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短編コメディー◇石部金吉広告社 番外編

僕は、盛健介。
石部金吉広告社、略して「石広」の営業マンである。

僕は下痢症である。
いわゆる「神経性下痢症」というやつ。
大きな仕事の本番前、大事なプレゼンテーションを控えている時、やらかしてしまい、三又課長にどやされることが確実な時。。。
トイレに駆け込んで用を足した瞬間にお腹がグルグル。
酷い時には通勤列車の一駅ももたない。腹痛と冷や汗。。。地獄である
そのため僕の頭の中には山手線の各駅のトイレの場所と、トイレに一番近い
車輛がインプットされている。
会社最寄りの有楽町は1両目、新橋は6両目、浜松町は7両目、田町は5両目、品川は11両目といった具合で、帰りは逆である。
「そこまで。ほんと?」と思われるかもしれないが、僕には切実である。

今日は休日。
健介は自宅で医療関係の雑誌を読んでいた。
今度ラジオ番組にゲスト出演をお願いしているドクターの対談記事が掲載されていた。いわゆる事前情報収集である。
ドクターは初老の白衣がよく似合う、優しそうだが威厳に満ちた雰囲気の人であった。声はわからないが、なかなかいい感じだった。
「誤解をおそれずに言うと、人間の身体も機械と同じです。新品の間はスムースに機能するが、時間を経て使い込むといろいろと問題がでてくる。
例えば心臓ですが、一説として一生の心拍数は20~25億回と言われています。一分間の心拍数を測りその数で割れば寿命がわかるということです。
そう考えれば、ゆっくりと心拍数が上がらないように暮らせば長持ちするということです。ストレスは心拍数をあげますので心臓の大敵ですよね。
心臓は人間にとってフェータルなので例にあげましたが、どんな臓器も一生に稼働する回数は決まっており、年とともに不具合が現れるということですね。人間の身体を支える骨や関節、呼吸をつかさどる肺細胞。。。
老化とはそういう事で、最後は止まってしまうということだと思います。」

健介はボーっと考えていた。
「なるほどな~。この話をラジオでもしてもらおう。でも絵や写真を使えないと難しいかな~。」
「今日みたいな日に、コーヒーを飲みながらゆったりしていると、心拍数が上がらないということか。番組テーマは『ゆったりラジオ』でどうかな。」

その時健介は、突然気付いた!!!
「肛門はどうなの?」
「どんな臓器も一生で使う回数が決まってる?肛門は?
ぼ、僕は。。。1週間に一回下痢に悩まされるとしても。。。いや、もっと多いかな。他の人の2倍、いや3倍は肛門を使っている!
じゃあ他人の半分か3分の1の時間で寿命?
人生90歳として、30~45歳で肛門の寿命は終わり?」
健介は顔面蒼白となった。
「でも肛門だけ40歳くらいで動かなかったとして、そこからはどうやって用を足すんだ!」
「えらいこっちゃ~~!」

◇ ◇ ◇

翌日、健介は沈み込んでいた。
さすがに三又も気付き、
「健介。どうした。朝からずっと下向いているけど、またドジったのか?
だとしたら、早くゲロして楽になれ!」
このオッサンは。。。あんたにも責任が。。。
健介は悩みを打ち明けた。解決できるオッサンだとは思わなかったが。
「は~ハハハハハ。。。ホントにそんなことで沈み込んでたのか?」
「笑わないでくださいよ!僕は真剣なんですから~。」
「すまん、すまん。でもそういえば。。。
昔の上司が、下痢が続いて辛いって言ってて、そのまま亡くなったな。」
「え、ええ~。や、やっぱり肛門の寿命ですか?」
「なんか大腸の病気だったらしいぞ。
気になるなら病院に行ってこい!そんな顔で座ってられるほうが迷惑だ!」
「はい~。」

健介は有楽町の駅前を徘徊していた。
『福尻内科』。いかにもそれらしい名前の病院である。
でも、これって内科?
肛門科じゃあ?
肛門科はお尻の穴の問題?俺は穴ではないな~。
ええい。当たって砕けろだ!健介のいつもの行動パターンである。

診察室に入ってびっくり仰天。
福尻先生は女医だった。それもかなりの美人。
こんな美人に喋る話じゃなかった。よく調べてから来ればよかった。。。
「盛さんですね?どうされました?」
健介は経緯と悩みを一方的に喋りだした。
「はい、はい、はい。わかりました~。わかったわよ~~。
それで、今も腹痛と下痢は続いてるの?」
「いいえ。今は全然。」
「ということは~。症状は何もないけれど、肛門が40歳で塞がってしまうのが心配という、変な相談に来たってこと?」
不覚にも美人女医は吹き出してしまった。
「先生は下痢じゃないから笑えるんでしょ!
それで患者の気持ちに寄り添えるんですか?
それと『変な』はないでしょう!」
「どーも、どーもすいませんでした~。」
健介の様子をみてさすがに謝った。
「でもね。排便て肛門でするわけじゃないのよ。
肛門括約筋ていう筋肉で押し出すって感じかな。」
「え?!そうなんですか?
じゃあ、そのなんとかという筋肉の寿命はどうなんですか?
筋肉が40歳で寿命になったら、あとは駄々洩れでしょう?
それはそれで大変そうなんだけど。。。」
「盛さんね、盛さん。腹痛が酷くてトイレに駆け込んだとき、肛門括約筋、使ってる?力入れなくても勝手にでていくよね。」
「あ!そうだ!むしろ止めようとしても止まらない感じ。
でも下痢じゃない人よりは使用頻度は高いような気がします。」
美人女医は辟易とした感じでつぶやいた。
「あなた、来る病院間違えたみたいね。」
「え!やっぱり肛門科ですか?」
「いいえ、心療内科よ!」
「なんですか、それは?」
「いいえ大丈夫。肛門括約筋の寿命をのばす魔法の薬をだしてあげるわ。
お腹が痛くなったら1粒だけのんでね。」
「ほんとですか?魔法の薬。お願いします。」

健介は水無しで飲める魔法の下痢止めを握り締めて会社に戻っていった。

◇ ◇ ◇

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