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新型コロナ:ニューヨークで起こったこと、東京で起こること2

前回はNYCと東京の様々な環境の違いについて述べてみた。今回はNYCの状況を確認しながら、「感染拡大」に注目して、その違いについて具体的に掘り下げてみたい

感染者爆発エリアの特徴

まず、この地図を見てもらいたい。

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画像:New York Timesの集計画像を加工
NTY(2020), A Month of Coronavirus in New York City: See the Hardest-Hit Areas
https://www.nytimes.com/interactive/2020/04/01/nyregion/nyc-coronavirus-cases-map.html

これは、ニューヨークタイムスが作成した、4月1日現在の感染者数マップである。丸の大きさが発生クラスタの規模を表す。そして、筆者が特筆すべきエリアに番号を振った。

この画像を説明する前に、NYCの地理区分を説明する必要がある。NYCは5つの行政区から構成される。すなわち、Manhattan, Bronx, Brooklyn, Queens, そしてStaten Islandであり、これらを総称してFive boroughsと呼ぶ。

同地図の北部にひょろっとある逆三角形の南部がManhattan(マンハッタン)で、その北東がBronx(ブロンクス)。マンハッタンの南に広がるオーストラリア大陸のような土地の北部がクイーンズ(Queens), 南部がブルックリン(Brooklyn)。そして、南西部にある離れ小島がスタッテン島(Staten Island)である。

筆者が番号を振ったのは、クラスタが大きく集中している箇所だが、それぞれを説明していこう。

1.  Elmhurst:クイーンズ

医療崩壊で有名になったElmhurst病院があるエリア。厳密に言うとこの地区名は奇しくもCorona地区といい、その中心地的存在がElmhurstである。クイーンズの交通拠点でもあり、地下鉄のE, R, F, 7,が走る。マンハッタンから地下鉄で20分くらい。人口構成は46%がヒスパニック、43%がアジア人。年収の中央値は5万ドル程度。NYCで暮らすには全然貧乏である。筆者は一度この辺に住もうと思って内覧に行ったことが有るが、家賃は比較的安め。月1200ドルくらい払えばで1BR(Bed Roomの略。日本でいうと1LDKに近い)専有部屋が手に入った。ちなみに僕のマンハッタンの部屋は3BRの1部屋を借りるルームシェアで同じ値段した。

2. Jamaica : クイーンズ

クイーンズのはずれにあり、東にベルモントパーク競馬場、南にJFK空港があるエリア。ヒスパニックが38%、アジア人が24%、アフリカン・アメリカンが22%。年収の中央値は4.8万ドル。ボッタクリの白タクドライバー(Uberではない)の宝庫としても有名。かなり治安が悪い。夜中一人で歩けばかなりの確率でやられると評判だった。統計情報ではなく、あくまで経験者知人からのコメント。

3. South Bronx: ブロンクス

泣く子も黙る有名なサウス・ブロンクス。ヤンキースタジアムでも有名だが治安の悪さでも世界的に有名。だが、その知名度ほど治安は悪くない。あくまでニューヨーク内において。1970年〜80年あたりはスラム化して相当やばかったらしいが、今はそれなりにやばい程度。ギャング抗争からのヒップホップの聖地となって治安はまともになった。人口や収入構成はブロンクス全体として次項で説明。

4. East Bronx:ブロンクス

ブロンクス動物園より北側のエリアで、厳密にはブルックリン川より東の方。治安も良くないが、それよりも結構田舎になってくるので、閑散とした感じ。こういう人通りが少ないエリアは夜結構怖い。サウス・ブロンクスのほうが都会で、サウスで働いたりする人が住んでる場合も多い。
人口統計として、3と4をあわせたオールブロンクスで見ると56%がヒスパニックで45%がアフリカン・アメリカン。アジア人は4%程度と少ない。年収中央値は3万6000ドルで、所得的には貧民エリアと言っていい。

5. South Brooklyn:ブルックリン

今はあんまりそういう風に呼ばないが、Prospect Parkというでかい公園があって、その南の方のあまりよろしくないエリアというイメージがある。Prospect Parkは植物園で有名で、NYCの桜の名所でもある(日本からソメイヨシノが寄贈されており、Japanese Gardenがある)が、夜は速攻で帰れ、が合言葉。隣接するFlatbushやBorough Parkは大分開発されてきていて、お値ごろな新築アパートが多い。筆者はこの辺に引っ越してみようと思ったが、友達に「絶対やめとけ」と全力で止められた。中心地とも言えるFlatbushの人口統計は、48%がアフリカン・アメリカン、20%がホワイト・アメリカン、19%がヒスパニック。年収中央値は5.6万ドル。

