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サくら&りんゴ #115 桜物語

朝、カーテンを開けるとすがすがしい春が広がっていた。
窓の外では、枝先にわずかにつぼみを残してソメイヨシノが満開である。

一体誰がいつここに、この桜を植えたのだろう。
かなりの老木であるが、まだ持ちこたえている。
電線に抑制されて、それでも枝を左右に伸ばしてきた。

平らに枝を伸ばすことになってしまった老木

坂を下ったところにある神田川沿いの桜のトンネルを、夫とともに歩いた春があった。しかしそのソメイヨシノは今、その多くが切り倒されてしまっている。老木で危険だからということである。

うちの前のソメイヨシノもそんな時が近いのかもしれない。


すぐそこまで焼け野原だったんですよ

以前、ボランティアで年配の方のひとり暮らしを訪ねていた時
ある女性がうちの家の方向を指して言った。

東京大空襲のことを言っているのだとわかった。

戦後どれくらい経ったころだったかしら
桜の植樹があちこちであってね

定かではないが、うちの前にあるソメイヨシノもその頃に植えられたものではないかということだった。
つまりこのソメイヨシノは、繫栄して行く日本の動画をライブで見下ろしてきたというわけである。

調べると、都内の多くの桜は昭和30年代に植えられ、それらがそろそろ一斉に寿命を迎えるらしい。

必ず来る春
確実に繋いで来た花の命
ずっとそう思っていたのに
これからも続くと思っていたのに

知らない間に時は刻まれて
気づかぬうちに少しずつ変化していて
そしてある時ふいに
あるいは突然
”それまで”の終わりが来る
止めようと思っても止められず
戻ろうとしても
私たちは変化の波にさらわれて行く

地球の歴史から見たら
戦争のない時代の繁栄した国という
針の先よりも小さいピンポイントに生を受けた私たち

それは何の努力もなく
たまたま授かった怖ろしいほどの幸運

でもそれはこの先
人々の指先から
零れ落ちて行くのかもしれない

せっかくマスクを外す日が来たのに
そのかわりに
銃を手にしなければならなくなった人々がいることを
私たちは知っている


老木の桜が闇に沈むころ
都庁の上半分は青色にライトアップされる

空の蒼色と
下の黄色いライトは小麦畑の色である

かつて頻繁に訪れていたその地がいま
戦禍にさらされていることを知ったら
夫はなんて言っただろう

止められない変化が来るから
それに備えておきなさい

そう言うのではないかと思っている


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