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呂澤|劉一族による史記改ざんの痕跡

ちょうど1年前に、劉邦が項羽を破った最大の理由が、呂氏一族の財産とネットワークにあることを記事にしました。

今回はこれをさらに裏付ける考察をしたいと思います。

呂澤という人物

今回の主役は、呂澤(吕泽)という人物です。ご存知でしょうか?後の周呂候です。

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名前から分かる通り、呂氏です。劉邦と項羽の楚漢戦争時に、劉邦側の武将でした(おそらく将軍クラスかと思います)。彼の功績は大きかったにも関わらず、やはりその偉業に関しては不自然なほど「消されて」いるのです。

呂澤が史記から消された痕跡

具体的に「どう消されているか」は、陳力氏の論文「前漢王朝建立時における劉邦集団の戦闘経過について(下)」に纏まってますので、少し引用させて頂きながら進めます。

(中略)この楚漢戦争の重要決戦である汜水の戦いの際には劉邦が黄河の北岸に滞留していたことになる。つまり,巩周辺の戦闘及び汜水の戦いを直接的に指揮したのは劉邦ではなかったことになる。この劉邦集団に対して極めて重要な戦闘について,史料に劉邦軍の指揮官に関する記録は不自然といえるほど曖昧である。

引用:陳力氏「前漢王朝建立時における劉邦集団の戦闘経過について(下)」

巩周辺での戦いを直接指揮したのは劉邦ではなく、呂澤であると陳力氏が述べています。

(中略)呂澤はもっとも地位が高くて複数の参戦将校は呂澤と緊密な関係があるから,筆者は汜水の戦いの指揮官が呂澤だとおもう

引用:陳力氏「前漢王朝建立時における劉邦集団の戦闘経過について(下)」

私も史記の記述と戦後の論功行賞から(後述します)、各所で項羽軍を撃破したのは韓信以外の将軍がいたと確信しています。それが前回の記事で書いた呂氏であると考えていました。その呂氏の軍隊を裏で指揮し、財力で大動員をかけたのは呂雉しかいません。劉邦の妻です。

確定した劉一族による史記改ざん

それは次の文章でも纏まっているので、継続して引用させて頂きます。私が感じていた疑問と全く同じ箇所です。

劉邦軍の指揮官及び参戦部隊についての記録は非常に漠然で曖昧である。『史記』巻十八高祖功臣侯者年表の記録からみれば,漢初の論功行賞の時に「破曹咎成皋」は重要な指標の一つで,これほど重要な戦闘でありなが
ら,なぜその指揮官に関する記録が漠然になっているのかというと,この現象はおそらく呂氏退治の後の史料改刪によって発生したことではないかと推測する。

引用:陳力氏「前漢王朝建立時における劉邦集団の戦闘経過について(下)」

当サイトを長くご覧になってきた方は良くご存知かと思いますが、劉一族による「呂氏の痕跡削除」は史記において決定的です。呂不韋の偉業がすべて消され、プライベートばかりに焦点があたり、呂雉然り、そして楚漢戦争においては呂雉と呂澤の連携による項羽軍撃破の偉業も消されているのです。

これで「劉一族による呂氏の痕跡削除」に異論がある人はいないでしょう。歴史は勝者が書き換えるのです。劉一族の権威のために、消さなければならないことは消し、改ざんしたわけです。

呂澤の楚漢戦争における功績についても、史記には下記の記載があるのみで、詳細は一切書かれていません。

是時呂后兄周呂侯為漢將兵居下邑,漢王閒往從之,稍稍收其士卒。至滎陽

(訳)劉邦は呂后の兄の周呂侯が漢軍救援のために兵を率いていた下邑(安徽砀山県)に行って、兵を集めて「滎陽」(河南省鄭州市滎陽)へ向かった。

史記・項羽本紀より

にも関わらず、楚漢戦争集結(紀元前202年)後の論功行賞において、紀元前201年に周呂侯に封じられています。

結論

楚漢戦争における呂氏一族の功績は多大なものであったにも関わらず、その詳細は史記から意図的に消されたようで(それだけでなく齟齬も多数、今回は割愛します)、呂氏に関する史記の記述においては、前漢時代の劉一族の思惑が働いて削除または改ざんされていることが否めません。

そもそも、高祖2年(紀元前205年)に劉邦が彭城の戦いで項羽に大敗し、逃げ込んだ先が呂澤の軍なのです。この戦いで、呂雉は項羽軍に捕らえられ人質となってしまうのです。呂氏一族、特に呂澤が呂雉奪還のために呂氏の財力及び兵力を総動員したことは間違いないでしょう。

なぜならこの呂澤、劉邦の妻・呂雉の実兄なのです。

<あとがき>
今回、論文を参照させて頂いた陳力氏とは、史書を見る観点がほぼ一緒で驚きました。日本においても、歴史とは「勝者の歴史」であって、都合の悪いことは隠されてしまいます。私は呂不韋ほどの傑物が、なぜあのような最期を迎えるのか不思議でなりませんでした。そこからスタートした妄想考察が、本当は事実だったのではないか?と思うに至る、素晴らしい論文です。ここに謝意を表したいと思います。


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