ロビン・ウィリアムズといえば「ストーカー」

それは、今から20年くらい前のとある金曜日の夜のことです。
当時中学生だった自分は、親とお茶の間で「ペット大集合!ポチたま」というテレビ東京系列の番組をボーっと眺めていました。
コマーシャルが流れる中、いきなり白髪(実際はクリーム色)のロビン・ウィリアムズが真っ白な背景の中で接客をしているカットが写ります。
「あなたの事を、あなたより知っている人がいるーー」というナレーションとともに、主演、題名、公開日がクレジットされ、15秒ほどのコマーシャルは終わりました。
「ロビン・ウィリアムズ老けたなぁ…」と母が驚いていましたが、それは役作りのためのメイクによるもので、実際はロビンが50代前半の頃の作品です。

その前年、「インソムニア」で既に悪役デビューを果たし、アル・パチーノと何やら眠たそうな顔同士で対峙する印象的なカットを雑誌で見てはいたものの、あの人気コメディアンのロビン・ウィリアムズがストーカー役というインパクトは当時大変大きなものがありました。
ロビン・ウィリアムズといえば、ヒューマンドラマや家族向けのコメディで数えきれないほど主役を張るハリウッドのトップスターです。果たして「ストーカー」は中学生の自分が観ても許されるような作品なのか……?
当時は片っ端から、「キネマ旬報」「ぴあ」等の映画情報をチェックし、「ストーカー」についてまさにストーカーの如く調べてみました。
「家族の大切さを再確認」という観客のコメントを読んでは、やはり子供から大人まで楽しめる映画なのかと考え、しかし意味深なカットを目にしては、いややはり子供が観るにはヤバいのではと案じ、17歳前後までは自主規制をかけ、結局レンタル化されてから実際にレンタルして観るまでに2年ほど躊躇した思い出の1本です。

私は今作でミニシアター系、アート系の作品というのを初めて意識しました。
サンダンス映画祭プレミア上映とか、ドーヴィル映画祭審査員特別賞とか書いてあっても、当時は見たことも聞いたこともない映画祭で、なんのこっちゃという感じでした。
最近本作を調べてみると、ハリウッドでは当初限定公開で好評を博し、すぐに拡大公開されて興収ランキングでは初登場3位だったみたいです。
少なくとも自分の最初の印象は、「戸惑い」でした。同じ時期、ロビン・ウィリアムズがはしゃぎまくる洋楽のCMがテレビで流れていましたが、そのイメージのギャップが本当に信じられない思いだったことを覚えています。

今回は、そんなマーク・ロマネク監督の「ストーカー」(原題:One Hour Photo)を19年ぶりに(先月いっぱいで解約した)ディズニープラスで鑑賞してみました。

ロビン・ウィリアムズと聞いて、皆さんはどんな作品を連想するでしょうか?

「グッドモーニング,ベトナム」「いまを生きる」「ガープの世界」「フィッシャー・キング」「ファーザーズ・ディ」「地球は女で回ってる」「グッドウィル・ハンティング 旅立ち」
以上は、自分がまだ未見の代表作の一部です。

自分が今現在観たことがある作品なら
「ミセス・ダウト」「フック」「ジュマンジ」「ジャック」「フラバー」「パッチ・アダムス」「9か月」「レナードの朝」「アンドリューNDR114」「聖なる嘘つき」「デス・トゥ・スムーチー」「ファイナル・カット」「RV」「奇跡のシンフォニー」「ナイト・ミュージアム」さらに「アラジン」「A.I.」「ロボッツ」「ハッピー・フィート」では声優として出演しています(以上、順不同)

しかし、自分にとって、ロビン・ウィリアムズの映画として、今まず最初に頭に浮かぶのはどういうわけかこの「ストーカー」なのです。

本作は、不思議な作品です。
あのロビン・ウィリアムズがストーカー役を演じたという1点集中によって大きな話題を集めたサイコ・スリラーですが、「ストーカー」という邦題がミステイクだという指摘が数多くのレビューから散見されます。
しかしそれは本当なのでしょうか。

初めて今作をレンタルで観たのは17歳くらいの頃でしたが、最初は母と、2度目に父と合わせて2回観た覚えがあります。
今回は1人で観ました。

ロビン・ウィリアムズ演じるサイという初老の男が、警察で顔や全身の写真を撮られている場面からこの映画は幕を開けます。

サイが刑事から取り調べを受ける中、事のあらましを回想する…というシチュエーションの中、物語は進行していきます。

サイは、(今はすっかり廃れてしまった)大型スーパー店内のスピード写真店に長年勤めている一見善良な一般市民です。
しかし、サイの一人称で映画が進んでいく中で、観客は幾度も疑問を抱かずにはいられなくなり……という作りに本作はなっています(こうした手法の作品はカズオ・イシグロの小説「日の名残り」が有名です)

