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摩訶不思議な話

 ちょっと変わった知人がいる。仮に将司としておく。将司はありえない程商売が下手で、二十代からいくつも起業しては失敗を繰り返している。カフェ、バー、キャバクラ、中古車販売、失敗した商売を上げたらきりがない。それにしても商売を始める度にどこから資金を調達してくるのか、本当に不思議であった。彼も彼の実家も決して資産家などではなく極々一般的な労働者階級の家庭である。それに将司は最初の商売を失敗してからは銀行の借り入れが出来なくなっていた。所謂ブラックリストに載ってしまっていたのだ。にも関わらず、その後いくつもの商売を起業している。信用格付けでは最下位に属する男が、何度も起業しているのだ。しかもその起業したビジネスは毎回見事に失敗している。
本当に不思議である。具体的にどうやって資金調達してきいたのか全く不明でなのである。それに閉めた商売の負債をどうしたのかも解らない。

 一つはっきりしているのは、将司が資金調達に関しては才能があるという事だ。この才能が少しでも起業したビジネスに活かされていたら、いくつかの商売は上手く行って彼の人生は全く違った物になっていたと思う。
 
 その将司から以前ビジネスについて相談された事がある。ちょうど彼が何度目かの起業で、錦糸町に居酒屋を開店して一年程した時だった。水商売でよくある売り上げが立たなく、資金が焦げ付いてしまった状況であった。相談の内容は決して私に金の工面をどうこうという話ではなく、どうしたら商売を軌道に乗せられるのだろうかといったものであった。

 どの商売でも商売を始める時、最初に市場調査して需要を把握するのは必修である。これは鉄則だ。そもそも自分の起業しようとしているビジネスにどの程度需要があるのか、それを把握するのは経営者として当たり前の話。将司の場合、この時錦糸町で居酒屋を経営していたのであるから、最低でも錦糸町での同業他社の状況位は掴んでおかなければならない。至って当たり前の話である。しかし案の定、将司はそんな事はやっていなかった。勿論それだけが彼の居酒屋が上手くいかなかった原因ではないが、逆に言うとそんな事も知らないで良く金をかけて起業したなと思った。
 
 以前私はエンターテイメントの世界で仕事をしていた際、映画の製作に関わった事がある。製作に入る前、当然予算を組む訳だが、売上、映画でいえば興行収入の算出には閉口した事がある。恐ろしく甘い予測であった。素人が見てもそんなにヒットしないでしょうという興行収入予測。そんな予測をベースにした資料にも関わらずプロデューサーは資金調達をしてきて製作に入った。
 その作品はそれなりに製作費が掛かっており、決してマイナーな作品では無かった。にも関わらず、こんな根拠に乏しい甘い売り上げ見込みでもプロデューサーが億単位の資金を調達できてしまった事に正直びっくりした。作品はしっかり製作され、無事完成して公開までこぎ着けた。完成前に私はそのプロジェクトを外れたので、正確な興行収入を含めた収支は把握していない。それでも興行収入ランキングにおいて、週間でも一位にはなれなかった事から、間違いなく赤字であったはずである。出資者は間違いなく資金を回収できていない。
 製作サイドの視点では、このプロジェクトで資金を調達してきたプロデューサーの手腕は、お見事であったが、作品をプロジェクト全体からの視点では失敗である。にも関わらず、そのプロデューサーはその後、数作品、別の作品を手掛けた。そして、そのどれもヒット作とは程遠い物であった。それにしても、赤字続きの作品ばかりプロデュースしていたにも関わらず、よくもまあプロジェクトの度に資金調達してきたもので感心する。
 日本映画界はビジネス的には非常に厳しく、殆どが赤字である。それでも毎年途切れる事なく作品が発表される。ビジネスの側面から見ると非常に異例ずくめだ。にも関わらず資金がどことなく湧いて出て来るのだから本当に摩訶不思議である。
 
 最近また将司から新たな商売を始めると話を聞いた。今度はマッサージ店を起業するのだと言う。この業界既に需要と供給の面では完全に供給が飽和状態であるのは、部外者の私にも解かる。どうみても厳しいと思うのであるが、彼はそんな事、全く意に介した様子はない。勿論彼は他店にはないオリジナルのサービスを提供出来て、客が来ると思っているのであろうが。
 いぜれにせよ私には彼のような真似は出来ない。そんな勇気もない。それでもそろそろ彼の起業が上手くいったという知らせが来るような気がしている。そんな便りが来る事を祈っている。

巻頭-絵画
hieronymus bosch Tondal's Vision
パブリック・ドメイン, File:02892 Hieronymus van Aeken (51945890521).jpg - Wikimedia Commons による


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