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麻雀の実力は「速さ」なのだろうか?

とある麻雀ブログを読んでいたら「Mリーグの影響なのか、打牌が遅い若者が増えた」という意見があった。

増えたといっても、原因がMリーグかどうかは分からないし、あくまでその方の主観なので文字通り鵜呑みには出来ないのだが、世間的にはどうなのだろうか。

麻雀は囲碁・将棋とは違うので、あまり考え過ぎるのはマナー違反なんて意見がある。遅いと単純に疲れるので、相手に迷惑が掛からぬよう、本来は実力の合う者同士で打つのが望ましい。フリーであればお店を変えるなどして対応できる。

がしかし、知り合い4人で卓を囲むセットで、たまたま遅い人たちに囲まれたらどうだろう。


先日、フリーで知り合った男性からセットのお誘いを受けた。卓を囲んでみると、あまりにも遅いスピードにとっても困惑した。

どれくらいのスピードかというと、1巡の間に目を瞑れば、寝てしまえるのではないかといったレベル。大げさに聞こえるけれど、体感ではそう感じてしまった。

この時の私は、マユリ様に超人薬を飲まされていたのかも…

船を漕ぎながら10時間、結局5半荘しか打てなかった。

で、誘ってくれた方は「10年以上麻雀の経験がある」と自負するのだが、フリーで勝った姿を見たことがない。ほかの2人はネット麻雀歴はそこそこあるが、リアルで牌を触る機会はまずまずといったところ。

なにも、覚えて半年という訳ではないのになぜこうも遅いのか。考えてみた。


打牌の遅さには種類がある。
3人に共通するのは、とにかく「第一打」が遅いということ。

麻雀の第一打とは牌理ぱいりを瞬時に理解する能力』であり、『方向性の選択』も加味した、総合判断力の結晶だと思っている。

似たようなことばに「牌効率」があるが、こちらは手役や期待値などの判断だとされ、牌理の理解が伴う。そこから「押し引き判断」といった戦術に派生する。

参考:牌理と牌効率|土田浩翔

これに加え、脳の『処理速度』の影響も考えられる。

こちらは横浜の医師による、子どもへの追跡研究だが、大人でも認知症防止の観点で考えれば、大人でも同様だろう。処理できる速度が速ければ、生着打をすばやく割り出すことができるようになる。

単に「慣れでは?」という意見もあると思うが、慣れと実力の間には『打ってきた環境』も影響するはずだ。


ネットなどなかった昭和の時代。雀荘にいる連中はおしなべて行儀が悪かった。

私の話しになり恐縮だが、当時の私はおっさんたちの速い麻雀に負けじと、必死に打牌選択力を鍛えた。点棒のやり取りをトロトロしていたら「おせぇーよ」と怒号を飛ばされたこともあった。

その環境が正しいとは言わない。しかし、身になったことは確かだ。

そのあと、かの有名な「牌の音(町田道場)」に腕試しに行った。1半荘が15分程度で終わる。そのあまりのスピードと、3人の正確な麻雀に私は腰を抜かした。後にも先にも麻雀しながら”息切れ”を起こしたのは、17年まえのあの日が最期。その日の私は何もできず、ぼろ雑巾に様に負けた。

すべてとはいえないが、麻雀が強い人の特徴に『打牌が速い(早い)人』は、間違いなく含まれるだろう。雀鬼会の「第一打に敬意を」の意味が今ではよくわかる。

それだけに、3度もの鳳凰位に君臨する「佐々木寿人現鳳凰位」が強いのも納得できる。


さて、遅いと愚痴を垂れたセットの話しだが、そのうちの1人は経験年数が3年未満と短めで、リアル麻雀は週一で打つとのこと。

テンポは確かに遅かったが、鋭く正確な麻雀を打つ方だった。トータルではその方が1位で、私は2位。この方に『処理速度』が身に付いてきたらと思うと末恐ろしいなと感じた。

もし、麻雀の実力に伸び悩むひとがいたら、”誤ってもいいから速く打つ”(早く選択する訓練)をしてみると良いかも知れない。きっと雀力の向上になるはずだ。

閉道された雀鬼会の歴史を偲んで。


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