6. Williamsburg:ブルックリン

おしゃれエリアとして有名になっているのがこちら。日本で流行りの、いわゆるブルックリン・スタイルのおしゃれカフェが立ち並ぶ。これまでの5件とは随分毛色が違う。昔は危ないエリアで、今も繁華街を離れれば結構デンジャラス。繁華街からちょっとはずれれば、普通に電線にギャングの縄張りマーク(バスケットシューズをぶら下げる)があったりするので、気をつけるべし。ニューヨーク日本領事館から定期的に送られてくるメールにも、日本人の犯罪遭遇ランキングで常に一位か二位の場所である。一方、Williamsburgも、その北にあるDamboも今や高給取りが好んで済むエリア。その理由はおしゃれな店やクラブから徒歩圏にマンハッタンの摩天楼を望む絶景のマンションであり、大抵億ション。人口統計はホワイトアメリカンが66%、ヒスパニックが26%。年収中央値は7.6万ドル。

この6つが感染クラスタが大きく集中しているエリアだが、そこに法則性はあるのだろうか?

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見えてくる傾向

まず、1〜5までは所得が低いエリアで、ヒスパニック、アジア、アフリカン・アメリカンといった有色人種が多い街。そしてマンハッタンから結構距離がある。基本、これらの人たちは、マンハッタンの繁華街で働き、地下鉄に乗って夜中に帰る人達である。もちろんそうじゃない人も多く居るが、大多数は接客業に就いているだろう。マンハッタンは家賃が高すぎて、大企業に務めている高給取りでも大変。まして、家族持ちなら年収10万ドルでもきつい。地下鉄が通っていてマンハッタンに近く、家賃が比較的安いエリアが1のElmhurstあたり。それよりマンハッタンよりだとかなり人気エリアで家賃は高いし、少し遠くなると戸建て主体の高級住宅街になってしまう。(Elmhurstの駅2つ先のForest Parkは一戸建ての多い高級住宅街。日本人も結構住んでいる。)JamaicaやBronxは遠いけど通えない距離じゃないし、更に家賃が安くなる。ブルックリンのFlatbushはこの数年高級化が進んでいるが、基本的に家賃の安いエリアである。Elmhurstより年収中央値が少し高いが、NYC暮らしでは全然裕福ではない。ニューヨーク市が定義する低所得者(保護対象となる貧困層は更に下)の定義は年収5.8万ドル以下である。つまり、この5つのエリアの年収中央値は低所得者ということになる。そして、何らかの理由で経済的に成功したなら、彼らはこの街を出ていき、小綺麗で治安がよく、教育環境も充実したマンハッタンの高級エリアに移り住む。それがNYCである。

6のWilliamsburgだけちょっと毛色が違う。ブルックリン随一の高級住宅街であり、オフィスワーカーも多く住んでいる人気のエリアだ。
ここでの感染爆発に考えられる理由は、この町は繁華街かつ居住地区であるということだろう。Williumsburgでは様々なクラブイベントが毎日のように開催されており、マンハッタンからわざわざ訪れる客も多い。素敵なバーやレストランもいっぱいある。ステーキの殿堂、Peter Lugerもこの街にある。今どきのNYCで一番オシャレなクラブイベントは大抵このあたりで開かれる。ニューヨークのあちこちから集まった若者たちがオールナイトで飲み明かす。集団感染の条件は揃っている。そして、この繁華街で働く人々は、近くに住んでいる。Williamsburgは近年突然栄えたエリアで、もともとは貧しく治安のあまり良くない場所である。徒歩圏に安い物件がいっぱいあるし、一歩通りを超えればギャングストリートにもなり得る。高級アパートは川沿いの再開発エリアに集中している。僕の友人はこのエリアの隣のBushwickという地区に住んでいた。Williamsburgの地価高騰で同地区も開発が進んでいるがまだまだ変な人がいっぱいいるという。友人曰く、「ある朝駅前で10人くらいの黒人が泡を吹いていた」という。このことは全国ニュースにもなったのだが、K2というドラッグでゾンビ化していたようだ。K2はいわゆる合成大麻であり、チープドラッグと呼ばれる、たちの悪いドラッグ。この事件が起こったMyrtle Avenue & Wyckoff Avenue駅はBushwickの東にあり、Williumsburgから2kmくらいである。おしゃれエリアから15分も歩けばこんなエリアに行き当たるのだ。

