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探偵朝月VS怪盗夜眠 -Chained Stage-

-これは、夢を盗む怪盗と、それを追いかける探偵の物語-

 目を開けると、僕は薄暗い部屋の中にいた。
 バチバチと点滅する消えかけの蛍光灯、シミや汚れでまだら模様になっている壁と床、ツンと鼻に刺さる消毒液のような臭い…。

 どうやら僕は椅子に座っているようだ。頭と首が何かに固定されていて一切動かすことができない。ベルトのようなもので縛りつけられているみたいだ。ガッチリと固定されていて横を振り向くことすらできない。

 両腕、両足、腰にも同じような拘束をされている。部屋が暗く、頭も動かせないので自分の体がどうなっているのかすら把握できない。

 とにかく動いて体の自由を得ようとしてみるが、ベルトが軋むギシギシという音が部屋に響き渡るだけだった。

 顔に汗が流れ落ちてくるのを感じる。それと同時に、こめかみあたりにズキズキとした痛みが走る。

 なぜ僕がこんな状況に陥ってしまったのか、それを思い出そうとする。しかし、何も思い出せない。頭にモヤがかかってるみたいだ。どうしてこんなことに?
 流れる汗が止まらない。いや、これは汗じゃない。鉄錆のような臭い…。こめかみの傷から滲み出る血だということに僕はようやく気がついた。

 僕は頭部に怪我をしている?頭を殴られたショックで記憶が飛んでいるのか?信じられない話だがそれぐらいしか可能性が思い浮かばない。何者かが僕を殴って気絶させ、この部屋に監禁したのだろうか…?という推理が浮かぶ。

 僕への恨みのある人間による復讐?あるいは身代金目当ての誘拐?なんにせよ良くない状況なのは確かだ。

『『さあ、ゲームを始めよう。』』

 突然部屋のどこかから声が聞こえてきた。声色は加工がされていて、男なのか女なのか、老人なのか若者なのかも判別できない。

「誰だ!僕をこんなところに閉じ込めて、一体何が目的だ!」

 僕は大声で問いかけた。しかし、それに対する返答はない。

『君がこれから挑戦するのは簡単な推理ゲームだ。謎を解き明かせば君はその窮屈な箱から出られる。』

 ジー、というテープの再生音と共に声が聞こえてくる。どうやら録音が流されているようだ。
 この声の主は、僕をこの部屋に閉じ込めて拘束した犯人なのか?推理ゲームとは何だ?様々な疑問が頭に浮かぶが、その間にもテープの再生は続いている。僕はとりあえず耳を貸してみることにした。

『制限時間内に謎が解けなければゲームオーバー、君は永遠にこの部屋から出られない。』

『この推理ゲームで君が解く謎はたった一つ。簡単な問題だ。"どうして君はここに閉じ込められているのか?"その理由を自慢の推理力で導き出すことはできるかな?』

『謎を解き明かすための鍵は既に提示されている。答えがわかったら大声で叫んでもらえればいい、正解ならその拘束と扉のロックは自動的に解除され、君はここから脱出できる。何度解答を間違えてもペナルティはない。失敗を恐れず全力でチャレンジしてくれたまえ。それでは、ゲームスタートだ。』

 その言葉を最後にテープの再生が止まり、ブゥンという電気的な音と共に天井に大きなタイマーが点灯した。10分から一秒刻みでカウントが進んでいく。

 一体どういうことだ?理解が追いついていない。僕がここに閉じ込められている理由?その理由を解明すればこの状態から解放されるのか?でも今の音声が本当のことを言っているという保証もない。僕はどう行動すべきなのか?

 あれこれ逡巡しているうちにも時間は進み、タイマーの数字はどんどん減っていく。残り6分30秒。とにかく現状身動きすらできない状況だ。このまま無策で体を揺すっていても事態が好転するとは思えない。声の主が持ちかけてきた推理ゲームに挑戦してみるべきなのか?

「僕がこの部屋に閉じ込められた理由…。」

 それを推理しようにも僕の記憶は抜け落ちてしまっている。頭を怪我したせいか?その怪我も閉じ込められた理由と関係があるのか?謎を解き明かすための鍵は全て既に提示されている、と声の主は言っていたが…。答えへの"鍵"が僕の消えた記憶の内にあるのであれば、この謎は解けないのではないか?

「僕への恨みを持つ人間が、復讐のために閉じ込めた?」

 根拠も確信もないが、とりあえず答えを提示してみた。しかし何一つ反応はない。不正解という事か?そもそも僕の声は出題者に聞こえているのか?

