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言葉の重さ

未来の社会では、言葉に重さがあり、発するたびにエネルギーを消費する仕組みが導入されていた。この技術の導入によって、人々は無駄な会話を避け、必要最低限の言葉しか使わなくなった。田中は、この新しい社会に順応し、無駄な言葉を一切使わずに生活していた。

田中は毎日、仕事で必要な指示や報告だけを短く済ませ、家では家族とほとんど会話をしなかった。家族も同様に言葉を節約していたので、家の中は静寂に包まれていた。そんなある日、田中は公園で一人の老人に出会った。

老人はベンチに座り、空を見上げながら独り言のように話していた。「昔は言葉に重さなんてなかった。ただ自由に話すことができたんだよ。」

田中は興味をそそられ、老人に話しかけた。「それで、人々はもっと幸福だったのですか?」

老人は穏やかな笑みを浮かべて答えた。「そうだとも。時には無駄な言葉もあったけれど、その無駄の中にこそ大切なことがあったんだ。」

その言葉に田中は深く考えさせられた。翌日から田中は、自分の言葉の使い方を見直し始めた。必要最低限の言葉だけでなく、家族や友人との会話にも少しずつ重みを持たせるようになった。

ある夜、田中は家族と食卓を囲んでいた。いつもなら黙々と食事をするだけだったが、その日はふと感じた。「ありがとう」という言葉を発した。家族は驚き、そして温かい笑みを返してくれた。その瞬間、田中は言葉の本当の価値を理解した。

エネルギーを消費しても伝えたい言葉とは何か。それは単なる情報ではなく、心の繋がりを育むものだった。田中はその日から、言葉を大切にしながらも、心を込めて話すことを心掛けるようになった。

老人の教えは、田中にとって一生忘れられないものとなり、彼の人生に深い影響を与えた。言葉の重さを知ることで、田中は初めて本当の意味で軽やかな心を手に入れたのだった。

おわり

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