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ゆめごとき

第32回 詩と思想新人賞に応募し、第一次選考通過になった作品です。
まさか自分の名前が誌面に並んでいるとは思わず、声が出ました。独りよがりの詩ですが、10代を終えるまでに言語化できてよかった記憶の一部です。


熱がこもったままの目頭に
眠りの中で放たれた叫びが金槌を落とす
数年ぶりの悪夢に
幼子の頃と同じ味の涙を
私は止めることが出来なかった
六畳間の真ん中の薄い敷布団の上で
昼前の陽の光を浴びながら涙を拭う
私はまだ逃れられていなかった
そんな悲しみを初めて嘆いた

あなたは
力強く抱きしめてくれるのだから
自由に歌を歌うのだから
怒りを吐き出すのだから
嘆きを恐れるのだから
あなたに毎夜訪れる夢の叫びを
誰かが盗んではくれないかと夢想している
高く上がった太陽は深夜二時半の叫びを
涙の内にこだまさせた

無慈悲で真に近しい誰かに
病を恨めと言われた気がした
父を恨みなどできはしない自分が
そう言ったのかもしれない
顔も形も呼び名すらない
そんな誰かが私を救ってやろうと
白旗を差し出しているけれど
字面で夢見た家族愛がそいつを嫌っている

私の泣き顔に鏡が慣れていく
不細工だとか大丈夫だよとか
何も言わなくなって
やっと夢が覚める

私の躊躇い傷に記憶があったりなかったりするように
彼の心にも記憶のない傷があるのだろう
彼のことは今でも何にも分からない
父という彼
音楽家という彼
病人という彼
彼という彼
そのどれも残された型紙でしか知りえない
一つ一つ拾い集めるたびに
私とは違う人間なのだと
なおさらに分からなくなっている

あなたの叫びは夢にまで聞きたくなかった
ゆめごとき
そう思っていた私は未だ
深夜二時半に夢の中で連れ去られてしまう
だからもう
深夜二時半に夢をみないと決めています
あなたの寝室の隣で
あなたの叫びを聞いてから眠りについています
一つでもあなたのことが分かればいい
そう思いながら眠りについています

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