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dancing in the kitchen

おはようございます。ただの日記。

昨日はアルゼンチンの友達の誕生日、zoomでサプライズをしようということで大人数で集まり、彼の誕生日を祝った。久しぶりにアルゼンチン人の中に入って会話をすると、懐かしい気持ちが蘇ってくる。昨日は知らない人もたくさんいたのだけど、結局、イタリアでバスケットボールプレイヤーをしているやつと仲良くなって、その誕生日の友達を入れて夜中まで話し込むことに。

イタリアの彼が住む街では、時間を知らせる鐘が毎時間鳴り渡るそう。最初はうるさかったけど、今は何も感じなくなったと笑う。

外国人と話すときは、日本語で話すときとは違って、ある意味自然からは少し離れて、言葉を選んだり、神経質に相手の言葉を聞き取ろうと努めたりする。特に新しい言語を学び始めた最初の方はそれが顕著で、対峙するたびに心地の良い緊張感が襲う。3年もいると、その緊張感のようなものは次第になくなっていって、昨日みたいに久しぶりに大人数の中に入って話したり、もしくは難しいトピックで話をしている時は、その感覚をみたび思い出す。懐かしいなあこの感じ、と思う。

誕生日の彼は、日系人で、顔は日本人だけど、日本語はほぼ話せない。日系人と言っても、幼少期からアルゼンチン人のコミュニティで暮らしていて、友達は現地の顔をした人たちが多い。そんな彼は、一昨年、僕がアルゼンチンにいる頃に「日本に行きたいから金を貯めている」と言った。実際、今彼は日本にいる。1ヶ月程度の観光できたつもりが、例のウィルスで帰国できなくなってしまい、なんだかんだあって、今は日本で仕事をしながら一人暮らしをしている。1年半が経ったみたいだ。すごいことだなと思う。日本のパスポートは持っているけど、日本語は話せない。でもみんな当然、初めは日本語で話しかけてくるから、大変だと笑っていた。強い。日本はちょっと、ストレスフルだから、30歳までにワーキングホリデーでまた別の国に行ってみたいと言っていた。わかるよ、クリス。

アルゼンチンでの経験や、思い出は、長い時間をかけて、こうして美しいものになってゆく。今はもう、アルゼンチンにひとり出掛けたことを、俄には信じられずにいる。他人事のように思う。こうして彼らと笑って話をするたびに、当時のことを振り返って、幻のように感じるのだろうと思う。

みんな、元気か。その節はありがとう。

そっちは夜か、こっちは朝だから、今日も頑張って生きるよ。

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Photo: My home kitchen in Argentina, 2020

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