ドライブ
ICU(集中治療室)
命の峠を越えられるかどうかの瀬戸際で。
旦那君の手をさすりながら話しかけたことは、白い室内医療機器の音と点滴や薬剤とは程遠い世界のこと。「一緒に旅行しようね」「ドライブしようね」ということ。
なので、退院できた今…。
さぁ、行きましょうドライブへ。
初めての遠出は、南知多と決めていた。
久々だから馴染んだ場所がいい。
8時半には出発だ‼️…と息巻いたものの、久しぶりの遠出に張り切る私が、旦那君の服装をああでもない、こうでもない、と言うもんだから喧嘩寸前。
旦那君は、脳の右側に出血が起きた為、今はまだ左側に少し麻痺がある。「今はまだ」と書いたのは、段々と改善していくのを楽しみにしているからであり、実際、退院して左手を使ううちに動きが良くなってきているのも確かだ。
しかし、脱いだり着たりは多少時間がかかるため、私に「やっぱりこれ着て!」「あ、やっぱり脱ごか」などと簡単に言われると、旦那君も怒り出す寸前、なのであった。
そして、出発。
海に向かって高速を走りながら、音楽を聴く。
YouTube musicは、私がこれまで聴いてきた曲がランダムに流れるようになっていて、
私「あ、これ、この前コンサートに行ったクラシックギタリストだよ。」
私「milet、声が好きなんだよ。」
旦那君「これカバーだよね?」
私「うそ⁉︎知らなかった!」
などと話しているうちに、優里のこの曲が流れた。
私は、旦那君が倒れてから、優里がこの曲をサプライズでファンの結婚披露宴で歌う動画を観た。
幸せそうなカップルを観て、自分と比べて寂しい気持ちになりながら、けれど、なんて素敵な曲なんだと、繰り返し観たものだ。
空も青くて、高速を走るのも気持ち良くて、涙が出そうになりながら、「この曲、うちらみたいやない?」と私が訊くと「そうなの?」と旦那君は言ってじっと聴いていた。
そして、以前来たことのある『まるは食堂』で海鮮を食べ、
そのあと、海岸線を走った。
砂浜が見えて、降りたかったけれど、旦那君は杖をついているので「杖が砂に埋まる」と言った。
私は黙って窓を開けた。
波の音が嘘みたいに綺麗に聞こえてきた。
あの白いICUの医療機器の世界にいた私達が、今、ちゃんと海にいる、いられることの、幸せと、その尊さをシャワーみたいに感じて、
信号を内陸へと曲がった。
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