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記憶マーケット

未来の社会では、人々は不要な記憶を売り、新しい記憶を買うことができるマーケットが登場していた。この「記憶マーケット」は、失敗や後悔の記憶を消し去り、新たな経験やスキルを手に入れるための場所として大変人気を集めていた。

田中は、過去の仕事での失敗の記憶に苦しんでいた。数年前、重要なプロジェクトを任されたが、大きなミスを犯し、プロジェクトが失敗に終わった。その結果、田中は職場での評価を失い、自信を喪失していた。ある日、友人から記憶マーケットの話を聞いた田中は、仕事での失敗の記憶を売ることを決意した。

マーケットに足を踏み入れると、そこには様々な記憶が並んでいた。冒険の記憶、学問の知識、スポーツのスキル、幸福な瞬間の記憶…。田中は失敗の記憶を売り、その代金で新しい記憶を手に入れることにした。

田中が選んだのは、スポーツの成功体験の記憶だった。新しい記憶の中で田中は、自分がマラソン大会に出場し、見事に完走して優勝した経験をしていた。スタートラインに立つ緊張感、沿道からの声援、ゴールテープを切った瞬間の達成感。それら全てが田中に新たな自信と喜びをもたらしていた。

「これで、過去の苦しみから解放される」と田中は胸を撫で下ろした。新しい記憶は、彼が一度も経験したことのない成功体験や達成感で満ちていた。彼は新たな自分に生まれ変わったような気がしていた。

しかし、しばらくすると田中は奇妙な感覚に襲われ始めた。新しい記憶が自分の人生に大きな影響を及ぼし、以前の彼とは異なる行動を取るようになっていた。職場の同僚たちは彼の変化に戸惑い、距離を置き始めた。家族との関係もぎくしゃくし始めた。

田中は自分の中で違和感を覚え始めた。何かが欠けているような感覚が彼を悩ませた。新しい記憶は素晴らしい体験をもたらしてくれたが、同時に彼の人生に重要な何かを奪ってしまった。

ある夜、田中は自分の中で強烈な空虚感を感じた。「何かが違う…」と彼は呟いた。そして、自分の心の中で失敗の記憶がどれほど大切だったかに気づいた。過去の苦しみを忘れることで、彼は成長する機会を失っていたのだ。

田中は元の記憶を取り戻すために再び記憶マーケットを訪れた。しかし、失った記憶を取り戻すには高額な代金が必要だった。彼は全財産を使い果たして、なんとか元の記憶を取り戻した。

元の記憶が戻ると、田中はかつての自分を取り戻した。仕事での失敗の記憶も戻ってきたが、それは彼にとって大切な経験であり、成長の糧となった。彼は過去の失敗を受け入れ、それを乗り越えることで新たな未来を築く決意をした。

「記憶は消せない。でも、それを乗り越えることで強くなれるんだ」と田中は心に誓った。

おわり

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