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十三に棲む日  酒飲みの横丁と人生

俺ってバカだぜ~のカテゴリー

書評ブログもどきを書いている。本を中心に、人生を豊かにするものを書いているつもりなのだが、本の著者の才能に接して凹むときがある。自分の書評は、虎の威をかる狐、他人の褌で相撲ではないかの気分になってしまう。その凹みを埋めるために、思うがままの駄文を徒然に書いてみたい。

もう懐かしい部類であるが、小林まことに柔道部物語という漫画がある。思いがけなく柔道部に入った高校生が、バンカラさに驚きながらも才能を開花させていく物語である。文句なくおもしろい。

おもしろさのひとつに柔道部の部長(元オリンピック候補)のメンタルマネジメントがある。部員は自信をつけるために「俺って、ストロングだぜ~!天才だぜ~!」と叫ぶのだ。自分が強いと思いこむことで、てっとり早く強くなろうとするのである。(現実でも使えるだろうが、人前では止めたほうが良いだろう)

ただ「天才」ばかりでは、心のバランスがとれない(らしい)ので「俺ってバカだぜ~」とも叫ぶ。私が書こうとしているのは、この「俺ってバカだぜ~」みたいなものである。柔道部物語の主人公は、三五十五という。語感がちょっと似ている十三について、まず語ってみたい。

本屋のない街

十三と書いて「じゅうそう」と読む。枚方(ひらかた)や放出(はなてん)など、大阪の難読地名の一つだ。名前の由来は、摂津国西成を一条として北へ十三条という条里制からとの説や、淀川(中津川)の上流から十三番目の渡しがあったという説があるが、なぜ「じゅうさん」を「じゅうそう」と読むのかわからない。

私は、十三の外れのワンルームマンションに住んでいる。近くをJRと阪急電車が走っている。貨物列車が通ると揺れる、という歌の文句のような建物だ(ほんとうに揺れる)安いせいか夜の女性が多く住んでいる。彼女達の職場は駅前の栄町界隈だ。梅田の川向うに栄えた歓楽街、十三の中心が栄町通りだ。時代が変わりキャバレーの数は減ったが、店は形態を変えてしぶとく存在している。

十三には本屋がない、一軒あった古本屋も閉店してしまった。電気屋はあるがスーパーは一軒だけ、薬局は数件ある。夕食を取ろうすれば牛丼や中華のチェーン店になり、他を食べようと思えばおびただしい数の居酒屋に行かないといけない。十三で食べるというのは、酒を飲むということなのである。

緊急事態のときのションベン横丁


素晴らしきかなションベン横丁

栄町通りから少しばかり離れたところ、阪急電車の駅前にションベン横丁がある。ここには居酒屋、ラーメン店、焼肉店がみっしりと並んでいる。数年前の火事で大きな被害を受けたがほぼ復活した。

横丁を歩けば、あから顔の人が行きかい、大声でしゃべるグループがいる。一人で満足げに帰る人もいる。まさに酒飲みの天国だ。一人で飲んでいる客が多いのもこの横丁の特徴だ。

何品かのつまみと生ビールかハイボール、仕上げは焼酎というところだろう。店員と長話の人もあれば、短く注文だけの客もいる。共通するのは、みんな楽しそうなことだ。

日本の高齢者は、米国やドイツ、スウェーデンに比べて、友人が無い人が多いらしい。日本人は、農耕を母体とした共同体で暮らしてきた。それは、いやでも隣人がいる社会だった。農業に定年は無く、友人をつくる必要はなかった。

欧米化して、友人を作らないといけない社会になっても、友達つくりの下手さが簡単に変わるはずがない。結果として長い独りの時間を持つことなった。そんな時間を埋めるのが、全国にある飲み屋なのだろう。栄町でありションベン横丁だ(世界中そうかもしれないが)

一杯の酒と店員との会話があれば、本などいらない。難しいことを言わずに、居酒屋の今を楽しむ。それもまた人生であり、欧米の友人つきあいに劣らない過ごし方だ。人は多くを望まなくても満足できる。それを教えてくれる横丁なのである。

冬の帰り道、ションベン横丁を通ると、明るく見える店の中はマッチ売りの少女が見た暖かさに満ちている。私は独りで飲み屋には入れない、と思っていたのだがこの横丁は違う。今夜のアテは何にしようか。今日も、生ビールが待っている(寒いけど)

コロナの緊急事態宣言が終わったかと思うと、またオミクロンよる蔓防がだされた。お店にとって厳しい日が続くが頑張って欲しいものだ。多くの独り飲みの人達のためにも。

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