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第二章 自然と我々(1)

宇宙の森羅万象即ち
天地間のすべてのものは、
皆自然の力によって作られている
ものである。

その大自然は、
我々人間はもちろん、
鳥獣草木その他生命あるものには
その生命を守護する能力を授与しているのである。
その能力を
「自然治癒能力」
と言っているのである。

立木の皮を剥いたり枝を切ったりすると、
そこで自然とまた皮ができる。
これを自然治癒力というのである。

我々が、悪くなったものや
害になるものを食べたときは
それを吐す場合が多いが、
それはその害を防ぐために
自然機能がその食べたものを突き返す自然療能である。

悪くなった物などを食べた時は、
下痢をするものであるが、
之はその食べ物を消化し吸収すると
身体の害になるから
自然療能が作用して
消化もせずもちろん吸収もせず
至急に体外に追い出すのである。

故に我々の食べた物は普通は
24時間前後で消化排出されるが、
下痢をする時は夕刻食べたものが
その夜中に追い出されるという程に
短時間に出させてしまうこともあるのである。

また胃腸の弱った時や故障のある時は、
別に悪くならない物を食べても吐くこともあり
下痢することもある。
これはその胃腸を休ませる必要があるから
自然療能が作用して
或いは突き返してしまったり(吐く)、
または消化もせず大急ぎで体外に追い出す(下痢)のである。

我々が負傷した時には、包帯をしておけば、
自然と血も止まり傷も治るのである、
これみな自然治癒力によって治るのである。

以上述べた如く
我々の身体には
ばい菌や毒物を防御したり
或いは之が体内に入ったり
または体内に発生したりした時には
これを排出したり撲滅したりして
身体を守護するいかんなき能力が
大自然に具備されているのである。

我々人間のみでなく
他の動物においても然りである。
鳥獣等の動物は
如何に大病でも大負傷でも
医師も薬もあったものはではなく、
もちろん養生も衛生も
あったことではないのである。

我々がみてこれは到底助かるまい
と思った大病や大負傷が
案外に早く治ってしまったという例は
見聞したことがあるだろう。

それはかくの如くに
これを治す能力が大自然か
ら授けられているのである。

難病者が医師に見放されて、
「どうせ助からないなら嫌な薬はやめて
食べたいモノを食べ飲みたいものを飲む」
と、医師から「食べてはいかぬ」と言われたり「害になる」
といわれたりしているものを食べたり呑んだりして
節制も衛生もなく気ままにしていたら、
かえって病が治ってしまったということも珍しくないのである。
これ皆自然治癒力によって治るのである。

かくの如く人間や動物、
いな生命ある全てのものには、
その生命を守護する能力が
大自然から授けられているのである。

然して病にかかったり、
負傷したりしたときにはそれが作用して
薬など用いなくても
医師の力を借りなくても
神仏に祈らなくても
自然に治るのである。

と申しても会長は自然万能論者ではない。
無論薬物医療等の不要を説くものでもない。
確かによく効く薬物もあり医療もあり、
物理療法もある。
しかし、いかによく効く薬物でも医療でも
自然療能がなければ絶対に病は治らない
のである。
結局薬物も医療もその他人為的療法も
自然療能の助力となるに過ぎない
のである。

所でこの自然療能は精神に支配されるのである。

故に我々の心の持ち方によって
「よく作用する」こともあり、また「作用しない」こともあり、
またあるいは
「特に猛烈に作用する」
こともある
のである。

然して、この自然療能がよく作用すれば
病はずんずんと治り、
これに反して自然療能が作用しない時は
如何に妙薬を飲んでも
その病は治らない
のである。

妙薬を浴びるように飲んでも一向に病が治らない
という病人は、
自然療能が作業していないか、
またはよく作用していないからである。

故にこうゆう患者は、
まず速やかに自然療能を
猛烈に作用させる方法を
講ぜねばならぬ
のである。


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