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“パンパンガール”を語る「金ちゃんの紙芝居」15~【  夜鷹(よたか)の50円お姉さん、要(よう)ちゃんとの悲恋 】

今回はいつにも増してディープです。「売買春の値段」や「自殺」に関する話が出てきます。「そういう話はちょっと苦手だな」と思われる方は、お読みにならない方が良いかもしれません。
ただ、「こうした現実もあったのだ」ということです。それを「なかったことにしてはいけない」「忘れてはいけない」とも思うのです。

夜鷹の50円お姉さん

金ちゃん) 左の女性は夜鷹の50円お姉さん。

━━ 50円お姉さん?

金ちゃん) 要するに、ほら、十円札5枚で…

━━ ああ、はいはいはい。

金ちゃん) いつも、こういう花茣蓙(はなござ)みたいなもの抱えて…。
昔から茣蓙なんだね。  

夜鷹というのは、江戸時代の遊女の一種。幕府非公認。夜、暗がりに紛れていて、通りかかった男を誘い、交渉がまとまれば、持っていた花茣蓙(花模様などを織り出した茣蓙)を敷いて寝床にして、野外で行為に及ぶ。日本大百科全書(ニッポニカ)には、『安い代価(24文ともいう)で売春する最下級のもぐり娼婦たち』とある。

昭和20年代の朝霞には、江戸時代よろしく、花茣蓙を抱えた夜鷹もいたのだ。
その料金が50円だったという。

金ちゃん) 十円札5枚で、いちばん安い女の人が…まあ…買えたと。

━━ それは他と比較すると?

金ちゃん) うーんとね、前にも言ったけど、牛乳瓶1本が10円とか12,3円なんですよ。

━━ 10円札が5枚ということは牛乳瓶5本分、ってことですね。
今、牛乳はいくらするんだろう?
200円としたら、1000円ってことか…。
こう言っていいのかアレですけど、めちゃくちゃ安いですね。


金ちゃん) 安いですよ。

━━ そうやって考えるとね。

夜鷹の場合はこの料金だったが、そうでないパンパンガールの場合は、もう少し高かったようだ。

金ちゃん) ショートとかロングという言い方があって、それが300円とか500円とか。あと、オールナイトが1000円とか1200円とか。
でも、その辺、はっきりと聞いておかなかった。

━━ そりゃそうですね。そんなこと考えないですよ、子どもは(笑)。

ぶっつけ大工の要(よう)ちゃん

上の絵の男性、愛称は要ちゃん。左手にぶら下げているのは「御御御利(おみおり) と呼ばれた折詰。当時は、ちょいとした寄合酒があったりすると残した料理は残らず折詰にしてもたせてくれたという。要ちゃんはこの宵、何かの下働きで酒席宴会の末席を与えられたのでは、と金ちゃんは推測する。

左手に下げているのは「貧乏徳利」。「貸し徳利」とも呼ばれ、店が客に貸し出している量り売り用の徳利。客は次に酒を買うときにも、それを持ってその店に行く。なので、酒屋は売上の継続を見込めた。

絵に描かれた徳利は、「下松原」という街にある「石原酒店」の徳利。この徳利、今も金ちゃんの家に残されている。それが下の写真。

裏には同じ書体で「石原酒店」と書かれている。

金ちゃん) 貧乏徳利をぶら下げているこの人は「要ちゃん」って言って、うちの親父と同郷で同い年なんですね。
定職がなく、方々へ手伝いに行って、結局は大工になるんだけども…、う~ん、学校行ってないから寸法が出せない。当たれないんですね、寸法が…。
だから結局は、ただトンカチ持って釘を打つだけの「ぶっつけ大工」と言われたんですよ。

金ちゃんにお話を伺っていて楽しいことの1つは、今回の「ぶっつけ大工」のように、それまで知らなかった言葉を知ることができる点だ。

金ちゃん) でも、この要ちゃんは人が良くてね、うちの親父の言うこともよく聞いてくれて、親父もよく仕事を手伝ってもらい、代わりにお小遣いを渡してた。
僕の言うことも、どういうわけだかよく聞いてくれて、「何々が欲しい」とか言うと必ず見っけてきてくれたり、「どこどこ行きたい」なんて言うと必ず連れていってくれたりした人なんです。

お酒を奢ってもらう代わりに…

金ちゃん) 要ちゃんは、夜鷹のお姉さんが金が無いことはわかっていた。酒が好きだってことも知ってる。

━━ うんうん。

金ちゃん) で、優しい人だから、何か手伝いをして金が入った時はお姉さんに奢ってたんです。
朝霞の駅前に清水屋っていう立ち飲み酒屋があって、そこへ行っちゃぁ、奢ってやった。

━━ この半纏を着たオジサンが要ちゃんですね?

金ちゃん) そうです。
そして、お姉さんはそのお礼に…うん、まあ…体を…

━━ 売ってたわけですね。

━━ この絵に描かれた2人のやり取りなんですけど、夜鷹のお姉さんが「だんな いつも わりいやいね」って言っているのは、居酒屋でいつも奢ってもらってることに対して、ですかね?

