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社員エンゲージメントを高める「遅い」リーダーシップ

今話題の書籍、「遅いインターネット」(宇野常寛著)を読みました。 色々考えさせる良書でした。ちょうどある組織のリーダーシップについて考えている最中だったので、リーダーシップについても多くの示唆がありました。

遅いインターネット

著者の宇野常寛氏は「遅いインターネット計画」として、自分のペースで情報に触れ、ゆっくりと考える場を構築しようと活動を進めています。本書のポイントだけを取り出すと次のようになると思います。

・誰もが発信者となるインターネット世界は新しい民主主義を形成すると期待されていたが、結局ポピュリズムを助長し、考えるためではなく、考えないための装置となってしまった
・20世紀は、映画、小説など、「他人の面白い物語」を求めていたが、現代はSNSなどで「自分のつまらない物語」を拡張する傾向にある
・今は書くことが日常で、読むことが非日常
・自分の信じたい情報のみを選び、信じたくない情報は攻撃(書くこと)あるいは無視する
・そんな現代では、書くことから読むことを覚えることが有効だろう。インターネットの情報を見て反応したままコメントをするのではなく、相手の主張・解釈を理解し、情報収集をし、頭の中に「オピニオンマップ」を作ったうえで自分の意見を主張する。
・多くの人がインターネットのスピードにかまけず、このような批評精神を持てば、社会の劣化を食いとどめることができるのではないだろうか

「遅いインターネット」と「ファスト&スロー」

私は「遅いインターネット」を読みながら、ノーベル経済学賞を受賞した心理学者、ダニエル・カーネマンの名著「ファスト&スロー」のことを思い出しました。

行動経済学をテーマとした「ファスト&スロー」では、人には「システム1」と「システム2」という2つの思考モードがあり、「システム1」は直感や感情のような自動的に発動するもので、「システム2」は緻密で的確な判断をしようとするモードであると説明されています。

世の中のマーケティングの多くは、消費者の「システム1」をたくみに操つろうとするもので、消費者は大体それに引っかかってしまいます。「システム2」は基本的に怠けもので、つい「システム1」の速い判断に負けてしまうのです。

高齢者関連の単語をしばらく扱うと、歩くスピードが遅くなったり(プライミング効果)、ある人の一部が好きになると、その人の知らない部分も含めてすべて好きだと感じてしまったり(ハロー効果)など、誰にでも経験のある非合理的な反応ですが、これらはどれも「システム1」の仕業なのです。

よりエラーの少ない意思決定をするため、私たちは自分の「システム1」の存在と影響力を理解し、意識的に「システム2」を発動することが求められます。

「遅いインターネット」とは、「システム1」のスピードに踊らされず、「システム2」をしっかりと発動させたうえで、しっかりと思考深めるということだとも言えるでしょう。

「遅いインターネット」と「社員エンゲージメント」

組織の中には、エンゲージメント(職場における熱意、当事者意識)の高い社員と低い社員がいます。私は90年代から社員エンゲージメントの向上に関わってきていますが、現在多くの組織が、いかにしてエンゲージメントの高い社員を増やし、エンゲージメントの低い社員を減らすかということに躍起になっているようです。

エンゲージメントの向上について、「遅いインターネット」あるいは「システム2」という考え方は大切なヒントを与えてくれます。

まず、エンゲージメントが高いか低いかで社員にレッテルを貼り、短絡的なアクションをとってしまうことは、深い思考の結果とは思えません。エンゲージメントの低い社員を、モチベーションを高めるための研修に参加させることなどは、これまで行われてきた打ち手の自動的反復のようにも見えます。

職場のリーダー、マネジャーとしては、何か手を打たなければならない、できればシンプルな何かを、と考えてしまうのはよくわかります。

たしかに、今の時代、リーダー、マネジャーは迅速な意思決定を求められています。しかし、VUCA:Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)と呼ばれる今のビジネス環境では、求められるのはスピードだけでなく、これまで経験したこともないような、想定外で突発的な状況でも、チームで柔軟に対処する能力でもあります。ですから、これまでの習慣や成功体験をなぞるような安直な判断では、成果にはつながらないでしょう。

遅いリーダーシップで社員エンゲージメントを高める

では、リーダー、マネジャーには何をするべきなのか?

