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なぜデータジャーナリズムは日本で普及しないのか

データ報道は「日本でだけ流行っていない」

日本の報道関係者と話していると、「データジャーナリズム(データ報道)は欧米の先進的な報道機関で流行っているもの」という理解をしている方が多い印象を受けます。

たしかに、海外におけるデータ報道の事例として、よく引き合いに出されるのが欧米の報道機関です。私もよく米国New York Timesや英国Guardianの事例を紹介します。各種のデータ報道に関するアワードも欧米の機関が主催する例が少なくありません。

ただ「データ報道は欧米の報道機関から発祥した」はおそらく事実でしょうが、「まだ日本を含むその他の地域では浸透していない」とするのは早合点です。正確に表現すれば「すでにアジア、アフリカ、中東など世界中の報道機関にデータ報道は浸透しているが、日本では注目されていない」となるでしょう。

たとえばデータ報道の分野で最も有名な賞のひとつであるData Journalism Awards(2020年より運営母体が変わりSigma Data Journalism Awardsに名称変更)では、東アジアやアフリカ、中東の報道機関も出品しています。非欧米圏の報道機関が賞を取ることも珍しくありません。それに対して、日本では例年2〜3の個人・会社が出品しているだけです。人口や報道産業の規模を考えるともっと出品されていてもおかしくないのですが。

ちなみにこの現状をデータで検証しようと考えましたが、以前はあったはずのData Journalism AwardsのLonglistがすでに公開を終えていました(おそらく運営母体が変わったため)。取り急ぎ私の記憶が正しい前提で進めますが、もしLonglistやウェブアーカイブをご存知の方がいたら教えてくださいm(_ _)m

なぜこのような状態が続いているのでしょうか? 私は海外の報道機関についてそこまで詳しいわけではありませんが、日本の新聞記者やエンジニアと話して考えた仮説を書きます。

編集部とデザイン・技術の部門が離れている

おそらく最も大きな要因は編集部とエンジニアやデザイナーが距離的にも仕事上でも離れていることでしょう。一般的な新聞社や出版社では、編集部(編集局)には記者やデスクだけが在籍し、エンジニアやデザイナーは技術部・制作部といった別部署に在籍する体制が一般的だと推測します。

これは誌面・紙面の制作、あるいはCMSや社内システムといった大型の開発を前提とした組織構成でしょうが、データ報道に求められるジャーナリスト・エンジニア・デザイナーの密なコミュニケーションが物理的・心理的な距離に妨げられていることは想像に難くありません。

大手の新聞社や雑誌社の記者とビジュアル表現について話していると「社内発注」という語が頻繁に登場します。社内でエンジニアやデザイナーにコンテンツ制作を依頼するという意味ですが、この言葉が両者の距離感と暗黙の上下関係を象徴的に表していると感じます。

記者と他部門のヒエラルキー

次に思いつくのは記者と他部門のヒエラルキーです。特に新聞社など報道機関においては記者=主役であり、他の部門はそれをサポートするという図式になっていることが多いでしょう。私の会社は極めてフラットなほうですが、会社によっては給与テーブルもキャリアパスも完全に別れているようです。

そうすると、先の「発注」もそうですが、たとえば部門横断的に記者・エンジニア・デザイナーがチームとして協業することになっても、記者が方向性を決め、制作物をイメージし、エンジニアやデザイナーに指示をすることになります。プロジェクト・マネージャーとプロダクト・マネージャーを兼ねるような形です。

それ自体は悪いことではありませんが、当然ながら制作できるコンテンツの幅は狭まります。料理で言うとジャガイモ、ニンジン、豚肉を持ち寄って料理をするときに、普通であればカレーやシチューや肉じゃがなどの選択肢がありうるのに「ジャガイモが常に主役でなければならない」という制約がかかるような状況です。新聞社のエンジニア、デザイナーには「こんなジャガイモがあるからニンジンと豚肉で引き立ててくれ」という依頼を受けた経験があると思います。この体制がうまくいくのは、記者が技術にもデザインにも明るいスーパーマンである場合だけでしょう。

「開発者を書き手として扱おう」

どうすればこの問題が解決できるでしょうか?

