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Door8: 小さな白い村で~カルタヒマ(スペイン)

旅を振り返ると、取り立てて大きな出来事が起こった訳ではなく、思い出しても掴みどころのないような時間なのに、なぜか忘れられない日々というのがある。
たとえば、スペインのカルタヒマという、インターネットで今検索してみても、ほとんど情報も出てこないような小さな村で過ごした二日間について書いてみようと思う。

ガイドブックに載っていた、ロンダという町に立ち寄りたいと思い、その近辺で宿泊する場所を検索していた際、見つけた宿の住所が、カルタヒマだった。
宿のマネージャーであるボッツという男性にメールしたところ、やりとりの感じも良かったため、カルタヒマの場所をきちんと確認することもせずに、予約することを決めてしまった。

ロンダは小さな町だけれど、崖からの景観が観光スポットになっているため、それなりに観光客が集まっていた。
ボッツが送迎に来てくれることになっていたが、待ち合わせ場所に行ってもそれらしい雰囲気の人が見当たらない。
と思っていたところに近づいてきたのは、ぱっと見て、「この人は絶対に違うだろう」と思っていた、長髪にサングラス、痩身に黒の皮パン、黒いシャツの胸をはだけた、ロッカー風の男性だった。

彼がボッツであり、その宿の支配人兼料理人兼ハウスキーパー兼運転手だということが分かり、ちょっと驚きながら車について行った。
もう一人宿泊客を待つと言う。
そこにバスが停まって、一人の東洋人の男の子が降車し、あたりをきょろきょろ見回していた。
ボッツが声をかけると、その子が宿泊者の韓国人でソンという名前だった。
"nice to meet you"とあいさつすると、「はじめまして」という返事が。
韓国語に加えて、英語、スペイン語、日本語、アラビア語の5か国語を話すことができるらしい。

わたし達と、ボッツとソン。険しい山道をぐるぐる回りながら、宿を目指す。
ロンダに滞在する予定だったけれど、想像していた以上にカルタヒマまでは距離があり、宿からロンダまで観光をしに出かけるという選択肢は、その時点で捨てざるを得ないなと思った。

そしてたどり着いたのは山に囲まれた小さな村だった。
歩いてすぐに一周してしまえる。
真夏の日差しの下、立ち並ぶ家はすべて真白で、村全体が陽光を浴びてまぶしかった。
シエスタ(昼寝のための休息時間)の時間帯だからなのか、通りを歩く人も見かけず、物音も聞こえない。

その中の一軒がボッツの家であり、今夜わたしたちが宿泊する宿だった。
ボッツが自分で内装を手がけたという、モロッコ風のリビングは涼しくて、居心地がよかった。
ボッツの入れてくれたお茶を飲みつつ、ソンに話しかけてみる。
「どうしてここに来たの?」
「・・・分かりません・・・。ロンダに・・・。・・・でもここは、好きですね。」
少し、途方に暮れたように答える彼。わたしたちと全く同じ心境だ。
とりあえず、郷に従って、わたしたちもシエスタをすることにして、各自の部屋で夕方まで眠った。

目が覚めたら、ボッツが上半身裸で、頭にバンダナという、やけにワイルドないでたちでディナーを作ってくれていた。
彼の料理の腕前はなかなかで、やさしい味の家庭料理は、外食に疲れていたわたしたちにはとてもありがたかった。
「日本人に、スペイン料理はtoo much だと思うから、あっさりめにしたよ。多かったら残してね。」
と気遣いの言葉も。

食後は、家の屋上に上がった。
サマータイムのシーズンだったので、まだ空がほんのり明るく、ちょうど日暮れ時。
ロンダで買いこんできたお酒やおつまみを広げ、のんびりと話していると、あまりに自然で、久しぶりに、札幌で友達と飲んでいるかのような気楽さを感じた。
けれど、あたりを見渡すと、切り立った山並に囲まれた、白い村にいることを思い出す。

ソンは、ドラえもんののび太をふっくらさせたようなルックスで、喋り方のテンションは低く、一見、ぼおっとしているようにも見える。
けれど、世界一周旅行の経験もあり、学校の先生にもなって、タンザニアのザンジバル島で暮らしたり、アルゼンチンで彼女と一緒にタンゴを習ったりしたこともあり、今はリビアの会社で働いているという。
私よりも年下なのに、余りに経験豊富で、頭脳明晰。話題もつきない上、話上手。

