『ワンフレーズ』 12話 「誰かの声」

 カズマの葬式は通夜の二日後に行われることになった。
 丁度バイトも就活もない日曜日だった。急いで二日分ほどの荷造りをして、実家へ向かうバスに乗った。ジュンヤには、「友達の葬式が入った」と伝え、呑みの予定を延ばしてもらった。

 久しぶりの深夜バスだ。 

 僕は一体、いつからちゃんと、ヨウジと会っていなかったんだろうか。道路照明が視界を流れて行く様子を、もうすっかり消灯されて真っ暗な車内から、カーテンをくぐって、窓を微量の鼻息で曇らせながら、そんなことを考えていた。とりわけ、いつから会っていなかったというより、どうして会っていなかったのかということが頭の中を支配していた。 

 どうしてリコはヨウジと結婚したんだろう。

 気がつけば、ヨウジとリコが結婚してから、そう考えない日はなかったかもしれない。どうして僕がそう考えてしまうのかは、わかる、でも、きっと僕はその言葉で片付けたくない。ここまで瘋癲風な僕なのに。初めて僕は自分のプライドが身に染みていた。僕は高校を卒業して、三年経った今でも、この気持ちから、抜け出すことができないままでいる。

 段々、カズマがいた、ヨウジが、リコが住んでいる街に近づいていくことが、時速九十キロの速度で風を切る音から、耳から頭へ、じんじんと伝わってきた。僕はイヤホンを耳に突っ込んで、しばらく目をつむっていた。でもいっこうに眠ることはできなかった。逆に、耳に小さな音楽がズルズル流れて来ることに神経質になって、イヤホンを引っこ抜いた。真っ暗なバスの車内の四方から、大小様々なイビキが聞こえた。

 カズマの葬式には、夕方ごろ、ヨウジとリコとその子供、その三人と行くことになった。僕は早朝に実家に着いた。家の何もかもが久しぶりすぎて、まるで、カズマとヨウジの三人でいた記憶が、空しく蘇ってくるようだった。でも、よく見るとリビングが微妙に模様替えされている。テレビ台、こんなに大きかったっけ。あまり覚えてないけれど。僕の家族はよくCDを買うから、段々とテレビ台の収納スペースがなくなっていって、ラックを買って、脇にゴチャゴチャと、詰め込んでいたものがあったのだけれど、それがきれいさっぱりなくなっている。他にも、ソファ。ソファを置くとそこで寝るから、といって頑なに買うことはなかったはずなのに、テーブルの横にドスンと、ちょうど人が寝れそうなサイズが置かれていた。前までその場所には、何が置いてあったか、思い出せない。

 僕は自分の部屋に入った。その時、やたらリビンさグがスッキリしている理由がわかった。僕の勉強机と、折りたためる布団の隙間をきれいに縫って、不要になった家具が色々と並べてあった。一年半も実家に帰らないと、自分の部屋が物置に変わる。まあ、もうあんまり帰ってこなそうだからいいけれど、と、心の中で少しボヤいた。

 夜中、バスの中で全然寝付けなかったせいか、急な眠気が襲ってきた。僕は古いテレビ台やら、カラーボックスやらをズルズルどかして、布団を広げた。カズマの葬式までまだ時間があるし、と、夕方まで仮眠をとることにした。布団にどたっと寝っ転がるとすぐ、深い眠りについた。

 

 アラタお前、どうしてリコにコクんなかったの?
 リコはヨウジよりずっとお前のことが

 そうか、そうだったのか

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