米国のProPublicaという、小規模ながらピューリッツァー賞など多数の受賞歴がある報道機関は公式ブログで「報道機関の中でデータ班を立ち上げるための8つのヒント(8 Tips on Getting a Newsroom Data Team Started)」という記事を公開しています。


8つのヒントの中に「開発者を書き手として扱おう」(Treat your news-app developers as authors)というものがあります。理由について述べられている部分を抜粋します:

In order to make a great interactive news project, its creator needs to have had their hands deep inside the data from the beginning, where they will start understanding the possible stories it tells. They need to build the server code to support their ultimate vision without slow negotiation or the friction of brain-to-brain communication, and they need to design the presentation because they’re the person who understands the material and the visual story possibilities best.

素晴らしいインタラクティブなニュースプロジェクトを作るためには、その制作者は最初から、すなわちそれが語る可能性のある物語を理解し始めるところから、データの奥深くに手を入れていなければなりません。彼らは、ゆっくりとした交渉や頭脳間のコミュニケーションの摩擦を避けて、最終的なビジョンをサポートするためのサーバーコードを構築する必要があります。また彼らは、素材とビジュアルストーリーの可能性を最もよく理解している人なので、プレゼンテーションをデザインする必要があります。

要は、ジャーナリストだけでなくデザイナーやエンジニアも最終的なアウトプットであるストーリーテリングの構築に最初から関わるべきである、という話です。私もこの考え方に賛成です。コンセプトが明確なプロダクトは1人またはごく少人数のチームでしか作れない、と私は考えています。先の事例に当てはめるなら、1人のスーパーマンが作ることがあまり現実的でない以上、対等なチームで全員が意思決定に関わることが必要でしょう。

データ報道の「対応デバイス」仮説

もうひとつ、今までの論旨とは少し離れますが、日本でデータ報道があまり流行しなかった原因のひとつにデバイスの普及タイミングがあるのでは、と見ています。日本はデータ報道の輸入が遅かったために、データ報道よりもスマートフォンが早く普及し、それによってリッチなコンテンツの表現が育たなかったのではないか、という仮説です。

欧米で現代的なデータ報道のブームが起きたのは2010年前後です。『The Data Journalism Handbook』ではデータ報道の成功事例がいくつか挙げられていますが、(この書籍自体が2011年のワークショップの中で立ち上がった企画であることもあり)いずれも2010年前後の作品群です。

スクリーンショットを見ても分かる通り、当時はオンラインニュースをPCで閲覧することが主流であったため、PCの画面サイズや処理能力に対応したコンテンツが作られていました。

日本でデータ報道が話題になったのが、それより数年遅れた2014年あたりだと思います。象徴的なイベントは朝日新聞が主催したハッカソン『データジャーナリズム・ハッカソン』でした。

この頃には日本ではスマートフォンが普及していました。2013年にはすでにスマートフォンがフィーチャーフォン(従来型の携帯電話。いわゆるガラケ─)のシェアを抜いています。2013年はiPhone 5Sが発売された年です。今ではずいぶん小さいサイズに見えますが、このころは4.0インチ程度の画面サイズが一般的でした。

データ報道の普及よりもスマートフォンの普及のほうが先に来てしまったため、小さな画面&PCに比べてさほど高くない処理能力の端末でも無理なく読めるテキストが好まれたのではないか、というのが私の見方です。

スマートフォンに最適化したリッチコンテンツを作るのは、開発者にとっては慣れてしまえばそこまで苦にはなりませんが、最初はかなり違和感というか制約を感じると思います。私も留学中はPCを前提とした作品を課題として提出していましたが、帰国して東洋経済オンラインで作品を出すようになってからはスマートフォンの対応をまず考えるようになり、最初のころは少し苦労した記憶があります。

海外ではいわゆる「Scrollytelling」など、スマートフォンの端末に最適化されたデジタルコンテンツ表現が普及していることを考慮すると、これが第一の原因にはならないと思いますが、出だしでつまづく一端にはなったのではないかな、と考えています。


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