日が落ちる頃、ボッツがやってきて、照明を消し、かわりにキャンドルを灯してくれた
空に見える星の数が増える。
ソンとはすっかり仲良くなって、夜遅くまで夜空の下、話し込んだ。

すっかり夜更かししたので、翌朝はゆっくり起きて朝ごはん。
ソンがカフェに行こうと言う。
昨夜、村に一軒だけカフェがあるのを見つけたのだ。
「お茶しましょう・・・他にすることないですから・・・」
全くその通りなので、三人で外に出たが、シエスタのせいなのかカフェは閉まっていた。

せっかく外に出たので、村を散歩してみる。
近所の教会に入ってみると、まだ新築独特の匂いのする、小ぎれいな内装だった。
掃除をしていたおばちゃんに、ソンがスペイン語で話しかけると、内部をライトアップしてくれ、像をひとつづつ説明してくれた。
それをソンは日本語に通訳してくれる。

表に出ると、今度は道端で集ってるおじちゃん達のお喋りの輪に入り、すっかり馴染んでいる様子のソン。
おじちゃん達に食べられる木の実のようなものをもらい、散歩を続けるが、
どんなにゆっくり歩いても、30分もかからず、部屋に戻る。
「・・・トランプでもしましょうか。」
ソンがボッツからトランプを借りてきて、なんとなくゲームを始める。
この旅最初で最後のトランプの出番だった。
この時、ボッツからトランプを使ったマジックを伝授されたのだが、残念ながら、全く思い出せない。

その後、ボッツの勧めで、この村の入り口にある村民プールを見に行く。
屋外の10メートルくらいの小さいけれど清潔そうなプールで、地元の男の子たちが泳いでいる。
カメラを向けると、意識してみんなザブンザブンと飛び込みを始めた。

真夏日の太陽のもと、レンズ越しに水しぶきが乱反射するのを眺めていると、プールの情景が次第にスローモーションのように感じられ始め、なんだかぼんやりしてきた。
そもそもこの村がどこなのかもよく分かっていないし、ここで何をしているのだろうと思うと、なんだか可笑しかった。

私たちはカルタヒマに2泊する予定だったため、この日、ロンダに戻るソンとはお別れ。
この村になぜ来たのかもお互いよく分からないままだったけれど、一緒に過ごせてよかったと名残を惜しんだ。
入れ替わりに今夜はアメリカ人とドイツ人の二組のカップルがやってきた。
こんなに辺鄙な場所なのに、毎晩予約が埋まっているようなのだ。

前日はボッツとあまり話せなかったので、いろいろ聞いてみたいと思っていた。
彼は絶対に元ロッカーだろうとふんでいたので、軽く音楽の話題を振ってみると、目をキラキラさせ始め、パンクの歴史に関わる分厚い写真集を取り出して来た。
昔ロンドンの大学に通っていて、パンクスだったらしい。
その後、インドだとかあちこち旅をして、5年前まではアムステルダムに住んでいたと言う。
その経歴は、彼の醸し出すムードにぴったりで、腑に落ちたけれど、それにしても、「何で今この村に住んでいるの?」と聞いてみたところ、「分からない・・・でも居心地がいい。」と苦笑しながら首を横に振る。

シャイで放浪気質、変わり者だけれど、自立していて優しいボッツ。
彼がこの村に宿を作っていなければ、私たちもソンも、カップル達もこの村に来ることはなかっただろうし、出会うこともなかっただろう。
恥ずかしがるボッツにお願いして、ボッツが昔所属していたパンクバンドの映像を見せてもらう。
モノクロの画面の中で、多分30年近く前の、ボッツが頭を振りながら、マイクにがなりたてていた。
マイクにしがみつく彼は、ずいぶん若かったけれど、今と変わらず、どこかあてどなく、ナイーブな印象だった。

日差しを浴びて静まりかえった、白昼夢のような風景と、浮世離れしているボッツの宿。
旅の中でもさらに非日常的な印象の時間だったように思うのと同時に、いまだに身近にも思えてしまうのは、暮らす場所の距離や生活スタイルとは関係なく、ボッツやソンに、どこか共鳴するところがあって、近所の友達のような親しみやすさを感じたからだろう。

流れの中で、ほんの一瞬だけ交差し、楽しかった印象だけ残してまたどこか、お互いの道を行くということ。
いろんな町に、会いたい人がいるということ。
そのことだけでも、充分幸せなことなのだと分かってはいるけれど。
思いを馳せるのと同じスピードで体を移動させ、会いたい人に気軽にふらっと会いに行けたらどんなにいいだろうと思わずにはいられない。


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