私が組織づくりをお手伝いしているある企業組織では、かつては「スピード感を高める」ということと「じっくり考える」ということは二律背反のように考えられていました。そして、スピードのために選択肢をせばめ、目先の業務に直接関係のない議論を避けていました。「すぐに結果を出さなければならないんだから、悠長に考えているヒマなどない」というのが多くのマネジャーの口癖でした。しかし、スピードと意思決定の質とを両立させるのが、リーダー、マネジャーの腕の見せ所ではないでしょうか。

そこに気づいたあるリーダーは、自分の意思決定の仕方について、ハイブリッド的戦略を考えました。自分一人で判断すべき案件とチームで考えるべき案件とで、自分の取り組みをかえたのです。前者についてはとことんスピードにこだわり、自分にプレッシャーをかけました。後者に対しては、たとえ遠回りになっても、じっくりと対話を重ね、それぞれの意見、解釈を共有することに徹することにしたのです。

彼は、メンバーに関しての自分の判断にはバイアスがあり、そこには失敗のリスクがあることに気づいていました。そして、失敗を避けるために、自分の感情的判断や直感を横に置きながら案件を客観的に眺め、「じっくりと考え」ることに決めたのです。

社内では、「あんなに忙しいのに、よくあそこまで個人に付き合うなあ」と驚かれていました。悠長に対話などしてスピードが追いつかないのではないか、という声もあったかもしれませんが、そんなことはありませんでした。彼の自分に律しているスピード感は、自然とメンバーにも伝わり、彼らはスピード感をもってじっくりと対話を交わすようになったのです。

そして、その組織のエンゲージメントはゆっくりと、しかし着実に上がってきました。

今、組織における「エンゲージメントの向上」が注目されていますが、セミナーなどで「エンゲージメント」についてお話をすると、よく参加者の方々から「じゃあ、明日から何をすればいいのですか?具体的な事例を教えてください」と言われます。

とにかく行動に移してもらうために他社事例をお話しすることもありますが、私の本音は「エンゲージメント向上は急いではいけない。『急がば回れ』だ」なのです。とにかく、じっくりと対話をしていただきたい。

エンゲージメントというのは、職場のメンバーの感情にかかわるもの、いわば職場の感情です。職場の感情にはパターンはありますが、パターン化して処方箋を書いただけではエンゲージメントは向上しません。個々人は感情をもち、自分を拡張したいと思っています。そのエネルギーからチーム内の相乗効果を生み出すためには、各人との継続的な対話が必要なのです。

それでも「そんな悠長なことは言っていられない。どこかよそのアクションを手っ取り早く教えてください」と言ってくるリーダーは、じっくり考えることをせずに反応的なコメントばかりネットに書き込んでいる人のように、本気で結果にはコミットしていないと言えるでしょう。

自分の直感、そしてインターネットのスピードは、ある意味、エンゲージメント向上の敵かもしれません。エンゲージメント調査を実施し、迅速にレポートが配布されたとしても、そこからのアクションが、リーダーの直感や思い込み、これまでの成功事例からくる手っ取り早いものだとしたら、それは長年結果を出せなかった旧来型の社員満足度調査を超えることはないでしょう。

環境に対して基本的には迅速に動くが、しかし時には「遅い」リーダーシップ。これが、これから必要とされるリーダーのありかただと思います。

(文責:一般社団法人日本エンゲージメント協会代表理事/ユーダイモニアマネジメント株式会社代表取締役 小屋 一雄)

元記事

https://eudaimonia-mgt.co.jp/slow-internet-and-engagement/


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