ちょうど、僕が聞いたK2事件に触れている日本語記事が奇跡的に見つかったので添えておく。
RollingStone(2016), 合成大麻の真実:ゾンビタウンを生み出す「K2ドラッグ」の正体とは, retrieved from
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/26260

これらを総合すると、1〜5のエリアは低所得者が多いエリアで、人種構成率はヒスパニックとアフリカン・アメリカンが高い。彼らは、前回述べたような土足入室、洗濯環境共有、といった全ての住居条件を満たしたアパート環境に住んでおり、かつ年収も低いので医者にかかる確率も低い。そして、毎日マンハッタンのミッドタウンやチェルシー、SOHOなどの繁華街に移動して接客業に従事し、地下鉄やUberで深夜家路についている可能性が高い。
繁華街で感染し、家に帰って家族やルームメイトに感染する。そして、自分のローカルコミュニティ内で感染を拡大する。上記エリアでの感染数が顕著なのは繁華街を一次感染源とした人たちが居住地区で二次感染を引き起こしたということだろう。そして、その爆発力は感染を助長する住環境と医療習慣によって拡大された。そしてこの展開の背景には、NYC独特の収入格差と人種構成、居住エリア社会構造がある。6のWilliamsburgに関しては、このエリア自体が繁華街兼住居地であり、一次感染と二次感染の条件を兼ねていたためと思われる。

何故マンハッタンではアウトブレイクしないのか?

では、何故マンハッタンでアウトブレイクしないのかを考えてみる。
いや、してるけど、比較的少ないのは何故か?

まず、マンハッタンは家賃が高いので、中流以上のある程度の収入がないと住めない。高収入ということは、接客業で雇われている可能性は低い。オフィスワーカーやフリーランスがほとんどだろう。多くのマンハッタン住民は接客業ほどの濃厚接触環境には居ないと思われる。

高収入であれば、住環境も悪くない。$2000払えば、個室エアコンと洗濯機付きで清潔な部屋に、一人で住むことができるだろう。家賃に$2000払えるなら、高くても医者にかかることはできるし、何より都心のオフィスまで自転車で通うことができるので公共交通機関による感染リスクも低い。実際、ニューヨーカーは自転車通勤が多いしCiti Bikeなどのバイクシェアも早くから存在する。筆者も自転車を多用していた。

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もちろん、マンハッタンにも安く住めるところはある。僕が最初に住んでいたEast Villageの端っこはプエルトリカンが多く、貧民街とも言える場所だった。2番目に住んだHarlemも最近はかなり所得の高い人々が住むようになったが、まだまだスラムは多い。プロジェクトと呼ばれる低所得者専門のアパート群もある。極端に貧しい人たちは生活保護や医療保護を受けている。そして、そもそもまともに働いていない。繁華街で定職につくことは、彼らにとってもう一段上の社会階層である。彼らの多くはスラムの中のコミュニティとしか接触していない。マンハッタンの同低所得地区が比較的感染爆発していないのは、皮肉なことに社会分断のおかげかも知れない(致死率となると違う話になるが)。そして、更に皮肉なことは、低い賃金で真面目に働き、貧困層に落ちないで頑張っている低所得者層たちは、医療サービスにアクセスできず、感染リスクの高い仕事につき、そしてマンハッタンには住めないのだ。

また、マンハッタンで貧乏暮らしをする他のグループには、アーティストと学生がある。売れない役者だったり、貧乏留学生なんかはマンハッタンの安い部屋でルームシェアをしている場合がある。複数の人間と濃厚接触量が多い彼らがマンハッタンの感染を広げている可能性は高い。しかし、少数派である。僕の学生時代のクラスメイトはほとんどマンハッタンには住んでいなかったし(金持ちの息子はミッドタウンとかに住んでいたが)、ダンサーやアクターの友達もまた然りである。僕のルームメイトはオフ・ブロードウェイの役者だったが、その友達の殆どはブルックリン在住だった。

もう一つ。マンハッタンには病院が多い。東京なら普通だが、歩いていける距離に病院が2、3件はある。良くも悪くも、救急車のサイレンは毎晩どこかで頻繁に鳴っているし、First Aidとよばれる簡易診療(解熱や怪我など応急診療専門の施設)もあちこちに有る。本当に症状が酷ければ徒歩圏に駆け込む場所があるのだ。しかし、クイーンズやブルックリンではそうは行かない。マンハッタンより面積が広いにもかかわらず、大型病院は少ない。医療崩壊で世界的に話題となったElmherst総合病院があるクイーンズのコロナ地区には結構面積が広いが、総合病院は数件しか無い。