金ちゃん) そうですね。

━━ その後、要ちゃんが「俺の方こそすまねえやい」って言っているのは?

金ちゃん) 「俺の方こそすまねえ」って言うのは、「俺の方こそ、いつもあんたが相手にしてくれて…」ってことですよ。

━━ なるほど、なるほど。

金ちゃん) 要するに、安い金で思いを遂げさせてもらって…、っていうことですね。

━━ そういうことなんですね。

同胞(はらから)割引

金ちゃん) ということで、お姉さんは体を売ってたんだけども、ハラカラ割引っていうやつだったんです

━━ ハラカラ割引?

金ちゃん) 同胞(ドウホウ)割引とも言いました。

━━ あぁ、日本人同士ってことですか?

金ちゃん) そうそうそうそう。確かね、二割引き。

━━ じゃあ、50円だったら…40円?

金ちゃん) この人も、奢ってもらうのを恩に着てたんでしょう。

━━ なるほどねぇ。

要ちゃんと夜鷹の恋

金ちゃん) でもね、もしかしたらね、要ちゃんとお姉さんの関係は、金銭づくだけではなかった気もするんですよ。

━━ 愛情もあったということですか?

金ちゃん) うん。私は子供心にね、「この二人は…」って、そんな覚えで見てました。

子どもは敏感だ。大人が隠そうとしている愛憎関係を本能的に見抜くということは、ままある気がする。

最下級の娼婦である夜鷹と、学も無く金も無い要ちゃんは、同じ匂いを感じ取り、相手が見せる優しさに、いつしか惹かれあったのかもしれない。

しかし、そんな二人に訪れた結末は、あまりにも悲しかった・・・

首つり

金ちゃん) ところが、私が小学5年生のクリスマスの朝、このお姉さんは首つりしちゃう。

━━ いやあ…

金ちゃん) 場所は「ハケの山」って呼ばれていて、今は大きな団地が建っちゃったけど、昔はそこに、深い深い雑木林があったんですね。
そこで首つりしているのが見つかった。

━━ う~ん…

金ちゃん) 「ハケの山」は追い剥ぎやら何やら、のべつ幕なしに出没する、いちばん危険な場所なんですよ。

━━ 彼女は、そこを仕事場にしてたんですかね?

金ちゃん)  うん、まあ、その辺をね…。まあ、そこばかりじゃないけども、乞食パン助だったから駅の近所には立てないし、結局は、そういった雑木林でね、仕事をしてたようです。

乞食パン助は前にも説明したが、宿無しで、白百合会のような組織にも属さない、最も弱い立場のパンパンガールのこと。

発見された首吊り死体は一目で乞食パン助だと分かった、という。
アメリカ兵の気をひく派手な衣装ながら、いつ洗濯したのやらわからぬ汚れようで、髪はホコリで白茶け皮膚は垢じみていたからだ。

警察はすぐ、朝霞駅の夜鷹と判断したが、常に肌身離さず持ち歩いている全財産の入った肩掛けの2つのカバンと花茣蓙が、どこにも見当たらなかった。

実は、遺体として発見される前、この女性が2人のアメリカ兵に担がれて林の奥に消えるのが目撃されていたが、後からやって来たMP(米軍警察)は、ろくに捜査もせずに「自殺」で片付けてしまったという。

この絵に描かれている二つのカバンが、遺体からは消えていた。

金ちゃん) 結局、自殺ってことで片づけられたけど…

━━ 殺人かもしれない?

金ちゃん) うん、殺人かもしれない。わかんないんですよ、これね。
でもね、当時、こういう死に方、いっぱいあったんですよ。

ただ、日本の警察はそんなことは何も知らない。
知ってても知らないんです。
知らないことになってんだね。

乞食パン助みたいなお姉さんが何人死のうと、警察にしてみれば、別にどうってことじゃなかったんですよね。
「ああ、そうなのかよ」っていうぐらいのことで終わっちゃうことだったんですよ、そういうことは…

貴志謙介『戦後ゼロ年  東京ブラックホール』によれば、「米兵の略奪、強盗、強姦、殺人、米軍物資の横流しなど一連の犯罪は、驚くほど頻繁に発生していたが、米軍の情報統制によって、一切、隠された」[註1]という。

[註1]貴志謙介『戦後ゼロ年  東京ブラックホール』NHK出版、六頁。

命日になると、要ちゃんは…

金ちゃん) でも、要ちゃんは偉いんですよ。首つりをしたとされる場所で、毎年、命日になると花を手向けていた。

━━ やっぱり恋していたんですかね?

金ちゃん) と思うんですよね。

金ちゃんも一度、要ちゃんの漕ぐ自転車の後ろに乗って、首つりの木の下に行ったことがある。

金ちゃん) 要ちゃんは、用意して来た焼酎と海苔で巻いた焼きもちを供え、手を合わせていました。

夜鷹のお姉さんは、生前、「要ちゃんは朝霞で一等いい人だよ」って言ってましたけど、本当にその通りだ、と思いましたね。






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