スタートアップ初期のプロダクトマネージャーが挑戦した3つのこと
この記事では、私がピアサポートに特化したこころのオンライン相談アプリ「mentally」のプロダクト責任者として、サービスの PMF(Product-Market Fit)達成に向けて取り組んだことを3つご紹介したいと思います。残念ながら、mentally は9月末にサービスをクローズし、10月に代表を除くメンバーが私含めて全員解散となってしまいましたが、ここでの学びが、少しでもみなさまのお役に立てれば幸いです。
1. ノーコード開発ツールを駆使した MVP の構築
サービスの初期構想を時間かけずに低コストで検証するための手段として、bubble を利用しました。「bubble」は、Drag & Drop で Web アプリを開発できるノーコード開発ツールです。mentally に関わってから初めて知ったのですが、エンジニアやデザイナー不在でもアプリを開発することができる、とても優れたツールです。
mentally はまず「ユーザーは、自身のメンタル不調について投稿(発信)するだろう」というサービスの大前提となるリスクを解消する必要がありました。そこで、以下のアウトカムが実現できる MVP の構築に進みました:
当時は正社員が代表以外ゼロだったので、インターンとして参加していた学生が主体となって bubble で MVP を作り上げていきました。彼女はデザインは未経験だったのですが、それでも bubble は扱いやすかったです。私は副業ながらもプロダクトマネージャー兼 UX デザイナーとしてアドバイス、場合によっては手を動かして微調整をしてきました。
エンジニアに加えてデザイナーも不在であったため、各要素のスペーシングやレイアウトのクオリティは満足ゆくものではありませんでしたが、価値検証ができるほどに至りました。これは、bubble として最も優れていた点です。
その後、約50名のテストユーザーに登録いただき、約2ヶ月間に渡って利用してもらいました。テストユーザーの方々には LINE グループに参加してもらい、都度フィードバックをいただきながらアプリに反映していきました。PSF(Problem-Solution Fit)が達成されたと判断し、mentally は10月に法人化されました。以降、エンジニア数名が副業で加わり、ウェブサービスを本格的に開発して2月にローンチすることができました。私もこのタイミングで社員第一号として株式会社mentally に入社することになります。
2. ナラティブ視点の導入
プロダクト開発を進めていくと、ドキュメントは膨大になり散乱しがちです。資金が限られていたので人を採用するわけにはいかず、プロダクトチームは業務委託の方々が中心でした。かつ mentally にはオフィスはなく、ほとんどフルリモートでした。そのため、ストック情報とフロー情報を意識して情報を整理していきましたが、更新が間にまわないこともしばしば。それでもプロダクト開発が停滞しないよう、さまざまなリスクを解消するために仮説検証を素早くかつ細かく回していたため、稼働時間が流動的なメンバー全員の理解が追いついていないシーンが多々ありました。
そこで後に知ったのですが「ナラティヴ」という Amazon でも取り入れられている手法を導入しました。「ナラディヴ」とは
などのサマリーを、ひとつにまとめたドキュメントのことを指します。
mentally で実際に運用していた、ナラティヴの一部をご紹介します。
ナラティブを取り入れてよかったこと:
SSOT(シングルソースオブトゥルース)としての役割を果たしたこと
READ ME のように新メンバー向けのオンボーディング用資料として機能したこと
箇条書きではなく、ストーリー形式でまとめたため、論理の飛躍や矛盾を発見しやすくなったこと
副次効果としてプロダクトの戦略を立案する際に、都合のいい解釈が含まれていないか評価できたこと
ナラティヴはこれからも引き続き磨いていきたいです。それとは別で、高速で回していた仮説検証の記録を残すために「Validation Board」という notion で作成したドキュメントを別で作成していました。これがあれば、プロダクトでは次に何を検証すべきかが一目瞭然で、その結果を踏まえて何を開発すべきかが明確になりるので、おススメです。Twitter で紹介したところ、反響が大きかったので、そのテンプレートをご用意しましたのでぜひご活用ください!
3. N1分析ツールによるユーザー理解の向上
2022年7月に正式リリースをした後も mentally のユーザー数はほんの僅かでした。この機会を活かすために、ユーザーリサーチの一環としてN1分析ツールを導入しました。数行のソースコードを追記するだけで、ユーザーの行動ログを動画で見ることができます。しかも無料でした…!
サービス提供者側が定義したカスタマージャーニーに沿ったユーザーとその割合も確認することができるため、ユーザーペインとのミスマッチを早期に発見することもできます。ただ、トラフィックが増えていくと何から分析していいか目的を見失ってしまいがちです。そこで私はユーザーごとに独自のフラグを設定し、ユーザーセグメントごとにフラグを振り分け、優先度の高いユーザーを中心に分析していきました。
mentally ではユーザー登録の際にユーザー名の他にメールアドレスを必要としているため、特定のセグメントに該当するユーザーにピンポイントでユーザーインタビューを依頼・実施することができました。結果として、アプリ内行動と紐付けてより解像度の高いユーザーのペインポイントを吸い上げることができたのが大きかったです。前述した「Validation Board」のエビデンスとして記録し、施策の優先度付けにも活かせました。
まとめ
これまで私は資金や人的リソースに恵まれた企業や、プロダクトの勝ち筋も明確で、グロースステージに突入したシリーズB以降のスタートアップで働いていました。このフェーズのスタートアップのプロダクトマネジメントをやっていて思ったのは、経営学者のピーター・ドラッカー氏が『創造する経営者』の中で
と指摘している通りで、まるで時限爆弾を背負いながら獣道を歩いているような環境下では、過去の経験や実績を一度疑い、学び直していく「リラーン」が欠かせないということでした。今回導入した「bubble」「ナラティヴ」「N1分析ツール」はどれも初の試みでした。
他の選択ができる自由は、このフェーズの魅力(と言って良いのかわかりませんが)のひとつで、たくさん調べて、たくさん聞いて、それを駆使して、どのような環境で、どのようなプロセスを踏めばやりたいことができるのかを自分の意思で選択することができます。mentally は残念ながらサービスをクローズしてしまいました。それでも、この記事で紹介させていただいた取り組みが、誰かの選択肢として加えられるのであれば、これ以上の幸せはありません。