『ワンフレーズ』 11話 「僕らの関係」
地元には、もう社会人として働いているヨウジ、浪人して実家にいるカズマがいた。だから比較的、実家に帰ることは楽しみだった。
帰ったらいつも会える友達がいたから、そうだと思っていたけれど、カズマは浪人してから、僕たちにはめっきり会ってくれなくなってしまった。状況は変わったけれど、僕が帰って三人が揃えば、小学校や中学校の頃みたいに、楽しく話せる日がまたくると思っていた。でも、状況が変わったからこそ、もう昔の頃みたいに楽しく話せる日がこないことを、カズマに僕らは態度で示された。カズマに何か敵意を持ったわけじゃない。でも気づいたら、三人の関係は凍りついて、僕はヨウジとばかり連絡を取り合うようになっていた。浪人をしたことで、カズマの事を嫌いになるなんてことはない。カズマが大学に受かるまでの辛抱だ。きっとカズマもそう思って、僕たちと距離を取っているんだろう。そう思うことにして、僕個人からもカズマに連絡を取る事をやめた。
その生温い願望とは裏腹に、カズマは三回も受験に失敗した。四回目の受験の結果は、連絡が来なくて分からなかった。
なんでカズマの受験の結果を知っているかというと、カズマが浪人の悩みを吐いていた相談相手が、リコだったからだ。
リコは中学校の時から、僕たち三人と仲が良かった、三人の中できっとカズマが、一番仲が良かったんじゃないだろうか。それは今になっても変わらなかったらしい。二人とも成績が良くて、好敵手として意識していたような、中学校の頃は、二人の並んだ肩を、なんとなく羨ましく思ったりもした。それは、小学校から僕たちと仲の良かったカズマとの親交が、中学校の数ヶ月でリコにすっぱ抜かれてしまったんじゃないかって、宛先のない嫉妬だったのか、「成績がいい」それだけで、リコとあんなに仲良くできていたカズマがいたからか、中学生の未熟な思春期が持つ気持ちは、振り返っても本当によくわからない。
だから僕は、リコに好意を寄せることすら、なんだか悔しかった。今となれば、そんな気持ちでいたことも、リコにはお見通しだったんじゃないかって思うけれど。四人で仲が良かったあの頃の時間は、何物にも替え難かった。
リコとは高校も同じだったし、同じ文系クラスだったから、十六歳になってからは、僕が一番話す機会は多かったんじゃないかと思う。いかにもそれっぽい理由で、二人きりの世界ができたことに安心を覚えたし、でもリコからしたら。四人のうち二人で「いるしかない」状況になっていたんじゃないかって、不安に思ったりもした。その証拠に、散々くだらない会話ばかり弾ませて高校生活を過ごしていたくせに、リコが大学受験をやめた理由を、僕は最後まで聞くことができなかった。振り返ってみると、高校に入って、リコとカズマと三人で話したことは、もしかしたら無かったんじゃないかって思う。別段、仲が悪くなったわけじゃない、困ってもなかったし、なんか、なんとなく。リコとカズマが二人でいたかどうかは、分からない。はっきり見たのは、成績優秀者で表彰されていた時くらい。まだ勉強という一面があったから、近くにいれたような気もしたし、友達として見ていたような気もした。
リコは高校一年の時、僕のことを花火大会に誘ってきたこともある「急に成長期が来て、持ってた前の浴衣きれなくなりそうだから、記念に」って、変な理由で。
本当かどうかなんて、どっちでもよかった。僕はそんな風に、いわゆる「お祭り」なんかに女子と行ったことなんか一度もない。というより、こういうものは、彼氏と行くべきなんじゃないのか?とか、好きな人というか、彼氏と、とか、余計なことばかり考えて、なんとか冷静を保とうとしていた。
屋台がズラリと並んだ河川敷の通りで、ごった返す人をかき分けながら二人で歩いた。周りを見れば見るほど、浴衣と並んで歩く男が、男を連れる浴衣の女性が、いやらしくて羨ましく見えた、僕も周りからそう見えているのかもしれないと思うと、人混みの中に消えてやりたくなるくらい、恥ずかしくなった。よくも悪くも、相手がリコだったから、安心したような気もした。