マンハッタン在住者で繁華街で働く人は多くない。そして、医者にかかれるだけの年収をもっており、任意保険にも入っている人も多い。そして、人口一人あたりの病院数も多いのだ。

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図表:https://www.bloomberg.com/graphics/2020-new-york-coronavirus-outbreak-how-many-hospital-beds/

上記の図はbloombergによるニューヨーク市の病床数(4/22現在)を表したものである。LGAという空港マーク(ラガーディア空港)の左下にある大きな円が先述のElmherst総合病院である。比べて、マンハッタンの病床数は圧倒的に多い。ちなみに、マンハッタン西武にあるオレンジの大きな丸はJavits Convention Center(本来はコンベンション・センター)に特設された緊急施設であり、本来は病院ではない。

ともあれ、マンハッタンは他の地区に比べ、比較的感染を抑えることができる条件が揃っているため、先述の1-6地域より発生数は少なく住んでいる。さらに補足すれば、マンハッタンの富裕層は感染拡大初期にロングアイランドの別荘地に逃げてしまったので、そもそも高級住宅エリアの居住人口が減ったことも一因だろう。それでも、東京では考えられないサイズで蔓延してしまったのがNYCの現状である。

NYCコロナ感染拡大のメカニズム

まとめてみよう。

1. 爆発的感染が起きたエリアは、基本的にマンハッタン外の低所得者層が多いエリアに集中している。
2. 同エリアの人種構成はヒスパニックとアフリカン・アメリカンが多い。
3. NYC低所得者層は基本、繁華街で働く。
4.貧困エリアは大きな感染クラスタ形成をしていない(致死率は別)。

というところだろうか。

誰がコロナを持ち込んだかはわからないが、アウトブレイクの引き金になっているのは繁華街であることは間違いない。そして、ここで感染した人が居住地で感染を広げ、二次感染者は医者にかからず、また繁華街で働く。この繰り返しが感染爆発を生んでいるのは間違いない。そして彼らの居住区はブロンクスやクイーンズ、ブルックリンの特定エリアに固まる。感染者は同じルートでひたすらシャトル移動をし続けるのだ。

悲しいことに、安い家賃でやりくりしながら頑張って働く、貧しくも勤勉な市民達によって、アウトブレイクは爆発的に拡大してしまったのだ。

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ここで触れておきたいのが、NYCにおける勤労職種と人種の関係性である。少なくともNYCにおいて、キッチンはヒスパニック、ショッパー(販売員)はアフリカン・アメリカンというのがステレオタイプである。もちろん、他の人種もいっぱいいるが、やはり彼らの比率は高い。ラテン・アメリカの人達は勤勉に働き、飲食業の裏側を支えている。キッチンにアミーゴが居ないレストランなんてほとんど無いと思う。また、アパレルショップやスーパーの店員だったり、郵便局や銀行の窓口業務はまたアフリカン・アメリカンが圧倒的に多い。また、コロナ禍の中で街の必須業務に従事するエッセンシャル・ワーカーにも両人種は多い。これらの、ハードでルーティンな業務は有色人種の仕事なのである。そして、彼らの構成比が高い居住エリアは大抵住環境が悪い。差別的視点で言っているわけでは決してない。悲しいぐらいにこれがNYCの現実である。

ITmedia(2020), 新型コロナで「貧富の差」浮き彫り 貧困地区の地下鉄は大混雑 富裕層は別荘地へ, retrieved from
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2004/09/news058.html

筆者は、感染拡大は貧困層によるものではなく、真面目に働いている中〜低所得者達によって引き起こされたと考えている。その背景には、高すぎる家賃と医療サービスがある。家賃が高いから友人同士でルームシェアをするし、正規診療はギリギリまで我慢せざるを得ない。住環境や衛生習慣がさらに感染条件を拡大する。彼らの仕事はリモートでは出来ないし、有給休暇もない。彼らは勤勉に働き、同じ経路を往復して感染を拡大した。

COVID-19の感染爆発は、アメリカ社会が抱えるジレンマをそのまま体現している。そして「多様性と自由を尊重する、眠らない街」ニューヨークであるからこそ、その悲劇は甚大なものとなった。NYCは、どの都市よりもまばゆい光と暗い影を併せ持つ街なのである。

次回は致死率と、東京との比較について考察したい。


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