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はじめて米国の保育をみたときの話

2017年11月、
初めてアメリカの保育をみたときの感想。

少しの園しか見てないし、
数日しか見てないので、
これがすべてではないと断りつつ、
率直に感じたこととして、
帰りの機内で書いたメモ。
(若干、機内のアルコールの影響も。。)


今回見たアメリカ(シアトル)の幼児教育は、
子どもが自ら思考する力、
表現する力を養うことを
重視しているように感じた。

テーマについて子どもたちは考え、
意見を伝え、概念を形成して、
自分と社会をつなげて行く。
有能な学び手としての姿がある。

環境構成にも
子どもたちの学びが深まるような
仕掛けやコーナーが意図を持ってなされており、
魅力的な保育環境であった。

国際バカロレアを目指す
Bellevue Children’s Academy だけでなく、
Early Learning Center(ELC)でも
テーマに基づいた学びをしていたところから、
テーマ(活動)を中心とした学び方が
受け入れられているといえるのではないか。

また特徴的な点として、
他者との異なる意見、対立を
どう自らあるいはその集団において解決するか
という視点が日本よりも強いのではないか。

これは、多人種、多文化の社会であるからこそ、
意見や立場、考えが異なるという社会的な背景が
前提になっているように思う。

今後日本が今まで以上のグローバル社会を迎え、
普通に異なる人種や宗教の人とともに暮らし、
生活して行くことが想定される中で、
異なる立場であっても意見を言えること、
そして意見が異なっても解決にむけて調整したり、
折り合いをつけられる力が必要であるし、
またそれを培うという視点が
これまで以上に必要になってくるだろう。

今回の学習指導要領や幼稚園教育要領等は、
こうしたことをしっかりと見据えて
改訂されたといえるだろう。

一方で、具体の教育方法としてみたとき、
今回見たアメリカの方法(ELCでの方法)は、
テーマが既に設定されているという点で、
日本の保育者からすると
違和感を覚えるのではないかと感じた。

つまり日本の場合は、
ナショナルカリキュラムが
今後の社会を見据えた教育のあり方を示し、
現場の保育者がそれを解釈・理解し、
具体の保育方法を考え、実践する。

今回みた方法は、
幼稚園教育要領のようなものから
落とし込まれるというよりかは、
具体の実践カリキュラムや実践方法を
強く意識し、特定の活動ありきの中で
保育をしているのではないか。

この違いは、
子ども理解から保育内容を組み立てることと、
活動が先にあり、
その中で子ども理解を進めて行く
という違いにつながるのではないか。

この解釈が正しいとしたら、
日本の保育者にはより高度な能力とスキルが
求められているように感じる。

なぜならば、
日本の保育者は
教育の方向性を見据えるとともに、
それを前提として
目の前の子どもからねらいを立て、
生活と遊びを複雑に創造する。

ただもしかしたら、
教育の具体的な効率として、
あるいは均質な教育を図ることを重視した場合、
活動ベースのほうがうまくいく
なんてこともあるのかもしれない。

保育者全体に等しく高い能力があるとしたら、
当然、保育者が幼稚園教育要領等を理解し、
目の前の子どもの姿から保育を展開する方が
理想的と言えるだろう。

しかし、もしそうでないとしたら。

今回見たアメリカの幼児教育のように
活動ベースから
保育を展開して行くという方法は、
全体の底上げを図るという面では
有効な方法といえるのかなあ。

日本の保育者は、
日本料理と同じようにきめ細やかで、
さまざまなプロセスを経て保育を行なっている。

児童票をつくり、
月間指導計画や週間指導計画を書き、
それらの振り返りを行なうだけでなく、
毎日連絡帳や保育記録を書き、
個別の指導計画や保育記録までもを
作成している。

教育という視点に、限りなく多くの
養護的な視点が入り込むからこそ、
そこまで丁寧な仕組みが
出来上がっているのではないだろうか。

これは日本の乳幼児保育・教育の
非常に大きな強みと言える。

その一方で、
教育的な底上げということが、
1つ1つの園や保育者に委ねられることなく、
全体として図って行くことが
今後の大きな課題となるのではないか。

そのひとつのきっかけなりうるのが、
アクティブラーニングではないか。

アクティブラーニングは
既に幼児期で行われていると言われるが、
果たしてすべての幼稚園、保育園で
深くて対話的で主体的な学びが
展開されているといえるだろうか。

そこにはそれが可能になりやすいテーマや
保育者の問いかけがあるのではないか。

プロジェクト型保育については、
その活動の起点が子どもであるべき
との指摘もあるが、
上記のような深くて対話的で主体的な学びに
なりやすいテーマと、
保育者の投げかけ方があるとしたら、
それは大いに参考になりうる。

日本の乳幼児教育の良い面を維持しつつ、
意図的な教育的側面をより意識していく
必要性とヒントをみたように思う。

ただ、この場合における教育的側面というのは、
就学後教育の前倒しを行うということではなく、
深くて主体的で対話的な学びを
進めるということである。

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