サイは、あるお得意様の家族の一員になりたいという願望を密かに抱いています。それも、一家と親しい親戚のサイおじさんになりたいという非常に風変わりなものです。そのため、その家族の写真を焼き増しし、自宅の壁に大量に飾っています。

そのストーカー行為は次第にエスカレートし、偶然を装って店外のフードコートでその客と接近したり、嘘をつくことも躊躇わずにお得意様とプライベートでも仲良くなろうとします。
お得意様の1人息子にも接触を図り、スーパーで欲しがっていたオモチャをプレゼントしようとするのですが、息子は丁寧に断ります。

この作品が単なるストーカーの恐怖を描いたものではないのは、このお得意様の主婦と1人息子は、サイのことを怖がっていないところにあります。
むしろ、あの写真屋さんはひとりぼっちでかわいそうだと息子は母に相談し、2人でサイのためにお祈りをするシーンが冒頭に出てくるのです(信教の自由に配慮してか、祈るというよりも念じるという描写になっているのも、いかにも現代風という感じが個人的にはします)

さて、お得意様の一家に理想の家族像を見い出していたサイは、ひょんなことから一家のご主人の浮気を知り、理想の家族像が虚像だと分かってから精神が崩壊し、暴走することになるのですが、(今回はネタバレを控えるため詳しく書くのは控えます)

本作は、二重の裏切りによって成立している作品です。

まず、あのコミカルでハイテンションでマシンガントークの王様ともいえるロビン・ウィリアムズが暗く、地味で、物静かな冴えない初老の男(しかもストーカー)を演じていること

次に、サイは客観的に見てもストーカーでありながら、全くのサイコパスとして片付けられない、狂気の入り混じった微妙な善人として描かれていること(それがラストのオチでもある)

これが二重のどんでん返しです。
本作は、ディズニープラスではR15指定になっていますが、少なくとも映画公開時は年齢制限はなく、露骨な性描写や暴力表現はありそうでありません。
ネタバレになるのでこれ以上は控えますが、ラストでサイが刑事に吐露するセリフが本作の主題ではないかと思える重要な言葉です。

勿論、サイの行為は正当化することはできません。サイがやったことは何度観ても意味不明であり、自己義に基づく私刑の執行に他なりません。
作中、サイが自分の罪を悔い改めたという描写はありません。サイが思い込みの強い、まわりの人と上手く、また深く意思疎通ができないかわいそうな人間であることが淡々と描かれているだけです。

ただ物語上、結果として誰も傷つけない方法で、犯罪を犯した男の姿を描いた本作を提示した製作者の意図は一体何だったのでしょうか。

分かりませんが、自分には、本作は、とても身につまされる内容です。
人がだれかを愛し、だれかに愛を求め、だれかに愛されるという一見普通のことが、ちょっとでも歯車を狂わせると、人は誰でもこのサイのようなストーカーになり得るという論法は暴論でしょうか。

私たちは誰一人として、ストーカーになりたくないし、ストーカーに狙われたくないし、ストーカーと思われたくないと思います。

しかし、一方的な思いを持って、たとえば芸能人のニュースやSNSを見てしまうことはありますし、ときには妄想に浸ることもあるかもしれません。

今、世間を騒がせている有名人の不同意わいせつの性加害疑惑、職場でのパワハラやセクハラ、家族間のモラハラと呼ばれるものも、当事者間の意識の食い違いから起こるケースが多く指摘されています。

人と人が互いに意思を尊重し、お互いの意思をきんと確認しあって、友情なり愛情なりを育むのは、非常に尊いものです。

本作は、孤独を感じたことのあるすべての人に、単なる犯罪者・変質者・精神異常者というマスコミ好みのレッテル貼りから解放されて当事者として(もしくは当事者の良き隣人として)ストーカーを考える上で必見の秀作といえるでしょう。

また、雑誌のランキングではドラえもんの実写版に相応しいハリウッドスターとして挙げられたり、来日時には尿瓶を手にして「シビン・ウィリアムズ」とふざけて会見したり、90年代はジム・キャリーやエディ・マーフィーと並ぶスタンダップコメディ出身の演技派として大活躍したロビン・ウィリアムズの影の部分をリアルに映し出す作品として、本作はまさしくロビン・ウィリアムズの代表作ではないかと思います。

最後に……
昔は、本作のような白黒割り切れないタイプの映画は、内容もタイトルも、洋画よりは邦画とかのほうが多い印象がありました。
ところが、本作はハリウッドのインディーズレーベルである20世紀フォックス サーチライト製作で、タイトルも、邦題のほうが原題より無機質で単刀直入なものになっています。
時代が変わると、それまでの当たり前の価値観も様変わりすることの好例であり、移り変わる世の中にあって、変わることのない普遍的な家族の重要性を裏側からスポットを当てたのが「ストーカー」なのです。
(と今回も無理矢理にまとめてみました)

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