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今こうやってサッカーを平穏無事に楽しめることは。

今から、とりとめはないが、少し乱暴なことを書くかもしれない。

私たちが、今こうやってサッカーを平穏無事に楽しめることは、今を懸命に生きている人たちがいるおかげ、だと私は思っている。

無論、実体としての平和を護持できるように仕向けてくれた人々。特に、空疎な議論があっても、それらを上書きできてしまうような強靱な意志を作り出してくれた、私たちの先人たち。

彼らによって作られ、更新されてきた価値観。彼らが立ち止まらずにいたからこそ、それらには価値が生まれる。

そんな今の価値観の上に、今を生きている人たちがいる。そして、彼らが多くのことを織りなそうとする。

2011年3月11日の昼下がり以降、東北地方を中心に甚大な被害をもたらした地震と津波、そしてテレビなどを通じて映し出されたそれらの光景を、私たちは簡単には忘れられないだろう。あれを忘れろというのは無理だ。

地震で建造物や構造物が破壊されたのですら恐怖心を覚えるものだったが、そこに持って来て例の津波だ。あれが多くのものを簡単に押し流す様を見た時、簡単に言葉にはできないぐらいの衝撃があった。
今でもあの様子を言葉で表せと言われて、「じゃあ、これこれこういうものでした」とは容易に言えない自分がいる。語彙力云々ではない。10年経とうが、あの光景には圧倒されるのだ。

原子力発電所が多数立地していたために、福島県、特にいわゆる浜通りは、唾棄すべき罵声を浴びまくった。
我々同じ日本人に浴びせる言葉か、と思いたくなるような言葉が飛び交い、同時に福島県そのものを「フクシマ」とカタカナ表記して、日本の国土にありながら日本国外であるかのような現実逃避のような行為をする輩には、辟易させられた。
今もある程度はそういう連中がいるだろう。

その中でも、福島県で暮らす人々はたくさんいて、今の彼らなりに毎日を生きている。

福島県だけではない。地震や津波の被害に遭った東北各県の人々は、同様に大変な思いをしながら今日を生きてきている。

我々外野の人間は、安易に「あれから10年」とか言えるけど、東北地方に住まう彼らはこの10年、そしてこれから先の人生で、常に東北地方と向き合わざるを得なくなる。そこにいようといまいと。
それはそうだ。東北に住まう彼らは他ならぬ当事者なのだから。それから逃げ出すわけにもいかないだろう。

しかし、その中にあって、多くのものが息を吹き返した。日常生活は言うに及ばず、歌舞音曲や文化芸術、そして娯楽に至るまで。世の中は捨てる神があれば拾う神もある。
多くのものを毀損しなければいけなくなったが、それらの種がある限り、何度でも息を吹き返すだろう。

サッカーとて例外ではない。

Jリーグはもちろん、それより下のJFLや地域リーグ、県リーグに至るまで、東北のサッカーは今日も元気だ。

もちろん、中には止むなく活動を止めなければならなかったチームもあるだろう。にもかかわらず、地域を元気にするべく、彼らはサッカーをはじめ周辺の様々なことで力を貸そうとしている。

そこにカテゴリや性別の違いなどあるものか。

周囲の人たちを元気づけるだけでなく、彼ら自身もまた闘っている。この世の中をサバイブするために。彼らと周囲が協調して生きていくために。

サッカーの世界だけではない。この世は、誰もがその世界に於いて必死になって生きている。

東北に生きる人たちも、そうでない人たちも、日本という国に生きている今という姿がある。それだけは忘れないようにしたい。

あの地震、そして津波では、多くの人々が被害に遭い、傷ついた。しかし、そこから立ち直り、あちこちで今を生きている。もちろん、東北に生きている人たちもいるだろう。

しかし、そんな彼らを誹ることはできないし、誹ってもいけない。我が国に生きる人間なら、その人の国籍が何であれ、皆仲間であるはずだ。ただ、同時に親しき仲にも礼儀はあるべきだが、それはそれとして、だ。

言っても誰も得をしないことは、言わないか、言い方を変化させるべきだ。例えば福島第一原子力発電所を巡るあれこれは、もういい加減あらゆる感情論を排するフェーズにいるべきだ。

今言えることは、あの地震や津波は計り知れないほど巨大な爪痕を私たちに残していったが、そこからどうにか立ち直ろうとする人たちもいて、その様子に多くの人々が力づけられている、ということ。

2021年ももう既に2月を超えた。

世の中ではCOVID-19への恐怖は相変わらず続いている。そしてこれもまた、サッカーとて例外に非ず。いろいろな弊害がある。しかし、その弊害を受けながらも、彼らは今日も懸命に生き、何とか活力源にならんとしている。

その姿にたくさんの人たちが何かしらのエールを送れる、そんな世の中になれば良い。
そうなってくれるなら、私たちの世の中はとてもステキになるだろうな。今日も明日も、そういう光景が眼前に広がっていてほしいもの。

基本的に他人様にどうこう、と偉そうに提示するような文章ではなく、「こいつ、馬鹿でぇ」と軽くお読みいただけるような文章を書き発表することを目指しております。それでもよろしければお願い致します。