう少しだけ深く考える、こうした答えにみられるデザインは、記号的に広がる対象を指し示しているようにも見えます。一方でその深層には、毎日の営みを骨子としてその周辺に染みついた思考や行動スタイルといった習慣的に蓄積されることで血肉となるような要素、つまり生活に根差した文脈が横たわっているのではないでしょうか。思索に耽ること、ほっとする時間、今すぐ欲しいもの、これらはプライベートな空間を作る意図であったり、マグカップを必要とするこだわりであったり、ECサイトを頼りにする理由であったりします。こうした背景となる情報、文脈をも「何をデザインしているの?」の答えの一つに取り入れて、デザイン探索の射程に入れられるとデザインに深みが増すような、そんな気がしてなりません。

文脈の消失と再発見

文脈をデザインの対象として扱う時、世の中の多くの人にとって理解される普遍的な文脈と、自分にしか分からない特殊な文脈とが浮かび上がってきます。普遍的な文脈に則って何かを考える時、つまり拠り所となる背景情報が豊かにある時は、それを丁寧に解きほぐしながら理解していくことが欠かせません。既に多くのユーザーがいる製品サービスの改善に話をスライドすれば、利用者の理解と利用状況の観察から課題点を見つけ、解決策を発想していくデザインアプローチが有効です。多くのユーザーを抱える人気WEBサイトのリニューアルデザインはその最たる例だと思います。IDLが提供するサービスとしては「1. 既存事業のリニューアル(課題解決)」が該当します。
一方で、必ずしも豊かな文脈が「今、ここにある」訳ではありません。私たちの生活は、文脈を探索し尽くして提案された解決策に溢れています。その結果、探索すべき魅力的な文脈が失くなってしまった、少なくとも飽和状態になってしまったと言えます。ロベルト・ベルガンティ先生が提唱する「意味のイノベーション」が注目されるのもこうした状況に対する打開策が求められていることの現れと言えそうです。既に普遍的になってしまった文脈をもう一度特殊な文脈から考えてみる。欲を言えば一癖ある人の特殊な文脈を借用して、「今、ここにある」普遍的な文脈に地殻変動を与えて、「まだ、どこにも無い」新たな文脈を再び発見すること。その中に潜む意味を発掘するような努力があちらこちらでなされています。僕たちもクライアントの新規事業開発において、対象を見るレンズを変えながら、意味をずらしたり、まだまだニッチだけど今後数年で意味が出てくるであろう可能性の萌芽を拠り所にして「まだ、どこにも無い」文脈を作るためのビジョン作りから始めるような「2.新規事業の開発(問題発見)」も増えてきました。IDLが株式会社SEEDATAとの協働で提供するFuture Seeking Programはこうしたニーズに応えるプログラムです。トライブと呼ぶ先進的なユーザーが固有で有する特殊な思考や文脈を用いて、事業開発の端緒となるビジョンづくりを短期間で行っていきます。新規事業開発のプロジェクトは何ら確証のないことを実践する、非常に勇気のいる仕事ですが、提案に値するラディカルな文脈作りをミッションとして試みています。その様子の一部はIDL マネージング ディレクターの井登がDesign R&Dと称して提起しています。

デザイナーとは誰のことか?

さて、デザインの対象となる文脈について触れましたので、次の問いに移りたいと思います。
「デザイナーとはどんなことをしている人か?」という問いに対してどうお答えになるでしょうか? 絵や図を描いたり、形を作ったりする人と即座に返事が返ってくると思います。もう少し発想を広げて、頭で考えていることを可視化したり、仕組みを考えたりする人と思いつく方もいると思います。もう既に、文脈を作る人と答える方さえいると思います。予想される回答の通り、デザイナーの定義の幅は既に広範囲にわたっており、ここにあげた答えは全て正しいと言えるのではないでしょうか。
ところで、ひと昔前までデザイナーは専門家でした。ユーザーが良いと思うものを見抜いてユーザーの目の前に出してあげることができる特別な存在でした。一方で、ものが大量消費され、製品・サービスを利用するユーザーが増えると、ユーザーが欲するもの、ユーザーが使う文脈が見えづらくなりました。更に、一人一台コンピュータを持つようになり、ユーザーの文脈が動的に変化するようになるといよいよユーザーを知る専門家としてのデザイナーの特別な能力だけではユーザーの期待に応えるには必要十分ではなくなってしまったと言えます。こうしてデザイナーの専門家としての地位は変化しはじめ、デザイナーに代わるユーザーの文脈を知る新たな専門家としてユーザー自身に光が当たるようになりました。デザイナーへの役割や期待は、デザイナーがユーザーと協働することで拡散し、従来存在していたデザイナーの専門家としての境界線がユーザーの境界線と交わり、溶けているのが昨今の状況と言えると考えています。考え方によってはユーザー誰もがデザイナーとも言える状況が立ち上がってきている共に、従来のデザイナーの役割や専門性の更新が問われているように感じています。

