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かつて僕らはポッポだった

かつて僕らはポッポだった。
可能性の雛だったのだ。


※※※

幼稚園が終わると、時刻は12時を少し過ぎるくらいであった。

園バスに送られ家に着くと、僕らはお昼ご飯もそこそこに再び外へと飛び出した。

雑木林で虫取りや鬼ごっこをやらなくてはならないし、その後は近所の公園でカードゲームをしなくてはならないのだ。園児とはかくも忙しい。

家の近くにある雑木林は、園児の僕らには巨大な森のようだった。


ともすれば飲み込まれてしまいそうなそれは、僕らに未知への期待と興奮を抱かせた。


僕らはそこでセミを捕まえ、秘密基地を作り、たまに迷子になった。

あの頃の僕らには、将来大人になったら今よりもっと楽しくて、今よりずっと何でもできるのだという予感があった。

ひとしきり雑木林で遊んだら、僕らはレジャーシートを持って公園へ移動する。

カードショップと違い、そこにはプレイマットも机もないし、当然僕らのデッキにスリーブなんて付いていない。


しかし確かに、石ころと砂の上に敷いたレジャーシートは、あの時の僕らにとって最高で最上のデュエルスペースだった。

そうして僕らは飽きもせず対戦を繰り返した。

覇権を握っていたのは永井くんだった。
彼の使うピジョットは、皆にズルいとかセコいとか言わせるには十分すぎるくらいに強かった。

ピジョットはポケパワー(今で言う特性)で毎ターン自分のデッキから好きなカードを持ってくることができたのだ。

これは毎ターン何でもできることとほぼ同義だった。

僕らはその全能に苦戦し、しばしば膝を折った。



そうして対戦を繰り返した後、僕らは日が傾くまでカード交換やコレクションの自慢をした。

遊び終わった後の帰り道は寂しくもあったが、心は満たされていた。



きっと明日も楽しいし、明後日も楽しいに違いない。


それを繰り返して進んだ未来はきっと明るいし、その未来で大人になった僕らは何でもできる。そう思っていた。

「僕らはきっとポッポなんだ」

関谷くんはよくそんなことを言っていた。
僕らは将来ピジョットになるんだ、だから未来は明るいし、その未来で僕らはピジョットのマッハサーチのようになんでもできるんだ。

僕らはそんな関谷くんの話を笑いながら、しかし半ば納得していた。

三人で七つの子を歌いながら帰ったあの日、確かに僕らはポッポだった。

可能性の雛だったのだ。

※※※

大きくなるにつれ、僕らは次第に遊ばなくなっていった。


勉強ができた僕に期待した両親は僕を中学受験塾に入れた。


野球が上手かった永井くんはリトルチームのキャプテンになった。


関谷くんは他の子と遊ぶようになっていった。

けれど、僕はまだポッポだった。

学校の中で賢いのは相変わらずだったし、無邪気ゆえの全能感が僕を満たしていた。

そうして僕らは中学生になった。


関谷くんと永井くんは地元の中学へ行った。

僕は受験で進学校に入学し……しかし、そこで振るわない成績ばかりを取るようになっていた。


自分が阿呆になったわけではない。



ただ単に、「凡人の中の天才」は、「天才の中の凡人」に過ぎなかったというだけだ。

うだつのあがらない日々の中で、やがてあの時永井くんが使っていたピジョットは、今はもう大会で使うことはできないのだということを聞いた。

古すぎるカードは大会では使えない、というのがルールらしかった。

であるならばポッポだった僕らは、いったい何に進化すればいいのだろう。


そんなことが頭をよぎったが、僕は部活や勉強で忙しかったし、ろくなリアクションも取らずにそれを軽く聞き流した。

※※※

僕らは24歳になった。大人と言われる歳になった。

結局、僕の成績があれから急上昇することはなく、それなりの成績で進んだそれなりの大学を卒業し、僕は働き始めた。

関谷くんと永井くんは今、どうしているのだろう。

子供の頃に夢見ていた「将来」が、そろそろ訪れる歳になった。


今の僕はあの頃より「もっと楽しく」て、「ずっとなんでもできる」ようになったのだろうか。

少なくとも、あの頃描いていた未来予想図とは少々異なる「将来」を歩いているだろうということだけはどうやら確かなようだった。


思ったよりも自分は天才ではなかった。

仕事もうまくいかないことがままあった。


そんな経験を繰り返して、僕の中にかつてあった全能感は日々擦り減っていた。

かつてポッポだった面影は今やすっかりなくなってしまったかのように思われた。


であるなら、僕は何なのだろう。


ただ、ポケモンカードは好きだった。

歳を重ねて、大人と呼ばれる年齢になってからもそれは変わらなかった。

だから僕はポケモンカードを続けていたし、同じ趣味の友人にも恵まれた。

そんな折、公式から新カードが公開された。

あのピジョットのリメイクカードである。

持っている特性も変わらず、あの時のままだった。

僕は思い出し、そして涙した。

僕らの心からスタン落ちしたピジョットが、姿を新たに帰ってきた。

これはポケモンカード公式から僕らへのエールに違いなかった。

僕らはやはり、ポッポだったのだ。


「かつてポッポだった」のではない、今なお、僕らはポッポだった。

それに気が付いたのだ。


僕らはポッポなのだから明るい未来が待っていて。

そして、その未来で、きっと僕らは何でもできるのだ。


それを、ポケモンカードが教えてくれた。

そう思い、熱くなる目頭をぎゅっと抑えながら、僕はポケモンセンターオンラインでピジョットが出るパックに応募した。

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