さよならだけを人生にしたい!

 故・高杉晋作の愛妾、おうのは湯呑を叩きつけて叫んだ。
「あのマニピュラティブ糞野郎共!」
 恨みの籠った叫びに笑ったのは、故・坂本龍馬の妻、お龍である。現在は西山ツルであるが、親しいものは彼女をお龍と呼ぶ。
「いっとう弱っていたんです! 本当は尼になんて!」
「そういう時ってあるよねー」
 十数年前、高杉は亡くなった。24歳だったおうのは、山縣有朋や伊藤博文に強く言われて出家した。彼らは高杉の愛妾に男ができないよう、髪を剃らせたのである。
 暫く悲しみにくれ、菩提を弔い過ごしたが、寂しい庵での日々でふと、男共に髪を剃るよう寄ってたかって迫られたことを思い出した。
 何故女は、男が死んだ後も尽くすよう他人に言われねばならぬのか。そう思い始めると、猛然と腹が立ち始めた。
 そんな時に無憐庵を訪ねてきたのがお龍である。
 龍馬の死後、周囲の反対を押し切り再婚した彼女は、一人旅の途中、下関の近くまで来たので、おうのの元を訪れた。話してみたら、年齢が近いこともあり、大いに意気投合した。無憐庵に暫く滞在することにしたお龍は、こうしておうのの無念を聞く事になったのである。

「悔しい!」
 もう一度湯呑が叩きつけられた。そんなおうのに、お龍はカラリと言った。
「じゃあさ、そいつらの髪、剃りに行っちゃおうか」
 おうのは、ぽかんとお龍を見つめた。瞬きでコロコロと溜まった涙が落ちた。
「それ、いいかも」

 そんな訳で、東京府に向かった女二人は、山縣有朋を禿にした。
「なんだか私達、妖怪みたいですねぇ!」
「そうよお! 女が自由になるにはね、妖怪になるしかないのよお!」
 二人は山縣邸を笑いながら後にした。まずは一人、である。

 次の日、山縣は床に散らばった髪を呆然と見ていた。
 彼は普段酒は飲まない。だが、突然やってきたおうのと会話が弾み、また彼女の酒の勧めるのの上手いこと、すっかり酔い潰れ、目覚めたら禿げていた。
 山縣邸に原敬が来たのは更に次の日のことである。


【続く】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?