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八丈島で日本の危機言語について知ったこと

2014年12月。私は東京湾から夜行フェリーに乗り、八丈島へと向かっていた。日本の危機言語・方言サミットに参加するためだ。
10時間を超える船旅は初めてだ。途中で黒潮を超えるので波も激しくなる。
到着したのは翌朝9時頃。雄大な八丈富士に圧倒され、ヤシの木が生い茂る南国情緒に、ここは本当に東京なのだろうかと不思議な気持ちになった。
八丈島といえば流刑の島。関ヶ原の戦いで敗れた宇喜多秀家が有名だ。また、黄八丈と呼ばれる鮮やかな伝統衣装も特産だ。

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長い船旅の末、朝方にやっと見えてきた八丈島


危機言語と聞いてピンとこない人の方が多いかもしれない。2009年2月19日にユネスコが世界で約2500の言語が危機的状況に瀕していると発表している。その中に、日本で話されている言語が8つ選ばれているのである。アイヌ語・八丈語・奄美語・国頭語・沖縄語・宮古語・八重山語・与那国語のことだ。ユネスコの調査によると、これらの言語は日本語とは全く別の独立した言語と考えられ、話者の減少により消滅の危機に瀕しているとのことだ。

こうした危機言語に指定された言葉や、それ以外にも継承が困難となっている日本の特徴的な方言の継承や発展を目指して、それぞれの言語の話者や継承活動を行っている方々が全国から八丈島に集まったのだ。

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サミット風景(各言語の保全に取り組む方によるパネルディスカッション)


サミットでは、各言語の現状やそれに対する取り組みが発表され、これまでほとんど連携がなかった各言語の継承運動の担い手の交流の機会となった。また、各言語話者による読み比べが行われ、日本社会の言語的多様性を体感することができた。

日本語と全く関係性を持たないアイヌ語は、まさに漫画『ゴールデンカムイ』によって注目が集まりその独自性を多くの方が知るところとなった。
一方で、今回ユニセフに危機言語として指定されたアイヌ語以外の言語、八丈島や旧琉球王国圏で話されている言語は日本語と共通の先祖を持っているとされている。例えば、八丈語は奈良時代に東国で話されていたとされる言語に非常に近い特徴を残している。言語は同心円状に伝承する傾向があるため、奈良時代に東国に伝わっている言葉というのは、時代を遡ると縄文後期や弥生時代に当時の中心であった近畿地方で話されていた言葉の影響が残っているのではないかと考えている研究者もいる。
同様に、旧琉球王国圏で話されている言語にも、奈良時代の日本語の影響が見いだされている。

ここでよくある意見が、「アイヌ語は別として、同じ共通の先祖を持っているのであれば、八丈語や旧琉球王国圏の言語は、日本語の方言に過ぎないのではないか?」というものだ。

実は「言語」と「方言」の区別は明確には存在しないとのことだ。

今回のユニセフの調査など、一般的に同じ言語かどうかを判定する際には、互いに会話をして通じるかどうか、あるいは通じなかったとしても地理的なつながりの中で連続した変化があるかどうかを確認するとのこと。
その中で、八丈語や旧琉球王国圏の言語は互いに通じない、つながりも薄い(遠い)と判断されている。
ちなみに日本語と旧琉球王国圏の言語は、フランス語とイタリア語との違いに近いと言われており、フランス語とイタリア語が共通の言語から分岐して約1600年であるのに対し、日本語と旧琉球王国圏の言語は約1800年と言われている。

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サミット参加者と最終日に八丈島を散策


だが、言語には政治が大きく関わる。沖縄の復帰や自治など敏感な問題が多い中で、日本語と別の「言語」と扱われることは、別の国のような印象を人々に与えてしまうため、頑なに拒まれてきた。そして、「方言」という言葉を用いることにより、社会の「一部」であるという印象を強化することができたのだ。
これは日本に限らず、ドイツ語とルクセンブルク語、セルビア語とクロアチア語など、独立や民族意識の高揚などの政治的背景も関連し、互いに意思疎通可能な言語や以前まで方言として捉えられていた言葉が独立した言語に昇格して認識されているケースも少なくない。

さて、言語が政治や人々のアイデンティティに関わることを認識した上で、私はより強くアイヌの方々の言語への意識に興味がわくこととなった。
そして、今回のサミットで出会ったアイヌ語教室の先生の活動をより深く知るために再び北海道への向かうのだが、それはまた次回の話としよう。

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