僕はリコと、屋台に並んだり、同じものを食べたり、花火の打ち上げが始まって、しゃがんで一緒に見たりした。しゃがんで初めて肩を並べた時、女の子のリコの小ささを初めて知った。
告白なんてされるわけないし、僕もする気は無かった。ただなんでもない話だけをして、リコを家に送って帰った。
でも、家のドアを閉める時、ドアの隙間から顔を半分出して「またね」と言われた時、閉まり掛けのドアに黒い髪の毛が吸い込まれていった時、もうリコを友達としては見られなくなったことを、僕ははっきりと覚えている。
実は、リコが大学受験をやめたと僕が知ったのは夏じゃない。夏休みが終わっても、十月になっても、なんだか一人で違うことをしているようなリコが気になっていた時に「私進学するのやめたの、地元就職に切り替える」と、それだけ言われたからだ。「勉強」で保たれていた、憧れの土俵から、出し抜かれた気分だった。僕は別に、勉強を頑張っていたなんてお世辞にも言えないけれど、リコと同じ場所に居られる唯一の理由が、「文系クラスで同じ勉強をしていること」それだけだった。このことだけは、ヨウジにも、カズマにも無かった。なのに、リコはまたすり抜けてどこかへ行ってしまった。僕は理由を聞けなかった。
途端に、一足先に社会に出ることになるヨウジが、今度は羨ましく思えてきた。きっと、僕だって進学する理由が大したものでも無かったことを、自分でも解っていたからじゃないかな。
それから1年半程経ち、僕が大学一年の時の三月頃、カズマが二浪することになったことをヨウジから聞いた。カズマに会ったのか?と聞いたら、リコが教えてくれたと話された。
なんでリコが?とも、リコと会っているんだとも、聞きたかったけれど、聞かなかった。ヨウジに僕のリコに対する気持ちを話したことはないし、なんだか聞かない方がいい予感もしたからだ。一浪して入って来たジュンヤと仲良くしていた僕にとって、カズマの二浪の報告は、あまり重く受け止めることができなかった。それよりも、カズマは僕たちに連絡をしないで、リコに連絡をしていたこと、リコとヨウジが会っていることが、僕は気になってしょうがなかった。表を見れば、あくまで勉強の話だから、成績で肩を並べ合っていたリコにカズマが相談することは自然だし、社会人になって地元で働いている同士だから、中学校の時と同じようにリコとヨウジが会ったりしているのも自然だ。そう思うようにはしたけれど、ひとり大学に進学してみんなと違う場所にいる僕にとって、リコの存在がどんどん離れていっていくこの感覚から逃れることができなかった。
それから半年が経って、リコとヨウジが結婚することをヨウジから伝えられた。
その日まで、ヨウジからの恋愛相談は無かったし、リコに至っては結婚の連絡もしてくれなかった。でも、不思議とそれを薄情だとは思わなかった。僕はリコに「結婚おめでとう」と連絡をした。今の今まで、ヨウジにもカズマにも、リコの話をしなくてよかったと、この時ふと思った。
そして、カズマの三浪が決まった春、リコとヨウジの間に子供が生まれた、結婚してから、相当なスピードだよな、でも社会人だからそんなもんなのか、と思った。僕はまだ、彼女にやって来る、二十八日に一回の生理に一喜一憂している頃だった。
大学三年の三月、いつもは来るはずの「カズマの受験」報告がヨウジから来ない。僕は追って、ヨウジにカズマの近況を聞いた。どうやらリコはカズマを気遣って、カズマから連絡がこないと何も聞かないようにしているらしい。それが正解だと思った。まだヨウジもリコから何も聞いていないからわからないと言われた。カズマの近況を知りたくて、ヨウジにわざわざ連絡する自分がいることに気づいた時、なんだか僕らは、カズマに生かされているんじゃないかとさえ思った。
そんな冗談も、今はとても笑えたものではない。
僕は初めて、自分の友達が「死んだ」ことを経験した。理由もわからない、寿命じゃない、でも、カズマがこの世にはもういないこと、それだけがはっきりしていた。僕もヨウジも、きっとリコも、同じことを感じているかもしれない。
「直近で、いつこっちに帰って来れる?」
「まだちょっと、わかんない」
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