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【掌編小説】鳥

ぼくが毎日ことあるごとにアクセスしてしている動画チャンネルがある。鳥の声を、永遠と、流し続けるライブ中継動画だ。

鳥の数は何十羽もいるのだろう。「ぴぴぴ」を甲高い声で叫ぶ鳥がいたり、「ち、ち、ち、」と遠慮がちに舌を鳴らすような音で鳴く鳥がいたり。それだけの数の鳴き声が混ざりあうと、わけがわからない雑音に聞こえてしまうときもある。

動画の画面は真っ黒で、なんの情報もない。動画の概要説明欄には
『これはわたしの鳥です。』
とひとことだけ。この投稿者は、何十羽も鳥を飼っている、大の鳥オタクなのだろうか?それとも、鳥類館の館長?謎だ。

動画のコメント欄には、いろいろなコメントが書かれている。

大半は平和なコメントだ。「鳴き声に癒やされる」とか「かわいい!」とか「むかし文鳥を飼ってたなあ」のような。しかし時には、
>これ全部投稿主が飼っているの?
>どうやって何十羽も鳥を集めたんですか?
のような質問コメントがついたり、
>あたたかい地域と寒い地域に住む鳥の声が一緒に聞こえてきます。一緒に飼うことはできないぞ。嘘つき!
のような荒らしコメントがつくこともある。

ポジティブなコメントには投稿者から「いいね」がつけられ、ほかのものはすべて無視されている。返信はない。投稿者がコメント欄に「降臨」することもない。

***

動画配信サイトには、アカウント間でメッセージを送れる機能がある。ぼくは頻繁に、投稿者にみじかいファンメッセージを送りつづけていた。

>あなたの鳥の声はすごくきれいです。いつも癒やされています
>ぴーひょろろ、という鳴き声が特徴的でしたね
>今日は声の混ざり具合がすごくきれいでした

返事は特になかったが、ぼくはそれでもよかった。応援を送るだけで、ぼくは「ファン」でいられるから。神社にお参りするとき、特に神さまの声が脳に響き返すのを求めてはいない。それと同じだ。だから、

>明日もたのしみです。
を送ったその日に、
>ありがとう。

という返信がチャット欄にぴこん、とあらわれたときも、ぼくは、うれしい気持ちがある反面、やっかいなことになったな、とも思ったのだった。

***

それからぼくは毎日動画に訪れるたびに、投稿者にみじかいメッセージーー主に質問や感想ーーを送った。投稿者は、それにまたみじかく答える。ぼくたちは、インターネットのかたすみのメッセージグループに2人で閉じ込められたようになって、何ヶ月も会話を繰り返した。

>鳥たちをあなたの家で飼っているんですか?
>これはわたしの鳥です。

>なぜ鳥なんですか?
>わかりやすくて、絶対的にきれいだから。

>24時間流しつづけるのはなぜ?
>鳥たちのきれいな声で、この世のむだな音や、きたない歌を、できるだけ掃除したいの。

>すきです
>ありがと

***

それは突然のことだった。いつものように鳥の動画を聴いていると、うっすらと、いつにない異様な声が聞こえてくる。

「……お肌の状態、気になりませんか?ニキビ予防には●×化粧水…」

よくよく聞いてみると、それは広告音声だった。まだ動画の音声の大半は鳥の声で溢れている。何十羽の鳥の一羽だけが、広告を鳴きはじめたかのようだった。しかし、広告音声の数がどんどん増しはじめた。

「いまの年収、気になっていませんか?転職サイトは●▲」
「家族で使える広々空間。××で思い出に残るドライブを」
「まさか私に恋人ができるなんて、思ってもいませんでした。▲×のおかげです」

ある一定のリズムで、広告たちはあらわれ、まだ鳴き続ける鳥の声とともに混じっていた。鳥たちの声がホイッスルのように響き、悪趣味なカーニバルのよう。広告たちは聴き心地がいいわけでもなく、それらと鳥の声が混ざりあった音声の濁り具合は、とても耳障りだった。

***

これじゃあ動画の体をなしてすらないじゃないか。ぼくは怒りを覚えた。鳥のきれいな声が失われたこともさることながら、何よりも、いちばんのファンであるはずのぼくに、なんの相談もなしに勝手に広告商売を始めたことにむかついた。ぼくはメッセージグループをひらき、投稿者にチャットを送る。

>あの、広告が流れています。いったいどういうことなんでしょう
すぐに既読マークがつき、投稿者から返信がくる。
>打ち明けるとカードを止められてしまったのよ。それだけ。
>カード?
>クレジットカード。お金がなくなったの。だから広告を聴かなきゃいけなくなったの。自動スキップできなくなったの。

お金?自動スキップ?なんのことだ。そもそも広告を聴かされているのはこちらじゃないか。

ぼくはその疑問を、すべて投稿者にぶつけた。

すると、ぴこん、と、軽い音がして、一枚の動画ファイルが送られてきた。

>『わたしの鳥.mp4』

続けて、ぴこん、とチャットが現れる。

>この動画をみれば、すべてがわかるわ。

おそるおそる。何かが変わってしまうことは知りつつも、ぼくは動画ファイルをクリックして、ひらいた。

***

マンションのひと部屋のようだ。小綺麗で、間取りは広い。部屋の中心に、漫才師が使うようなスタンドマイクが立っている。そのまわりには業務用の棚が並んでいて、何十ものモニターが並んでいた。

半分以上のモニターには鳥の映像がうつっている。家庭で飼われているペット映像のようなものもあれば、自然番組のように森林を背景にして鳥が暮らしている映像もある。どの鳥も、きれいな声で鳴いている。

残りのモニターでは広告が流れているようだ。会議室から生まれ、騒々しく、自分の存在を誇示する広告たち。それぞれに、派手な効果音や甲高いキャンペーンボイスをがなっている。

鳥は、ふと広告に切り替わることもあった。逆に、広告が鳥になることも。並ぶモニターのそれぞれが鳥と広告の明滅を繰り返し、その全体は、まるで生命が生きたり死んだりする自然法則をあらわしているようですら、あった。

送られてきたファイルの音声は、投稿された動画から聞こえてくるものとまったく同じだった。鳥の鳴き声と広告音声が混じり合った、あの濁りきった音声。これで分かった。投稿者は、部屋の中心に立っていた一本のスタンドマイクを使って、大量のモニターから流れ出る、インターネット中のほかの鳥の動画の音声を拾って、投稿動画としてライブ出力していたのだ。

>わかった?
投稿者から、ぴこん、とメッセージがとどく。
>パパにカードを止められたの。だからお金がなくて、広告を聴かなきゃならなくなったの。スキップするのにはお金がかかかるから。それは払えないから。

ぴこん。

>ねえ、お金くれない?

つづけて、ぴこん。

>たくさんたのしんだでしょ?わたしの鳥で。

幼稚だった。相手をする気にもなれず、ぼくは投稿者のチャットを無視して、インターネットブラウザを閉じる。

[×]ボタンにマウスカーソルを当てたとき、ふと、再生しっぱなしだった『わたしの鳥.mp4』動画の部屋のかたすみのモニターに映る、一匹の鳥が目に入った。

その鳥は、かつてしあわせの象徴とされていた、青い色の、鳥だった。彼女は、それでしあわせなんだろうか?

(完)

この作品は、生活に物語をとどける文芸誌『文活』1月号に寄稿されているものです。今月号のテーマは「あける」。「何がはいっているの?」のワクワクや、目の前がひらけるような体験が詰まった6作品が集まっています。文活本誌は以下のリンクよりお読みいただけますので、ぜひ訪れてみてください。







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