 タイマーは進み続ける。残り3分。

「身代金などの交渉材料にするために僕を誘拐、監禁しているのか?」

「監禁する事で僕の仕事を邪魔したかった?」

「誰にも見られない状態で僕を殺害するため?」

 思いついた憶測を何個か提示してみたが、それでも何の反応も返ってこない。僕自身これらの答えが正解だとも思っていないが、しかし不正解だという確証もない。何もかもが曖昧で手応えのない不安ばかりが胸の奥に蓄積していく。

 残り3秒、2秒、1秒…。

大きなブザーが鳴り響く。

「ま、待てっ!」

ガコン!という音と共に部屋の明かりが一瞬で全て落とされ、視界は闇に閉ざされた。

……………………………………

……………………………

………………………

……………
………
……

 あれから何時間経っただろうか。暗闇の中、僕はずっと椅子に縛り付けられたままだ。

 これが僕を閉じ込めた犯人の望んだ結果なのか…?どうしてこんな周りくどいことをするんだ?僕を排除したいだけだったらもっと簡単な方法でできるはずだ。

 それとも、僕が謎を解くことを期待していたのか?僕がもし正しい答えを導き出していたとしたら、その後どんな事態が起こっていた?

…駄目だ、いくら考えても堂々巡りで明確な答えなんて出やしない。

身動き一つできない状態で、迫る不安だけがどんどん大きくなっていく。まるでたちの悪い悪夢だ。

悪夢…。

…夢?

「…そうか、分かったぞ。」

 頭にかかっていたモヤが晴れていく。

「…なあ犯人さん、まだ見てるんだろう?」

 暗闇に向かって僕は問いかけるが、返事はない。

「…知らんぷりかい?それとも、自覚をしてないのかな?君は必ず見ているはずだ。なぜならここは君の夢の中なんだから。」

 部屋の暗闇が溶け出す。ヘドロのような暗黒が地面を伝って流れていき、闇が晴れた先には1人の人間が立っている。

「ようやく会えたね、犯人さん?…いや、こう呼んだほうがいいかな。
探偵、朝月」

 目の前のハンチング帽を被った少年は、目を瞑ったまま立っていた。

「夢の中で寝てるなんて、ずいぶん器用なことするんだね。それとも、全部無意識なのかな?僕を拘束して部屋に閉じ込めたことも、理不尽なゲームを仕掛けてきたことも。」

話しかけても少年に反応はない。

「いろんな人の夢を見てきたけど、こんな変わった夢は初めてだよ、さすが名探偵といったところかな。夢を盗まれまいとする防衛本能だけでこれだけの複雑な夢を作り出すなんて、驚きだ。」

目の前の景色はまた姿を変え、元の拘束されていた部屋に戻った。

「この部屋に閉じ込められた理由、それは"僕が夢を盗む怪盗・夜眠だから"だろう?探偵朝月は、怪盗夜眠を捕まえるためにこんな悪夢を作り出したんだ。無意識かもしれないけれどね。」

「都合よく僕の記憶を奪ったり、抵抗できないようなシチュエーションを作るのも夢の主なら思いのままだ。」

「…でも、残念だったね。僕は自身の記憶を思い出した。これでもう茶番に付き合うこともない。この悪夢、丸ごと盗ませてもらうよ。」

いただきます…そう言おうとした瞬間、消えていたタイマーが突然また点灯した。

 「カウントが、0になっていない…。まさか、まだゲームの時間は続いている!?」

『おめでとう、怪盗夜眠!君はゲームの謎を解き明かした。約束通り、君をこの箱から出してあげよう』

「待っ…!」

やられた。怪盗としての記憶を取り戻して謎を解いた瞬間、強制的に夢から覚めさせるよう全て最初からルールが仕組まれていたのだ。

 そのまま僕は虚空に吸い込まれ、探偵朝月の夢から追い出される。

……………
………
……


「朝月先輩!いつまで寝てるんですか!」
『う〜ん、あと10分…。』
「僕は先輩のめざまし係じゃないんですよ!さっさと起きてください!」
『わかった、わかった…』
「こんなに朝早くわざわざ僕の家から事務所に寄るの、どれだけ遠回りか知ってるんですか!?まったくもう…。」
『…あれ?君も昨日一緒に事務所に泊まってなかったっけ?』
「何言ってんですか、僕は自宅で証拠の整理してましたよ!寝ぼけてないで、さっさと事件現場に行きましょう!」
『おっかしいなあ…確かに居たと思ったんだけど…。』

現場へ駆け出す2人の探偵を遠くで見つめる黒い影。

 人々の夢を盗む怪盗、夜眠。
後輩探偵に変装して成りすますなんてお手の物。
狙った獲物は逃さない。
僕の…いや、私の物語はまだ幕が開けたばかりだ。


Fin.


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というわけで、朝月さん&やみんさんのオリジナルアルバム「探偵朝月VS怪盗夜眠~探偵事務所宵月堂へようこそ!~」 をイメージして勝手に書いた小話でした。

↑こちらが公式に販売されている小説集です。こちらにインスパイアされて不慣れながら書いてみました。拙作よりも公式小説集の方がクオリティが断然高いのでおすすめです。

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