メタデザイン

デザイナーの専門性だけで対処できる文脈の限界が見え、ユーザーも含めた多様な利害関係者が増えてた結果、協働関係を作りながらデザインのプロセスを進めることが必要になってきました。IDLの日々の業務の中でもユーザーにプロジェクトに入ってもらい、日常を知る専門家としてのユーザーの意見を直接インプットし、論点の輪郭を浮かび上がらせる作業をしています。その根幹にあるのは、今まで当たり前とされていたデザイナーの思考や行動を批判的に再構築していく営みと言えます。従来のデザイナーとしての専門性の限界を理解したうえで、協働者として誰にどうやってデザイン行為の環に入ってもらうか、いわゆるCo-Designのアプローチをとりながらデザインの対象を批判的に扱い、デザインアウトプットを作ることをプロジェクトの実践やプロジェクト内での研修、メンタリングを通してファシリテートしております(「3. 組織デザイン(人材育成)」)。デザインの対象が広がったこととも関連し、従来のデザイナーの役割を担う人材も広く求められています。ユーザーがデザイナー化してきているのと同様に、企業内で働く人、例えば企画を担当する方、エンジニアの方も従来の専門性を大事にしながらもデザインの環へと領域を拡張しようとする傾向にあるようです。
また、ソーシャルイシュー(社会課題)を取り扱うプロジェクトでは、Co-Designのアプローチが更に多くの場面で用いられています。ソーシャルイシューが対象となると、特定の企業が製品・サービスをデザインしていく過程で協働する参加者よりも広範な利害関係者が登場します。社会的視座に立ったうえで、企業、自治体、大学、住民など各参加者の意見を調停しながら合意形成を図る場をデザインしていくことが新たなデザインスコープとして立ち現れています。(「4. ソーシャルデザイン(参加形成)」)。IDLのメンバーが立ち上げているSocietal Lab. はソーシャルデザインをはじめ「社会的にデザインすること」をテーマに利害関係者の参加と創発の場の創出を通じた実践を行なっています。
デザインの範囲が事業開発と社会課題の解決との間で伸縮している中で、利害関係者が常に能動的に参加してもらう為の仕掛けを用意したうえで、それを即興的に駆使しながらその場の結論を生成する調停者としてのスキルがデザイナーには求められているようです。アカデミアではこれをメタデザイン、その行為者をメタデザイナーとして提起されてから久しくなりますが、実践においてもユーザーを含む利害関係者がデザイナーとして受容される機会が増えつつあるなかで、従来のデザイナーが参加者と一線を画し専門家としての力を発揮する為のスキルとして新たに注目されています。

デザインのこれから

デザインをする文脈の変化とデザイナーの主体性の変化、二つの変化について考えてみました。IDLの仕事は世の中の変化を敏感に感じ取る必要のある仕事が多く、社会の影響を強く受けます。まさに今発生しているCOVID-19による禍々しい状況下で、文脈が依拠する私たちの生活にも平時では想像しがたい変化が発生しています。それも、単なる変化ではなく高速な変化が起こりました。あちこちで起こるこうした特殊な変化から、新しい普遍的な文脈が生まれ、定着しようとしています。
また、デザインの主体性の視点からは、常に人間視点が優先され利害関係の調停が試みられてきました。これに対してここ数年は生物や人工知能など人以外の視点をもデザインの環に入れる必要性が語られはじめています。更にコロナ禍ではウイルス視点をも他の視点と同等に扱うことが必要になってくることが予測できます。

さて今回は、IDLのサービス領域を通してデザインの現在地を考えきました。COVID-19の影響もあり少し先の未来を考えると、益々複雑な世の中になっていくことが確実視されます。今後私たちの周辺で起こる変化に対して多種間での議論を形成する為に、メタデザイン視点を援用し、「即興的かつ臨床的に人工物を生成して具体的な議論と実践」を支援していくことがクライアントへのサービス提供を通してIDLのデザイナーにできる世の中への貢献となり得るのではないかと考えています。
弊社CVOは「ラディカルで無い提案は意味がない」という挑発的な言葉を発しています。COVID-19以降の世界では、今書き留めたことすらもはや古くなり、ラディカルに書き換えないといけなくなるかもしれません。そんな胎動すら薄っすら感じてはいますが、文脈が変わっても、それに対応して仲間を作り、考え、直ぐに形にする行為を繰り返すことで変化に能動的に対処したラディカルな一手を打ち出すことができのではないかと感じています。

参考文献
水野大二郎 2014. 学際的領域としての実践的デザインリサーチ : デザインの、デザインによる、デザインを通した研究とは KEIO SFC JOURNAL 14, 1, 62-80.

Gerhard F. 2003. Meta-Design: Beyond User-Centered and Participatory Design. Proceedings of HCI International 2003 4, 88-92

Liz S., & Stappers, P. J. 2014. From designing to co-designing to collective dreaming: three slices in time. interactions 21, 6, 24–33. DOI:https://doi.org/10.1145/2670616

Norman, D., & Stappers, P. J. 2015. DesignX: Design and complex sociotechnical systems. She Ji: The Journal of Design, Economics, and Innovation 1, 2, 83-106. http://dx.doi.org/10.1016/j.sheji.2016.01.002







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