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僭主の円環―ヴェルトゥール・サーガⅠ―

茜に染まる空に紺色が忍び寄る。

雲の帳が赤々とした太陽を飲み込み始めると同時に、草原に点在する石柱の影は濃さを増して、暗闇との境が曖昧になっていった。

空に星は瞬かず、3重に交錯する眩い『円環ハイロゥ』が走っている。あまねく生命の輪廻を司る、神のみわざだ。



そのひとつにヒビが走り、僅かに砕け散り、こぼれた残滓が煌めいた。すっかり濃紺に染められた空に、虹色に光り輝く残滓が彩りを添えた。

ひび割れ、砕け、煌めいて。
『円環』が虫食いのように壊れていく下を、メリアウェルンの下級騎士が二足の地竜ノームに跨り、息を切らしながら走ってゆく。

獣皮と粗鉄の鎧に、土埃に塗れた外套。継ぎ接ぎで修繕された大袋に、錆止めの漆にまみれた黒い両手剣。荒々しい操竜に、錆が浮かぶ兜ががちゃついた。

空気が震えた。地鳴りのように響く轟音。『円環』が微かに照らす地が、再び影で塗りつぶされる。空には火竜サラマンダーが騎行していた。4枚の翼、赤く燃える岩肌の龍鱗。本来は空軍が戦略爆撃騎として運用するたぐいの大きさだ。

火竜の翠に染まった虹彩は、下級騎士を捉え、鋭い牙が生え揃った口の隙間から炎が吹き出しては消える。

下級騎士は兜の隙間から荒々しく呼吸し、空から散りばめられた虹色の欠片を掴まんとする。火竜の唸りを聞き、振り返る。火竜の胸が、喉が膨れ、空気が収縮する感覚。火吹きが目前に迫る。焦燥。眼前に虹色の欠片。手を触れ、それが何なのかを理解し、『展開』する。

下級騎士の左肩甲骨から指先にかけて、青白い陽炎が吹き出し、それが鎧を、髭面を、大盾を生み出した。

『剛盾卿ラウランダ』
死した彼の残滓をまとい、騎士は火竜へ向き直る。


刹那。


赤い竜鱗を砕き、貫く槍。

上顎と下顎を縫い留められ、口内の爆発に悶える火竜。槍は空気を裂いて、ラウランダの盾へと食い込み、容赦ない圧を騎士の足に与える。

槍は、青白い陽炎のように揺らめいていた。



【つづく】

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